第十四話「選ばれると、勘違いする」
14話です
昼の浜が、やけに賑やかだった。
理由は簡単だ。
昨日のよその舟の話が、盛られて戻ってきた。
「なあ聞いた?」
「この村、干物余りまくってるらしいぞ」
「夜も静かで健全なんだって?」
「嘘つけ!」
嘘だが、完全な嘘でもない。
一番扱いにくいやつだ。
ランがニヤつく。
「なあ先生。俺たち、選ばれてね?」
「何に」
「“できてる村”に」
先生は即答しない。
即答しないときは、大体ろくでもない。
その直後。
「こんにちはー!」
また来た。
今度は舟が二艘。
人も多い。
女も多い。
距離が近い。
「多くね?」
「増えてね?」
「昨日の倍じゃね?」
マリが低い声で言う。
「……これ、人気出ちゃってる感じ?」
「やめろ」
「言うな」
「勘違いの入口だ」
先生は板を立てた。
昼なのに。
それだけで、空気が一段締まる。
「何しに来た」
「交換!」
「噂聞いて!」
「干物ください!」
「夜の話も――」
「それは取引外」
即切り。
昨日より早い。
女たちが笑う。
「そこ、徹底してるねぇ」
「徹底しないと、減る」
「何が?」
「色々」
意味が分かってしまう沈黙。
先生は板に書いた。
交換条件
①数を言う
②代わりを出す
③夜は含めない
「条件多くね?」
「急に厳しい!」
「昨日はもっと優しかった!」
「昨日は“最初”だった」
村人たちが、ちょっと誇らしそうになる。
それが一番危ない。
「俺たち、選ぶ側だよな?」
誰かが言う。
「言うな!」
「フラグ立てるな!」
先生は淡々。
「選ぶと、選ばれる」
「哲学っぽく言うな!」
その時。
「ねえ」
よその女が、ランの腕に触れる。
軽く。
でも確実に。
「夜、ほんとに何もないの?」
一瞬、静止。
ランが汗をかく。
「え、えっと」
先生が間に入る。
「夜は暇じゃない」
「じゃあ何してるの?」
「寝る」
「つまんない」
「健康」
即答。
強い。
交渉は進んだ。
数は守る。
条件は崩さない。
それでも――
舟は増えた。
視線も増えた。
噂は、さらに増えた。
去り際、誰かが言った。
「また来るね」
その言い方が、
**“客”じゃなくて“常連”**だった。
舟が見えなくなると、
浜に重たい沈黙が落ちる。
マリが腕を組む。
「……なあ先生」
「なに」
「これ、調子乗り始めてない?」
先生は板を見たまま答える。
「乗ってる」
「早!」
「だから、次」
板に、大きく書いた。
選ぶ基準
「基準?」
「そんなの必要?」
先生はチョークを止めない。
数を守る
減らさない
揉めない
夜を荒らさない
「最後それかよ!」
「一番難しい!」
先生は板を消す。
「勘違いすると、壊れる」
「何が?」
「全部」
静かに言うから、
誰も笑えなかった。
昼は賑やか。
外は甘い。
でも――
この村は、もう知っている。
余りは、毒にもなる。
誤字脱字はお許しください。




