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お銀の過去 本編3 九鬼左馬刻という青年

 黒の立髪を靡かせ、ぱからっぱからっと風と一体化するように走る麗しき艶のある黒鹿毛のその背には、赤毛を一本に括った若武者が乗っていた。


その男は端正な顔を歪め、鬼狩りによって荒らされ、炎に赤く染まった山を隣山の麓から見つめていた。



「遅かったか…」



ポツリとこぼすその言葉に、黒馬がぶるるっ。と鼻を鳴らして見上げてきた。

優しく撫でると心地良さそうに瞬きをして、前を向き直る。




「うん?あれはなんだ?」




山と山の狭間に流れる川に気になるものが見えて、はいよー!と掛け声と共に黒馬が駆ける。

雪解け水で増え、轟々と流れる川べりにある倒木の枝に、着物の布が引っかかっているのが見えた。




若武者

「いた!」




馬から飛び降りると駆け寄り、倒木の上をそろりそろりと進んで、着物を掴んで引きずりあげ、川べりへと飛び移ると、あっという間に倒木がべきばきと音を立ててへし折れ、流されていった。




若武者

「ふわぁ…あぶねえ」




冷や汗を垂らしつつ、腕の中でぐたりとしたものを見下ろす。

傷だらけで、その背に矢を受けた幼児。




若武者

「かわいそうに。巻き込まれたんだろうか」




胸をさすると、咳き込んで水を吐き出した。

まだ息がある。が、このままでは死ぬかもしれない。




若武者

「ネロ!来い!」




ぶるっと嘶いて駆け寄り、伏せってくれた。

いい子だ。と首筋を撫で、一旦着物を脱いで幼児を包むと背に乗り、我が家へと連れ帰った。












───








一方、コロはというと、崖から転落した際にお銀を護ろうと抱き抱えていたが、体を強く打った勢いで手放してしまい、川の中で逸れてしまった。


お銀の小さな体はあっという間に見えなくなり、コロはバランスの取れぬ水中でもがいて必死に追いかけた。


ごろんごろんと川底で転がり、時折り岩に激突し、果ては意識を失って、気がついた時は滝壺のそばに引っかかっていた。


這々の体で地面に上がり、突き刺さった矢をその口で懸命に引き抜き、傷口を舐めて消毒したのち身体を震わせて水分を飛ばすと、よろめきながらお銀を探しに彷徨った。




コロ

(オ……ギ…ン…)




くぉぉぅ…と鳴いて、川を遡っていく。

お銀がどこかに引っ掛かってやしないかと。






──────







連れ帰った若武者はまずその幼子の濡れた服を切って脱がし、血や泥で汚れた身体を拭いて古着を着せ、近所の医者を呼んだ。


痺れ毒のせいか、時折身体を震わせたり、うめき声を漏らしたり、啜り泣く様子に心配そうに大丈夫だ、すぐ治るからな。と声をかける若武者。


医者がやってくると、すぐさまお通ししてこの子は助かりそうですか?とか色々伺ってきた。




医者

「処置が早かったからか、傷口も綺麗だ。大丈夫でしょう。だから落ち着いておくれ、九鬼殿」




あいわかった、申し訳ない。と正座して心配そうに見つめる様子に、九鬼殿は相変わらずお優しい。とクックっと笑って丁寧に手当てしていく医者。


触診であちこちの腫れを確認し、湿布を作って貼り付け、擦り傷には傷薬を、矢は引き抜き、しっかり消毒、出血を抑える薬を練り込み、包帯を巻いてうつ伏せに寝かせた。




医者

「酷い傷じゃのう。どこで拾ったんじゃ?」




説明すると、巻き込まれてしまったのかもしれんなぁ。闇討ちじゃったし、判別がつかなかったのじゃろう。頭もあちこち腫れがあったし、川に流された時に岩にぶつかったんじゃろな。こりゃあ熱も出すぞ。可哀想に。熱冷まし薬と痛み止めの薬を煎じて飲ませてやると良い。と布団をかけてやる。




