お銀の過去 本編4 住処
九鬼の家を出てから数刻。
山を越え、人の気配がないことを確かめて、ようやくまだ煙燻る鬼の村へ戻った。
あちこち燃えて、黒炭となった家屋だらけ。
コロが腐臭がすると言って、お銀と共に向かうと、あたり一面カラスに啄まれている鬼たちの首なし死体だらけだった。
そして斬り落とされた頭に至っては槍や木の枝などに刺し、地面に飾るように突き立てられており、その下にも他の鬼たちの頭が山のように盛り付けられていた。
啄まれたりうじが湧いたりして、白骨化しているのもある。
どれもが乱雑に扱われ、鬼たちの角もかなりの数なくなっている。
戦利品として持ち帰った鬼狩りもいるのだろう。
お銀
「赤ちゃんまで…」
赤ちゃんも子供も、みな等しく首を落とされている。
吐き気を催すような光景に、ただ、ただ、膝をついて呆けるしかなかった。
コロが心配そうに鼻を鳴らし、そばに腰を下ろしてお銀の頬を舐めた。
あの子はいつも私のことを人の子供だと揶揄っていたけど、たまに面白いものがあると見せに来てくれていた。
この子は私に花をくれた。
あそこの子は…。
あの子は…。
皆の笑みが浮かび、嗚咽を漏らす。
なんだ。みんなにとても嫌われていると思ったけど、わずかに優しさもくれていたんだな。
全てを失ってから、理解するなんて。
お銀
「うぅっ、ぁ、あ…」
地面に這いつくばり、手足が泥に塗れようと、顔が泥に塗れようと、構わず啜り泣いた。
ひとしきり泣き、思い出したように顔をあげ、コロを見上げた。
心配そうに見つめる窪んだ眼窩が目の前にあり、鼻筋を撫でた。
お銀
「かあちゃん…かあちゃんを、さがして…」
ひぐっ、としゃくりあげながら頼むと、わかった。と顔を舐めて死体を嗅ぎ回った。
腐臭と血と煤の香りで少し探すのが大変だったが、頑張った。
そうしてようやく見つけたのか、奥まったところで何かをくわえ、持ち上げた。
蛆虫によってだいぶ白骨化が進んでいたが、その面差しは確かに母だった。
角を奪われていなくてよかった、まずはそう思うしかない。
コロはそのあと母の身体も見つけ出すと、穴を掘ってくれた。他の鬼たちを埋葬するのは難しいと判断し、1人分だが。
その頭も一緒に埋葬しよう。と声を掛けると、お銀は頭を振った。
お銀
「この頭だけでも、そばにいたい…」
事切れているからもう微笑みを浮かべることはないけど、それでも…。
涙をぽたぽたと落としながら、蛆虫をどうにかしよう。と母がやっていた肉を骨から綺麗に剥がす方法を思い出した。
そしてまだ家の形を保っていた我が家に戻ると、五右衛門風呂の釜があったので、クロに乾いている薪や水を運んでもらい、火をつけて水を沸かした。
とても辛かった。
ぼこぼこと熱泡が吹き出し始めたので、その中に母の頭を沈めていった。
茹でられ、次第に剥がれていく肉。
蛆虫もぷかりと浮かんで丸く縮まっていった。
涙を流しながら、火を途切れさせぬよう薪をくべ続けて茹で上がるのを待ち、完全に茹だったことを確認するとそれを取り出し、地面に置くと、皮膚が肉ごとべろんと剥がれ始めた。
吐きそうだった。
それを丁寧に剥がし、“中身”もほじくり出して、完全に空っぽの頭蓋骨だけになったころにはもうお銀の涙も止まっていた。
自分の着物で母の頭蓋骨をとにかく丁寧に磨きあげ、空を見上げた。
憎らしいくらい真っ青な空。
高く上り燦々と差し込む太陽が母の頭蓋骨を白く照らした。
お銀
「コロ」
その声に反応する骨頭犬。
お銀
「あいつらを必ず殺そう。子々孫々に至るまで、殲滅しよう」
母の頭蓋骨をゆっくりと持ち上げ、小さな頭に被せた。
お銀
「そのために、力をつけよう。私の母ちゃんと、同胞のために、奴らを倒す力を」
すっと立ち上がると、コロと共に失われた故郷を見下ろし、コロの背に乗ってまずは住む家を探そうと山を駆け抜けた。
