第十一話「噂が増えると、夜が忙しい」
十一話です
朝の浜は、いつもより騒がしかった。
理由は簡単だ。
全員、寝不足。
「……目、赤くね?」
「そっちこそ」
「夜、暑かったよな」
「風は涼しかったけどな!」
意味の分からない会話が飛び交う。
誰も“何があった”とは言わない。
だが、“あった”前提で話す。
先生は黙って板を立てた。
それを見ただけで、数人がうめく。
「朝からそれか……」
「昨日は夜の授業だっただろ……」
「干物」
それだけで、全員が分かる。
数える。
「……四十七」
減っていない。
一瞬、拍子抜け。
そして、どこか安堵。
「……減ってねぇ」
「奇跡じゃね?」
「昨日、あれだけバタついたのに?」
先生は板に丸をつける。
減ってない=成功
「成功って書くな!」
「夜の話だぞ!」
マリが腕を組む。
「で?昨夜のアレは、成功なの?」
「何の話だ?」
誰かがすっとぼける。
「アレだよアレ!」
「夜の!」
「余った結果の!」
先生は淡々と答える。
「噂が増えただけだ」
その瞬間、空気が変わる。
「……噂?」
「もう回ってんの?」
「早くね?」
早い。
魚より早い。
夜より早い。
ランが頭を掻く。
「俺、まだ誰にも言ってないぞ」
「言わなくても回る」
先生が言う。
「噂は“空白”を好む」
「名言っぽく言うな!」
そこへ、港の端から声。
「ねえねえ」
「昨日さぁ」
「倉の裏で……」
「言うな!」
「朝だ!」
「子どももいる!」
噂は、形を変える。
事実より丸く、
でも妙に生々しく。
「二人だったらしい」
「いや三人」
「網使ったって聞いた」
「やめろォ!」
先生は板に書く。
噂
=事実 − 数
+ 想像 × 夜
「計算式にするな!」
「当たってるのが嫌!」
マリがため息をつく。
「で?これ、放っとく?」
先生は首を振る。
「放っとくと、増える」
「噂も余り物かよ!」
「余る」
先生は頷く。
「処理しないと、腐る」
「干物みたいに言うな!」
先生は続ける。
「だから、数える」
「噂を!?」
「無理だろ!」
先生は板に、こう書いた。
昨日あったこと
①干物は減っていない
②仕事は滞っていない
③揉めていない
「……それだけ?」
ランが言う。
「それだけ」
「夜の中身は?」
「重要だろ?」
先生は首を振る。
「中身は数えられない。結果だけ見る」
一瞬、沈黙。
そして、妙な納得。
「……確かに」
「誰もケガしてねぇし」
「船も無事だ」
マリが鼻で笑う。
「じゃあ、噂は?」
「勝手に疲れるまで回る」
「雑!」
「でも正しい!」
先生は最後に、板に一言。
夜は忙しい
朝は現実
チョークを置く。
「今日やることは?」
「干物干す!」
「網直す!」
「針試す!」
「夜は?」
誰かが聞く。
先生は少しだけ間を置いて言った。
「夜は……余らせない」
一斉に吹き出す。
「それが一番難しい!」
「先生、分かってて言ってるだろ!」
笑い声が浜に広がる。
噂はまだ残っている。
でも、村はもう振り回されない。
数えたから。
減らさなかったから。
整えたから。
そして――
夜を、少しだけ笑い話にできたから。
誤字脱字はお許しください。