医者

「それで、九鬼殿。あんた、この子をどうするつもりなんだい?」




その言葉に瞠目し、そこまで考えに至らなんだ。と頭をかく九鬼に苦笑いを浮かべる医者。




九鬼

「この子の着ておったものを見る限り、おそらく戦災孤児であろうし…」




乾かすために囲炉裏のそばで干されているあちこちつぎはぎされたボロボロの着物を見やる。




九鬼

「この子が良ければ某が引き取ろうと思っています」




人好きのする微笑みを浮かべ、ひとりぼっちは寂しいものな。と頭を優しく撫でた。

その手の温もりに、幼児の苦しそうだった寝顔が途端に穏やかに変わった。




医者

「…大変じゃろうが、わしらも協力するでな」




感謝します。と九鬼。

治療の支払いを受け取ると帰路に着く医者を見送っていると、黒馬がこちらにやってくる。




九鬼

「ネロ。どうしたんだい」




ぶるるっ。と嘶いて九鬼に甘えるように擦り寄り、玄関を覗き込む。




九鬼

「あの子が気になるのか?」




返事するように鳴くと、大丈夫だよ。休めば良くなる。薬もたくさんもらったからね。と笑って、ほら。と見える位置まで移動させた。


窓から覗くと、ふぅ、ふぅ、と少し息が荒かったが、峠は超えたようで安心した。




九鬼

「何度も止めたんだがなあ…。一介の兵士程度の言葉は届かないんだろうか」




無念そうにため息をつくと、ネロが慰めるように唇で九鬼の髪をハモハモしてきた。


ちぎらないでほしい。とくすくす笑って優しく撫で、とりあえず良くなるまで看病せねばな。と食事の用意をしていく。




手当てされ、優しさと温もりの中、お銀は夢を見ていた。

母とあの銀狐の毛皮を売り、新しいおべべ、もとい着物を買い、おせちも米も買えた未来。



2人と一匹でとても幸せそうに笑い合った。



鬼母が言う。



お前はどんな人と番うのかねえ、と。



お銀は返す。



とても優しい人と番いたい!と。



でも、番うってなに?と首を傾げると鬼母が笑い、番うってのはねえ、お互いなくてはならない愛おしい存在で、一緒にいるために「番う」って言葉があるのさ。多分ね。と教えてくれた。