しばらく走っていくと、鬼たちが土地神様を祀るために作った祠が壊されており、お銀にしか見えない、山神様と呼んでいた亀のような造形の生物がひっくり返った形で馬に踏み潰され、死んでいた。
お銀
「そんな…山神様まで…」
たまに訪れると、いろんな昔話を聞かせてくれ、そのお礼に探して来た花と木の実をお供えしたりと、仲良くしていたのに。
あちこちを見ても、小さな精霊たちが弱っていたり、死んでいたりしている。
村を滅ぼした上に神々や精霊に対する礼儀もなく、暴虐の限りを尽くした鬼狩りへの憎しみがますます膨れ上がる。
お銀
「山神さま……ごめんね…。何もできなくて…」
必ず復讐してやる。と骨頭の中で唇を噛み締め、袖を破ると潰された山神の体を包んで、祠のそばに埋め、手を合わせた。
お銀
「どうか、私達をあの世でお見守り下さい。神様にもあの世があるのかわからないけど…」
そう呟き、少しの間別れを惜しみ、コロの背に乗ると、優しい風が吹き、木の葉が音を立ててかの方角を示すように舞う。
お銀
「…山神さまたちのお導きかな」
そうかもな。行こう。と走り出す。
木の葉がしばらく風に運ばれ、どんどん進む。
深い森の中。竹が所々生えている。
かなりの距離を走っていたら、唐突に木の葉がぱさり。と落ちた。
そしてコロの鋭敏な耳に悲鳴が聞こえて、足を止めた。
お銀
「コロ?」
コロ
『悲鳴がきこえタ』
そう言って木の葉が落ちた先にある深い竹林の間をぬって進むと、立派な大屋敷が目に入った。
隠されるように建てられたこの屋敷。隠れ家にちょうど良さそうだが、人がいるんじゃないかと近づくと中から再び悲鳴が聞こえた。
覗き込むと、盗賊が押し入って屋敷の当主や使用人達を襲っている最中だった。
斬られたり、貫かれたりして転がる男たち。
そして盗賊たちに色々と酷い目に遭わされるまえにと自死を選んだようで、1人の使用人らしき女を残して高貴そうなおべべを着た女たちが血まみれで重なっている。
鉄の香りにコロの腹が鳴る。
お銀の腹も鳴る。
あれから水や木の実以外何も口にしていなかった。
コロ
『腹減っタ…ちょうどいい、アイツラ食おウ』
愉しそうに良い生地を眺めたり、大判小判の入った箱を運び集める盗賊たちを見やり、久しぶりの肉が食べられる、とゆっくり敷地内に入っていく。
そのあとすぐに悲鳴が響き渡った。
お銀はそれを冷ややかに見つめていた。
盗賊を引き裂き、ぴちゃぴちゃと貪り喰う不気味な角の生えた骨頭の巨大な化け犬の姿を、生き残った使用人が小水をもらしながら見つめていた。
ボロボロの返り血に塗れた子供が目の前に立つ。ツノが生えた骨の頭を被っていた。
ヒイ。と震え、悲鳴をこらえて壁に張り付く使用人だったが、骨頭の幼児は首を傾げ、そっと近づくと、怯える使用人の涙を拭う。
お銀
「あなたは喰べないよ。悪いことをしてないから」
ひぃ、ひぃ、と息を荒げながら顔をそらす使用人に、何もしないよ。どこかいくなら、いって。ここを私のおうちにするから。でも誰にも言わないでね。そう言って出口を指し示すと、もんどりうちながら逃げ出す使用人。
ばいばい。と手を振って見送り、盗賊のものらしき立派な小刀を見つけ、コロに引きちぎられた足を引きずって逃げようとする首領らしき盗賊のそばに行くと、小刀を鞘から引き抜き、思い切り振り下ろし、肩を切り裂いた。
悲鳴。
お銀
「痛い?この人たちはもっと痛かったよね」
神様たちが悪さをすると今までの行いがその身に還ってくるっていってたけど、その通りだね。だって今こんな目にあってるもん。と落ち窪んだ眼窩から見下ろす。
息を荒げ、ゆるして、許して、命は、どうか命は、と命乞いを始める盗賊を静かに見つめ、小刀を振り下ろし、耳を切り飛ばした。
再び絶叫。
お銀
「これ、綺麗に切れるね。母ちゃんの方がもっと上手に切れたけど」
不思議そうに小刀を眺め、反射する刃に写る自身の姿をなぞった。
