第十五話「線を引くと、嫌われる」
15話です
朝の浜で、空気が重かった。
重い理由は簡単だ。
来ていない。
「……今日は、舟少なくね?」
ランが言う。
「少ないっていうか……」
「一艘も来てねぇ」
昨日まで、
「こんにちはー!」
「交換しよー!」
「夜はー?」
とうるさかったのに。
マリが鼻で笑う。
「嫌われたな」
「早っ!」
「線引いただけだぞ!?」
先生は板を立てた。
朝から。
それだけで、数人がうめく。
「今日は何が減った」
「……人気?」
先生は板に書く。
来訪者:0
「数字で書くな!」
「現実突きつけるな!」
ランが腕を組む。
「なあ先生。線、引きすぎじゃね?」
「どの線」
「夜のやつ」
「女のやつ」
「楽しいやつ全部!」
先生は淡々。
「線を引かないと、持っていかれる」
「何を?」
マリが聞く。
先生は答えない。
答えなくても、全員が分かっている。
「……体力」
「……信用」
「……干物」
「あと尊厳」
「尊厳は最初から怪しい!」
そこへ、港の端から一艘。
遅れて来た舟。
人影は二人。
「来た!」
「まだ嫌われきってない!」
降りてきたのは、
昨日より距離が近い女。
「おはよ」
「昨日、厳しかったね」
「条件守っただけだ」
マリが言う。
女は笑う。
「そういうとこ」
距離、近い。
朝なのに。
「今日は?」
女が聞く。
「夜、少しだけ――」
「取引外」
先生、即答。
「えー」
「ケチ」
「余ってるくせに」
その一言で、浜が静まる。
先生は板に書いた。
余り
≠
好き放題
「うわ、説教っぽい!」
「でも合ってる!」
女が肩をすくめる。
「じゃあ、交換は?」
「数を言え」
「……二十」
先生は少し考え、頷く。
「出せる」
「夜は?」
「含まれない」
「ちぇ」
それだけで、
交渉は成立した。
舟が去ると、
残った空気は少し苦い。
ランが言う。
「……なあ」
「なに」
「嫌われるの、地味にキツくね?」
「キツい」
即答。
「でも」
先生は続ける。
「嫌われないと、選べない」
「名言っぽく言うな!」
マリが腕を組む。
「でもさ」
「ん?」
「夜、静かすぎて逆に落ち着かない」
「分かる」
「なんか……物足りない」
先生は板を消す。
何も書かない。
「慣れだ」
「慣れるの!?」
「この村が!?」
先生は海を見る。
舟は少ない。
でも、減ってはいない。
余りは守られている。
線は引かれている。
嫌われもした。
それでも――
壊れていない。
ランがぽつりと言った。
「……嫌われるのも、悪くねぇな」
「大人の発言やめろ!」
笑いが戻る。
少しだけ。
この村は、
好かれるより先に、壊れない道を選んだ。
誤字脱字はお許しください。