たぶんって、あいまいな意味だよね?と笑って問うと、お銀は知りたがりだねえ!と誤魔化すように髪をぐしゃぐしゃに撫で回してきた。


コロが混ざりたそうに後ろでうろつき、鼻を鳴らして潜り込んできた。


楽しそうな笑い声が上がった。



抱っこされて、笑って、母ちゃん大好きだよ。と母の温もりを感じようと抱きしめた。



氷のように冷たくて、息を呑んで顔をあげると、そこにあるはずの母の頭がなくなっており、血飛沫がお銀の全身を紅に染める。



絶叫。



気づけばあたり一面血の海。

お銀はそこに1人で立っており、見回すと鬼達が皆倒れ伏し、その向こうに大鉞を持って高笑いする武士が立っていた。



ひとり、ひとり、鬼狩りの顔が闇に浮かぶ。



全ての顔を覚えていた。




母ちゃんを苦しめ、傷つけ、殺した奴ら。




お銀の口から怒りの咆哮が飛び出し、彼らの元へ憎悪と殺意を纏って駆け出すが、その足を鬼達の血が捕まえて、沈んでいく。



お前にはまだ早い、と引き留めるかのように。



母の首なしの体が、お銀の前を塞いで腕を広げる。




かあちゃん…。




やっと解放され、その腕に飛び込もうと駆け寄ると、大鉞が振るわれて、母の身体は消え失せ、全てが闇に包まれた。




かあちゃぁぁん…。




孤独になってしまった。

涙が溢れ、次第に血涙へと変わって顔を覆って蹲った。















───








お銀

「かぁ…ちゃ…ん」




嗚咽を漏らし、啜り泣く幼児に、九鬼は眉を下ろして、母を失ったのだな…と濡らした手拭いを取り替えて、頭に乗せた。


熱に浮かされる子供に、変われるものなら変わってやりたいものだ。と呟いて手当てしていく。


この子を拾ってから数日経ったが、いまだ寝込んでいた。


矢傷が響いてるのか、それとも精神的なものか…。


傷の手当てをしよう。と包帯を外し、湿布を剥がすと、九鬼は瞠目した。

傷が綺麗さっぱり消えていたから。




九鬼

「これは一体…」




幼児の寝顔を見やる。

傷薬の効果が覿面だったのだろうか。そう思うことにして、治ったところはぬるま湯で濡らした手拭いで綺麗にしていき、着替えさせた。


矢傷が一番深かったからか、まだあとは残っているが、だいぶ良くなり始めている。




九鬼

「目を覚ましたら、おいしいご飯を用意するからな。近くの桃園の桃は本当にうまいぞぉ。買ってきたから、少し汁を飲ませてやろう」




そう言って桃をむき、果汁をお銀の唇に浸すと、モゴモゴと動いて、穏やかな寝顔に変わった。




九鬼

「おお。よかった!あそこの桃は力をもらえるとかで、不思議な噂があるんだが、事実のようだ」




嬉しそうに笑って、果肉は窓から覗き込むネロと半分こした。





その頃、コロは傷が癒えて動けるようになったので、川べりを嗅ぎ回って進んでいた。


九鬼がお銀を見つけた場所に反応し、やっと見つけた。と顔をあげ、その匂いを追跡していくと、人里より少し離れた家屋を発見し、草葉の影から覗き込む。


馬屋にいたネロが反応したようで、顔を出し、ぶるる…と威嚇するように毛を逆立て睨んできた。



ぐるる。と唸ったが、人の声がして黙り、より奥に潜んだ。




九鬼

「どうした?ネロ。また知らない人にでも威嚇したのか?」




ちがうわい。と言いたげにぶるっと擦り付く。

なんだなんだ?甘えん坊だなー。とニコニコして撫でている。


なんだか人の良さそうな人間だな。とじっと見ていると、ネロが再びこちらを睨んできた。


馬ってこんなに好戦的だったっけか?


はやる気持ちを落ち着かせるように舌舐めずりし、とにかく暗くなるまで待とう…とその場に蹲り、見張ることにした。ここにお銀がいるのは確実であろうから。


九鬼はネロの毛並みを櫛で整え、食事を用意したり、時折いとしげに話しかけている。

その姿を見ていると、あの鬼狩り達とは違うのだと感じて、変な気分だった。



ようやく陽が沈んで、寝静まったのを確認し、鼻をひくつかせながら窓を探し、覗き込んだ。



九鬼の隣の布団には幼児がいた。


お銀だ!


ほっとして尻尾を振り、鼻を鳴らすとその声に反応し、幼児がようやく目を覚ました。




お銀

「……ここは…?」




起き上がり、体が少し軋んで呻いたが、頭や腕に巻かれた包帯を外すと、もう傷はなかった。こういう時ばかりは治りの速さに感謝である。


隣に眠る九鬼を見やった。

赤毛の人…。優しい声だった。


寝顔を覗き込むと、かつてコロをくれた人によく似ていて驚いた。


コロがはやく来い。と言わんばかりに見ているので、起き上がると、しばらく寝たきりだったせいかふらつくがなんとか立てた。


隣で爆睡している九鬼を見下ろし、寝相で剥がれた布団を直してやる。



お銀

(この掛け布団、薄い…)



自分のところの掛け布団は厚みがある。つまり彼は私に一番暖かくゆったり眠れるよう、一番いい布団を出してくれたのであろう。


見知らぬ子供を拾った上に手厚いもてなし。

九鬼の優しさが身に沁みる。



その布団をよいせ、よいせ、と引きずって掛けてやり、礼を囁いて家を出た。



ネロが起きて、ぶるる。と顔を出して声をかけてきた。




お銀

「お馬さん…」




ぶる。と真っ直ぐ見つめてくるネロにコロの支えを借りながら近づき、顔を近づけてきたネロの鼻筋を撫でた。




お銀

「必ず恩返ししにくるからね」




ありがとう…と額を合わせた。

そしてコロが敵ではないと判断したようで、顔をあげて鼻先をひくつかせる。


挨拶。


屈んだコロの背によじ登ると、ネロに手を振り、その場から静かに離れていった。




お銀

「コロ、無事でよかった…」




首筋の毛にしがみつきながら、顔を埋めた。獣くさいがコロの匂いだとほっとした。




お銀

「村に戻ろう。どうなってるか見たい。母さんを探さないと…」




コロはへふっと返し、駆け出した。


その翌朝、お銀が消えて心配し、辺りを探し回る九鬼だったが、ついぞ見つからず。

落ち込んでいると、ネロが慰めるように擦り付き、コロたちが消えた方を見やる。




九鬼

「あの子は大丈夫だろうか」




凍えてないだろうか。


お腹空かせてないだろうか…とため息をつくと、桃の優しい香りが鼻腔をくすぐり、ネロがぶるるっと欲しそうに嘶く。




九鬼

「…落ち込んでいても仕方ないな」




諦めず探しつつ、日々を過ごそう。と消えてしまった幼児の姿を空に浮かべ、桃売りの爺さんのもとに足を運んだ。








   

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