耳を押さえて悶える盗賊をコロが煩わしげに抑えると、お銀がそのまま。と言って近づくと、ばたつき始めたので、もう諦めなよ。と足を何度もガンガン叩きつけるようにして、なんとか骨まで斬った。
お銀
「やっぱり力がたりないなあ。すぐ斬れなくて、苦しみを長引かせちゃった。でもやつらにはこのくらいの方がいいのかな」
力、欲しい。と呟きながら、練習するように盗賊を小刀でなぶり、ようやく首を切り落として命を絶った頃にはあたり一面肉片と血の海であった。
恐ろしい光景だった。
あんなことが起きる前のお銀は、虫の命ですら奪うたび、申し訳なく思っていたのに…激しく変わったな。とどこか憐憫を感じ、血に塗れた骨頭を外したお銀の顔を綺麗にしてやろうと舐めたら嫌がられた。
優しさだったのに…と少し肩を落とすコロ。
お銀
「お掃除がたいへんだね」
そうだナ…。
お銀
「この人たちの身体はどうしようかな。コロが喰べていいよ」
さすがに喰べる気が起きないようで、コロが死体をそれぞれ涼しいところに集めておき、お銀と体の血を洗い流そうと湯部屋を探すついでに建物内を探検した。
ある程度は引き摺り出して殺したらしく、家の中はまあまあ綺麗なものだった。
荒らされてはいるが、過ごす場所を整えればなんとかなる。
お銀
「ここ、台所だね」
竈門がいくつもあり、そのそばには薪が積み重ねられ、作りかけだったらしき料理もあった。
周りが焦げているが、米も炊かれてある。
水瓶から掬ったタライに手を入れて洗い、水を変えると頭蓋骨も入れて血を流し、乾燥させるために囲炉裏のそばに置き、握り飯を作ってガツガツと貪りながら、屋敷ってこんなに広いんだ。と不思議そうに眺めた。
満腹になると、お風呂に入ろう。とコロが匂いを辿って湯部屋に向かうと、どうやら掛け流し温泉だったらしく、ホカホカの湯がわいていた。
お銀
「おんせん!」
しかも檜風呂。と嬉しそうに着物を脱ぎ捨て、コロと入った。
湯で血を洗い流し、湯船に浸かる。
お銀の小さな体がプカリと浮いて、可愛らしい丸々の桃尻が湯面に揺蕩う。
コロがしっかり浸かれよ。と鼻先で突くと、こそばゆそうに震えて沈んでいった。
ぷかり。
また浮かんだ。
面白くなったのか、前脚でちょいちょいと突いて沈めたり浮かべたりしてくるので、やめてよー。と耳を引っ張った。
耳をぺそっと伏せてごめんごめんと舐めてくる。
拒否。
なんで…と鼻を鳴らして見つめる。
お銀
「さっき人たべてたでしょ。おくち臭いの」
それはすまん…。
耳をペソっとして詫びるようにすり寄ると、ちょっと笑うお銀。
こうしたらいいよ。と桶ですくった温泉の湯で、口の中をがぶがぶ濯がせる。
マシになったかも。
お銀
「あとで塩でも舐めたらいいよ」
犬には良くないっていうけど、コロは違うからなあ。とよしよし撫で、暑くなったので湯から上がると、コロが身震いして湯を弾き、先に出て手拭いを探し当てると咥えて持って来てくれた。
お銀
「ありがと、コロ」
着物は大人のものしかなくて、仕方なくそれを羽織り引き摺りながらあくびをする。
眠くなって来た。
お銀
「このお屋敷探検は明日にしよう…」
そうしよう。とコロが返答し、囲炉裏のそばに布団をよいせっと引きずって運んできてくれた。どうやら寝室は荒れていたらしい。囲炉裏の火がまだ残っていたので、そこに薪をくべ、吊り下げた鍋に水を注ぎ、湯気で部屋を温めた。
ようやく休める。
母の頭蓋骨を撫で、枕のそばに座布団を敷いて乗せておくと布団に潜り込む。
そしてコロがそばに寄り添い、抱える。
ふわふわの毛に顔を埋め、少しして寝息を立て始めた。
血みどろの庭、荒れた屋敷だが、この1人と一匹にとっては安心できる憩いの場となった。
そんなふたりを、星空だけが静かに見つめていた。
───翌日───
なんとか朝食を作ろうと試みるものの、母がやっていたように上手くできず、黒焦げの食事。
