だって、恩があるから
「く、くそ……なんなんだアイツ……」
腹を抱えながら千鳥足で入る男が一人。
狼狽えながらも扉を開けた先には、無数の男たち。
西区の治安の一端を担う存在、マフィア。
その一つ。
「おうおうどうした……派手にやられたじゃねか」
足を組みながら、意気揚々と告げた男。
他の者とは違う風貌、服装、装飾品。
そしてその声色からは、心配という文字は影も形もない。
頭を下げながら、その者に震える言葉を紡ぐ。
「すいやせん……やられちまいやした」
「んなもん見りゃわかんだよ。どこの誰にやられたっつってんだろうが!」
机を蹴飛ばす。
大きく吹き飛んだそれは、壁に激突し無残に砕けていく。
「っ!それが、気づいたら壁に吹っ飛んでて……4人組だった気はしますが……」
「どんな奴らだった?」
「女が3人、あとちっせぇ男が1人、でした」
顔を上げる。
目の前、足。
次の瞬間───鼻がつぶれる。
「ああっがぁああぁ!!」
「つーことたぁお前はそんな奴らにやられたってわけだ」
痛みで這いつくばる男に、埋め込んでしまうかのように足をにじり込む。
軋んでいるのは床か、男の頭か。
「それはつまり、“ファング”の俺だけじゃねぇ。“ウェストウルフ”のあの方の顔に泥を塗ることでもあるよなぁ?んなこと、言われなくともわかんだろ?」「すいやせん!すいやせん!」
必死に縋る男に、慈悲もなし。
「死ぬ気で探してこい。見つからなかったら……いや、見つかるまで一生探せ」「ぐっ……がっ」
床を抜け、男は土の香りとともに沈む。
頭には赤い足跡。
「おい、床直しとけ。そんで……お前」
指をさす。
その先にはまた屈強な男。
「こいつの捜索に付き合え。1人でもいい。ぜってぇ見つけて攫え。わかったな」
「はい!」
◇◇◇
お腹が空いた。
この歩いている人たちも同じ気持ちだろう。
巾着を覗く。
大銅貨3枚。
これであと5日近く過ごさないといけないわけだ。
無論、銀行に預けた分を引き出したら問題なく過ごせるんだろうけど……
そんなことしたら、ずっとズルズルいってしまう。
「でもなあ……」
無慈悲にもお腹は鳴る。
「おや?」
後ろから聞き慣れた声。
振り返る。
「ここで何してるんですか?アラト」
「ロゼル!んーちょっとお腹空いたんだけどお金なくてさ……どしよかなって」
笑いながら言った。
そんな僕を見てロゼルは、眉をひそめる。
「アラトったら、無駄遣いしたんじゃありませんか?」
「うっ……そんなつもりないんだけどなあ……」
「もー仕方ないですね」
ポケットから出した、僕と同じような巾着袋。
銀貨一枚。
何気なく取り出した。
「何食べたいですか?」
「え!いいの!?」
「これからちゃんとするのを約束してくれたら」
「します!」
「よし、じゃあカフェでも行きましょうか!」
スキップに近い足取りで、街中を闊歩していく。
視界には、ハンバーグ…ピザ…パスタ……様々な店が入っては消える。
そんな中、小さな路地には似つかわしくないガタイのいい2人の男がこっちを見ていた。
目が合う。
そのせいか、僕の足も止まってしまう
「アラト、どうしましたか?」
「あっごめん!行こっか」
そういって、前を見て歩き出そうとした瞬間。
「よっそこの兄ちゃん」
その人たちに呼び止められた。
「え?僕……ですか?」
「そうそう、兄ちゃんだよ」
よくよく見たら、もう片方の人凄く歩きにくそうだ。
もう片方の人も何か隠してるみたいな手だし……ちょっとだけ怪しいかも。
そう思っていたらロゼルが───
「すみませんアラトに用があるところ申し訳ないんですけど、ちょっと人と話すのが苦手なとこあって……よければ他をあたってくれませんか?」
困り顔で割り込む。
本当のことだけれども、そう言葉にされたらとても傷つくというか……
「いやすまんな、ちょっと男手が足りなくてよ」
「なら私が───」「こいつ借りてくぜ嬢ちゃん」
僕の肩に腕を回し、小走りで強引に連れていく。
「ちょっと!」
後からロゼルの声が聞こえてくる。
まあ困ってるみたいだし、やれることはやってみよう。
馬車の道を挟んで向こう側。
丁度通り過ぎた時だった。
馬車が後ろを通り過ぎる。
ゆっくりと。
その影が、僕たちと重なった。
「やれ!」
右の男が取りだした大きな袋と薬。
強引に被せてくる。
「ちょっ!」
抵抗。必死に抵抗。
何もできない。
抱えあげられる。
暗い。
走っている音だけが響き渡る。
「アラト!アラト!」
微かに声が聞こえてくる。
だけど、頼りないほど小さい。
時間だけが過ぎていく。
声を出すのも、いつしか諦めていた。
◇◇
一瞬だった。
馬車が通って、そのまま通過しただけなのに。
目の前からアラトが消えていた。
「アラト!アラト!」
走って道を横断し、路地の方へ。
左側、道が見える。
音もしない、何も見えない。
振り返ると喧騒な道。
そんなはずもないのに、戻って辺りを見渡す。
