ずっと一緒に居られるように
左手の指先が全て真っ赤に染まっている。
「チッめんどくせえなこいつ」
奥の方で、つまらない顔で舌打ち。
「もういい、そいつ殺せ」
後ろを向いて、暗く見える階段に足をかける。
「はいっ」
羽交い絞めを続ける男が返事をする。
その瞬間───
扉が鳴った。
怒りのままこじ開けてしまうような。
少しした後、ドアが曲がる。
木を引きちぎるような音の後、強引に開けられた。
入ってきたのは───
「ろ、ロゼル……」
目に生気がない。
そんな目で僕を見たと思ったら、大きく見開く。
「おーおーいらっしゃい」
奥でゆっくりと拍手している。
余裕そうに笑う顔。
「お前ら、丁重に出迎えてやれ」
「「「はい」」」
ペンチで僕の指をつまんでいた男も、羽交い絞めしていた男も、周りで笑っていた男も。
全員ロゼルへと向かっていく。
一人目の拳がロゼルへと近づく。
瞬間───その男が吹っ飛んだ。
まるでノックをするかのように軽やかに殴ったように見えたのに。
壁に激突し、同心円状にひびが入っている。
次々と襲い掛かる男たち。
しかし誰もが、赤子のように放られる。
次第に勢いがなくなっていく。
怖がっているのだ。近づかないよう、近づかないようにと立ち止まっている。
しかし、ロゼルはゆっくりと、奥のボスと思える者の方へと近づいていく。
道中、道草を勝手に踏んでしまうように屈強な男たちをあしらっている。
「貴方が、アラトを連れ去ったのですか」
全員が床・壁に沈み、残されたのはその男のみだった。
「だったらどうすんだ?」
ヘラヘラと振舞う。
「……」
「俺のアジト荒らしたこと、後悔しなが───」
話す男の横顔に、ロゼルの足が食い込んだ。
そのまま壁に頭ごとぶつかり、倒れ込む。
「て、てめ───」
抑えた頬から血が滴っている。
しかし、関係ないと言わんばかりに、足を進めるロゼル。
どこも見ていない。
何も気にしていないように。
「ふざけっ───」
上に跨り、拳を交互にふるう。
何度も、何度も。
獣が何も考えず、目の前の肉を喰らうようにただただ殴り続ける。
その度あがる血飛沫。
ロゼルの神官を象徴する白い手袋は、赤く染まった中ですこし黒ずんでいる。
「て、てめえ、神官がこんなこと───」
「神は……あなたを許すかもしれない。いえ、許すでしょう。だから───」
右手を大きく振りかぶって───
「私が裁きます」
振り下ろそう、その瞬間。
「やめて!」
僕の体は、咄嗟に動いていた。
そのままロゼルに押し当たって取り押さえるように腕を回す。
体はびくともしない。
でも、その拳は止まった。
「アラト……なんでですか」
「……もう、いいよ。もうやめて」
目からあふれる水、ロゼルの服を濡らす。
そこは冷たいけれど、中から感じる体温がそれを上回っている。
「なんで……なんでなんでなんで!こいつが、こいつがアラトを!」
徐々に声を荒げ、大きく叫ぶロゼル。
「もう、大丈夫だから」
「でも!……でもなんで、なんで!───」
「ずっと一緒に居たいからだよ!」
詰まっている。
震えている。
その声だけで、今どんな顔をしているのかすぐにわかる。
だから、僕は応えるように叫んだ。
「ずっと、ずっと一緒に居たいんだ!何にも気にせずに、3人で居たいから!だから……もうやめて……」
喉が熱い。
僕も鼻が詰まっているみたいだ。
ロゼルの中から感じる体温が、上がっているのがわかる。
見上げると、ロゼルは───
「バカ……ホントにあなたは、どこまでも……」
同じ顔をしていた。
落ちてくる水が、少し冷たい。
「ご飯、奢ってくれるんでしょ?」
「……はいっ行きましょう」
◇◇◇
ノックの音。
鎧が揺れる音が、扉越しに聞こえる。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは一人の兵士。
「何の用だ」
「実は、街の衛兵から連絡がありまして」
衛兵、街中の警護か。
私に入る程……何があったんだ。
「実は、ハンデルベルクの西区のマフィア、“ウェストウルフ”の“ファング”を中心とする、計30名が逮捕されたと」
「なに!?」
ファング……幹部が捕まったのか。
そうなれば……
「わかった。ハンデルベルクの警備を強めろ。報復が来るかもしれない」
「はっ!それと……」
困ったような顔を浮かべている。
左が気になるようだ。
「副隊長とご面会したいという方がいらっしゃいまして」
「構わん。通せ」
そういった瞬間。
「失礼」
扉から入ってきたのは、フードを被った男。
ただ物じゃないのがすぐにわかる佇まい、顔の見えない深々としたフード。
私の頭の中で、結びついていく。
「よお、顔を合わすのは初めてか?」
「お前は……」
バレないよう、剣に手を伸ばす。
「おっと、戦うつもりはねえぜ。話し合い、話し合い」
「何の用だ。報復か」
飄々とした姿。
警戒している自分と思い比べると腹が立ってくる。
「いやいや、んなことしねえよ。牙が1本折れただけ、俺たちゃまだまだ健在だ。ただね、折れた奴とて人のもん盗るのはよくねえなあ」
「何が言いたい」
そういうと、来賓用のソファに身を投げるように座り込む。
「そいつを返してほしくてな。なぁに、こっちで処分するだけだ。そっちも手間が省けて、ウィンウィンだと思うが?」
まさか……信じろというのか。
こいつの言葉を。
顔に出ていたのか、立ち上がって机越しに立つ。
「もうすぐ王位継承も始まる、向こうのお国では不穏な実験もしてる。今お前がどうすべきか、わかるだろ?」
威圧感。
(これが……“巨狼”!)
今はこれしかないのか。
「わかった。ハンデルベルクの領主に話をつけておく」
「おう、ありがとな」
後ろ姿で手を振り、そのまま扉を出ていった。
困り顔の兵士。
「ファングを討伐したのは誰かわかるか?」
「はっ!詳細は不明ですが、証言によると、1人の冒険者によるものかと」
「!」
(ファングのアジトを単独で……)
「すまない。もう下がっていいぞ」
「はっ!失礼しました」
扉が閉まる。
包まれた静寂の中、深くため息をついた。
机に置かれた書類、立てかけている護身の剣。
(不可解な地域に魔物が出たと思ったら、次はファングの撃退……何か始まるというのか)
不安はよぎるが、仕方ない。
私は再び、机に向き直った。
補足
ハンデルベルク:副首都。
中央の領主の公爵邸を中心に東西南北で区が分かれている。
東区
治安:ちょい良
多くの住民は、ここに家を構える。
上部にはビジネス街があり、多くの会社が建っている。
西区
治安:悪
上部の風俗街が時間帯によって賑わい、別区から来る人と言ったらこれくらい。
南区
治安:まちまち
一般が通過する門が構えられている。
全体が宿街と飲食街になっており、外から来る人のほとんどはここで過ごす。
ホテルや冒険者ギルドがあるのもここ。
東区から働きに来る人も多いので、東区と南区を繋ぐ馬車も行きかっている。
北区
治安:良
貴族や金持ちはここに家を構える。
また、北区の北壁にも門が構えられており、これは原則王侯貴族専用である。
一般人が北区へ行くことはほとんどない。