お米だけはなんとか炊けたけど、下の方が焦げてしまっており、洗うのが大変だ。とうめいた。
コロは昨日の盗賊の死体があるので、それをもぐもぐと貪っていた。
しょんぼり。と眉と目を下げて白米以外苦い食事を食べ切ると片付けた。
おなか壊しそう。とぼやくお銀に、コロがあの女を逃さなきゃよかったかもな。とぽつり。
そうかも…。と反省。だってあんなに怖がってたから…。
お銀
「もっとかあちゃんにいろんなことを教えて貰えばよかったなあ…」
しょんぼり。と落ち込むと、コロが擦り寄ってきた。
それに礼を言い、歯を磨き、身だしなみを整え終え、コロと共にこの屋敷の周りを探索することにした。なかなかに広大で、休憩することにしたコロとお銀は握り飯を包んでいた葉をはがし、それぞれに分けた。
お銀
「この山の神様っているのかな」
人間があんなところにいたし、どこか遠いところにいるかもしれないな。とコロ。
お銀
「見つけたら祀ろう。かあちゃんも土地の神様は大切にしなさいって言ってたもんね」
そうだな。と鼻先で擦り寄ると、ぴん。と耳が立つ。
微かな気配。
顔をあげると、木の上から提灯のように大きく、青く光る二つの瞳がこちらを見つめていた。
威嚇するように唸り、身構えたコロに反応し、お銀も盗賊からいただいた小刀を鞘から抜いてコロの視線の先を見ると、そこに瞳はなく、後ろからふわりと風が吹いたのを感じて振り向いた。
雪のように真っ白で、美しい大きな猫がいた。
桃色の鼻、口、そしてなんとも印象的だったのは、星空を切り取ったような双眸であった。
こんな瞳、初めて見る。
濃紺と青空のグラデーションの中で瞬く星の煌めきは見るものを虜にしそうだ。
白猫は目を細め、ひとりと一匹を嗅ぐように鼻を近づけ、ひくつかせた。
圧倒的な力量差を感じたのか、コロもお銀も動かなかった。
白猫が腰を下ろし、ふかぁっとあくびをして首を傾げた。
白猫
[鬼族と魔犬か]
珍しいな。と前脚をざりっと毛繕いする。
その舌は紙やすりよりも粗く、舐められたらすりおろされそうだな、とゾッとする。
お銀
「……あの。あなた様は…?」
その問いに、私の言葉がわからないと答えられないな。と猫の鳴き声を出して転がる。
お銀がわかります。私はお銀、こちらは私の家族のコロ。私は獣の言葉を解することができる力を持っております。と頑張って丁寧な言葉を連ね、白猫に向かって敵意はないと跪いて頭を下げると、それに驚いたように目をぱちくりさせる白猫だが、笑い出し、気に入ったよ。と喉を鳴らして擦り寄った。
花の香りがした。
白猫
[私はこの山に住まうただの“力”のかたまり]
ちからのかたまり?と繰り返すお銀の鼻に、ちょんと自分の鼻をくっつける。
白猫
[そう。私は肉体を持たない彷徨う精霊のようなもの。私は“私”の“半身”を探しにあちらこちらを旅し、つい最近ここに腰を落ち着けていたところさ]
“ここ”に縁がある気がしたが、どうやら見つかったようだと目を細め、お銀の瞳を眺める。
コロも警戒するのをやめたのか、お座りして成り行きを見守っていた。
白猫はお銀の身体を嗅ぎ、鼻先でツンと腹を押してきたので、わ。とその頭にしがみつく。
ふわもにのもっこりマズルにふぁぁ…と気持ち良さそうにもにっていたら、くっくっと笑っているようで、振動が来た。
白猫
[うん。お前だ。私が探し求めていたのは]
探し求めてた…。
白猫
[“私”という“力”を受け容れる器さ]
その言葉にどうにもピンとこないのか、コロと一緒に大きく首を傾げた。
くっくっ、ごろごろ、くっくっ、と喉を鳴らし、額をすり付け、顔を離した。
ああ、ふわふわが遠のいた。
白猫
[お前が“死”を迎える時、私はお前と一つになれる]
死を?とコロが不安そうに唸ると、白猫は先の話さ。と目をゆっくり瞬きした。
白猫
[お前たちに加護を授けてやろう。ひ弱な身体にひ弱な爪牙では奴らの首にも届かないだろう]