「……」
頭には、なにも浮かばない。
不安。
文字のない恐怖。
力なく崩れ落ちる。
「あっああっ」
声が漏れる。
(私の…)
「あああ……」
(私のせいで)
なんであの時───
「ああぁああぁあああぁ!!」
止めなかったんだ。
「ああがぁああ!!」
なんであの時、無理矢理にでも引き戻さなかったんだ。
「なんでなんでなんでなんで!!」
意味なく地面を殴り続ける。
私のせいだ。
私のせいだ。
「(ねえ、あの子どうしたの?)」
「(さあな)」
「(かわいそう)」
「(チッ邪魔だよ)」
床が砕ける。
涙が隙間に流れていく。
「おうおう凄い有様だね」
すぐ後ろから声。
肩を叩かれる。
振り返ると───
「あなた…は……」
「まっ一旦涙拭きな。話はそれからだよ」
そうだ。
こんなことしてる場合じゃない。
「あ、アラトが!」
「だから落ち着けって」
早く、少しでも早く取り返して、それで───
◇
「なるほどね……アラトが誘拐されて……ゆ誘拐されて!?」
「だから、何か知りませんか」
顎に手を置き、考えているようだ。
「あっ」
「何か心当たりが!?」
「まあね……南区まで来て人攫いする奴らなんざ、あいつらしかいないさね」
心が赴くまま立ち上がる。
「なら!」
「待て」
そんな私に、片手を突き出す。
「あんた、どうする気だい」
「……」
「そんな目してるけど、どうする気か聞いてるんだよ」
「私は……」
◇◇◇
「おい、脱がせろ」
「へい」
袋を取られ、映る景色。
無数の男たち、その中ひと際堂々としている男。
派手な装飾品、傲慢な雰囲気。
はっきりと、この人がボスだってわかる。
「よお坊ちゃん」
見下すように笑っている。
「ここって……」
「オマエよぉ、こいつの顔覚えてんだろ?」
指さしたのは、さっきまで僕を運んでいた男の一人。
そういわれてみれば、昨日どこかで見たかもしれない。
「それでよ、こいつがお前か、お前の仲間にボコられたっつうんだよ。まあしたのはお前じゃねえことはわかるんだ」
「……」
「だからよ、ボコった奴の名前を教えるだけでいい。そしたら、痛い思いはしねぇ」
必死に目を逸らす。
そんな僕を見てか、男は髪を掴んで───
「名前ぐらい知ってんだろ?言え」
「……言ったら、どうなるんですか」
「んなもん決まってんだろ。まずはそいつの皮を剝ぐ。そんで生きたまま腹を裂いて、内臓を抜き取った後、首を掻っ捌く。女っつうからな、首は高く売れるだろうなあ!」
笑っている。
こいつも、周りの奴らも。
「あ、言わなかったら自分が何されるかってことだったか?そうだな……爪、歯、指の順だな。何するかはわかんだろ?あっそうか───」
そのまま顔が近づく。
「目玉もあったな?」
岩のように角ばった指が、僕の眼球すぐそばまで近づく。
「痛いのは嫌だよな?だったら言え」
言わなかったら、どうなるんだろうか。
その先に感じるだろう痛みは、どれだけ頭を動かしても想像もできない。
僕は口を動かす。
「言わないよ、バーカ」
「そうか。やれ」
笑いながら近づいてくる男たち。
一人は僕を羽交い絞めにして、もう一人が持っているのはペンチ。
「じゃあまずはっ1つ目からだな」
二つの先端で親指の先を挟む。
心、鼓動。
息が切れる。
そのまま───
「おらぁ!」
「あっあああぁあ!」
喉が張り裂けそうなほどの声が、勝手に漏れ出る。
「「「ギャハハハ!」」」
指先からの熱さが頭にまで昇る。
見たくない。見たくない。
必死に天井を見上げる。
「どうぞ、なんて名前ですかー?」
あざ笑うように、僕の口から言葉を出そうとしてくる。
「言うもんか!」
絶対に言わない。
言わない。
「2つめ行くぞぉー!」
人差し指。
言わない。言わない。
恐怖に埋め尽くされた頭に、詰め込むように入れていく。
「うらっ!」
「ああぁあぁあ!!」
さっきの男、後ろで手を叩いて笑っている。
風が通るだけで、空気がそこに触れるだけで痛みが走っている。
通り抜けるような痛み。
あとどれだけ続くのだろうか。
「言わない、絶対言うもんか!」
声高らかに叫ぶ僕の中指には既に、ペンチの先が置かれていた。
◇◇◇
言われるがまま着いてきた先は、西区にある一般的な住宅。
「ここだよ」
親指が指すのは木製の扉。
「ここまで、ありがとうございました」
「あいよ。しかしあんた……」
私の顔をまじまじと見つめる。
深くため息。
「ホントにアラトがそれを、望んでいると思うのかい?」
「……」
呆れたような顔の後、言葉をつづけた。
「まっ勝手にしな」
私は扉へと振り向き、開ける。
鍵がかかってるみたいだ。
少し力を込めて引っ張る。
木が折れるような音の後、簡単に開いた。
何人もの男の中、ひと際小さい人だけが目に入る。
「ろ、ロゼル……」
その下に落ちている、いくつもの爪。
指から滴る赤い液体。
その時。
私の中で、何かが壊れる音がした。
……




