第十話「夜が余ると、理性が足りない」
第十話です
夜は、数えられない。
だからこの村では、
夜の話は冗談で流す。
笑って、誤魔化して、寝る。
――はずだった。
「……静かすぎない?」
ランが言った。
港の夜にしては、やけに音が少ない。
波。
ロープ。
吐息。
「吐息?」
マリが眉をひそめる。
「今、吐息って言った?」
「言ってない」
「いや言った」
「絶対言った」
先生は板を持ってこない。
夜は、板の時間じゃない。
代わりに、灯りが増えていた。
家の灯り。
倉の灯り。
なぜか干し場の灯り。
「……干物、夜に見るもんじゃねぇだろ」
「妙にテカって見えるな」
「やめろ!」
マリが腕を組む。
「ねえ先生。これ、昼に余ったせい?」
「そう」
「夜、暇になったせい?」
「そう」
「……欲も?」
先生は答えない。
答えなくても、全員が分かっている。
倉の裏で、声がした。
「ちょ、待てって!」
「針!針どこ!?」
「糸絡まってる!」
「何してんの!?」
マリが怒鳴る。
「交換の確認!」
「夜の!」
「ややこしい方の!」
先生が一歩近づく。
倉の影。
二人。
距離、近すぎ。
「……何を交換してる」
「えっと」
「情報?」
「体温?」
「やめろ」
先生は即切る。
「夜は取引外」
「でも!」
「昼の取引の続き!」
「気持ちの!」
言い訳が増える。
夜は言い訳が得意だ。
別の方から、笑い声。
「こっちは網の修理!」
「二人でやる必要ある!?」
「暗い方が集中できる!」
先生はため息をつく。
この村で、集中という言葉が
こんな使われ方をする日が来るとは。
板がない代わりに、先生は地面に書いた。
夜
↓
暇
↓
欲
↓
判断力低下
「書くなぁぁぁ!」
「恥ずかしい!」
「的確すぎる!」
マリが咳払い。
「……で?止める?」
先生は首を振る。
「止めない」
「え?」
「ただし、減らさない」
「何を?」
ランが聞く。
「信頼。物。明日の仕事」
沈黙。
夜の空気が、少しだけ冷える。
その時。
「先生!」
トトが走ってくる。
「干物、減ってない!」
「……は?」
「数えた!」
「夜なのに!?」
先生は少しだけ笑った。
ほんの一瞬。
「じゃあ、いい」
「よくねぇよ!」
「色々起きてるぞ今!」
先生は言った。
「減ってないなら、余りの使い道としては――合格だ」
「基準そこ!?」
笑いが起きる。
緊張が抜ける。
夜は、少しだけ大人しくなる。
倉の影で、誰かが言った。
「……続きは、明日な」
「明日?」
「数えられる時間に」
「真面目か!」
灯りが、ひとつ、またひとつ消える。
先生は海を見る。
夜は余った。
欲は出た。
でも、何も壊れなかった。
それだけで、この村では――
大進歩だ。
誤字脱字はお許しください。