ましてや幼子の姿ではな。と伸びをすると、フッと息を吹きかけられた。
うぷ。と顔を顰めるお銀。
白猫
[ヒト共がやっていることは私に関係ないが、知り合いの聖域を荒らしたことに怒りを覚えていたからな]
コロにも吹きかける。
すると、急に身体の奥底から力が湧き上がる感覚を覚えた。
白猫
[ちょっとは頑丈になったろう。探したいものを見つける勘も与えた。その人間どもを殺せ]
そして“喰らえ”とその白猫は言った。
さすればお前たちはその分だけ強くなる。だが片割れが死ねば弱るから気をつけるんだな、と目を細めた。
白猫
[その対価はここに来ることでよい。私が「見える」のはそういない]
私は強大すぎて見えぬのでな。とケケケっと笑い、するりと木に登り、ウロに消えた。
急展開で呆けてしまったが、力を与えてくれたのはわかった。感謝の印に土下座をし、お礼の言葉を伝えてコロの背にいつもより凄まじくなった跳躍力で飛び乗ると、走り出した。
力が漲る。
体がみしめきと音を立てて、成長を始め、髪が次第に伸びて、銀色に変わっていく。
被っていた頭蓋骨も微かに発光し、形を変え、顎が現れて禍々しく恐ろしい般若のような形相になった。
お銀が成長痛のあまり、咆哮するとその般若の口もそれに合わせて開いた。
完全体になったその姿は、まるで鬼そのものであった。
お銀は息を荒げながら、己の姿を確認すると、嬉しそうな歪んだ笑みを浮かべた。
これで、あいつらを…殺せる…。
あっちに鬼狩りたちの気配を感じる。とそう告げると、コロも気づいていたようでその方向に向かって走り出した。加護により強まったコロの強靭な足は、咆哮と共に山を一つ二つを半刻もかけずに駆け抜けてみせた。
そして怪我人がいたせいか、遅れて進んでいた鬼狩りたちを見つけた。
お銀はそれを見つけた瞬間、激しい憤怒が沸き起こり、手を広げると、爪が鋭く長く伸びる。
木々の間を飛び出すと、恐ろしく不気味な咆哮と足音に怯えて振り向いていた鬼狩りたちをあっという間に引き裂いた。
血飛沫が飛ぶ。
頭や手足が飛ぶ。
凄まじい怒りを発散するかのように、逃げ惑う鬼狩りたちを追い詰めては叩き潰し、骨頭の顎で頭を食い千切ったり。
武士たちが非業の死を遂げていくその様は、恐ろしかった。
最後に残った鬼狩りは怯えて糞尿を漏らし。泡を吹いていた。
「か、かんべんして、つかぁさい…!!」
こ、殺しまくったのは、謝るんでえ…!ツノもお返しします…と必死に土下座するその武士を、頭蓋骨の眼窩の向こうで星空に染まった瞳で見下ろした。
お銀
「今さら何を言ってるんだ」
お前の『ごめんなさい』には価値などない。
その言葉と共に、コロが頭をグシャリと踏み潰した。
お銀
「く、くく、はは」
くくく、ははは、ははははは。
血に染まったその手を見つめ、血の海の中で大笑いする血まみれの鬼。
不気味であった。
コロはそれを見つめ、血で汚れた鼻面を舐めて綺麗にすると、笑うのをやめたお銀のそばに寄り添う。
頭蓋骨を外すと、あらわになったその顔は美しく、星空の双眸に、そして銀に変わった長髪は星の煌めきを得たかのように輝いていた。
お銀
「これなら、あいつらを殺していける。みんな殺せる。みんな殺して…母ちゃんたちの仇を取るんだ」
そのためなら、こいつらの汚らしい肉すらも食ってやろう。そう言って足元に転がる武士たちの一部だったであろう肉塊をひろい、貪った。
何度も何度もえずき、吐き気を懸命に堪え、それによる生理的現象で溢れる涙を流しながら必死に食べる。
力をつけるために。
やがて1人分食べ終えたお銀は、流れた涙を拭い、亡骸の一部をそれぞれ拾って持ちかえることにした。
お銀
「さあ、おうちに帰ろう」
頭蓋骨をゆっくりと被り直し、コロの背に乗って帰路に着いた。
後に残された死体は獣たちが綺麗に食べてくれるだろう。
山を駆け抜ける際に咆哮した。
その声は、鬼狩りたちに向けての宣戦布告に聞こえた。