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お銀の過去 本編


雪の降り積もる山奥。



つぎはぎだらけの綿入り着物を着た小さな女の子が黒髪を靡かせ、小さな斧を持ち、うさぎを追って踏み固められた獣道を駆け抜ける。



お銀

「コロー!そっちいった!捕まえるよー!」



その言葉にまだ少し小柄でツノのない骨頭をした黒犬、コロがわふ!と先回りして足止めし、穴に潜り込むのを掘り出し、ようやく見つけ出すとくわえて引きずりだし、捕まえたよ!と胸を張った。


それにいい子ー!と愛らしく整ったあどけない笑みを浮かべて撫でつつ、少し哀れみを持って首の骨を折られ、ぐったりしたうさぎを撫でる。



お銀

「ごめんね。来世があれば私がきみのご飯になるからね」



そう囁きかけ、うさぎを腰袋に下げ、もっとおっきなのいないかなー。とコロと共に他に探している。


元気。


するとコロが鼻をひくひく動かし、気になる方に顔を向けると、バキバキと木の枝が折れる音が聞こえた。


お銀が振り向くと、小山のような巨大な猪が木々の間から鼻息荒くしながら現れた。


コロがお銀の前で構え、戦闘モードに入った。



お銀

「でっかいお肉だ…」



はヘーとなりつつ、小ぶりな斧を持ち直した。



お銀

(倒せるかな...)



暫しの間睨み合いが続いたが、コロがうおおーーーん!と沈黙を破るように遠吠えすると、反応したのか猪が突っ込んで来た。


コロはお銀の襟首を咥え、横に飛んで避けると、どっどっどっどと重い音が聞こえて、再び猪が向きを変えて突っ込んで来た。


少し慌て、お銀を庇うようにおろして足の中に押し込むと唸って構える。


その時、大きな般若顔のこれまたつぎはぎだらけの着物を着たたくましい女鬼が木陰から現れ、どっせーい!と雄々しい掛け声と共に猪の牙を掴んで少々押されて、足元の地面に筋を残し止めた。



お銀

「かあちゃんっ!」


鬼母

「お銀!今のうちに後ろ足の腱を切りな!」



袖が破れた着物から顕になっている筋肉のたっぷりついた腕に力こぶすげー、と感嘆するコロ。

お銀が引き攣った顔をしつつ、ぐっと斧柄を掴む手に力を込め、うひィッと声を漏らしながら駆け寄り、猪の足の腱を斧で叩き切った。


プギーーーーっと悲鳴が上がり、バランスを崩して倒れ込む瞬間、コロに襟首を咥えられ、避けることができた。



お銀

「コロ、くびねっこやめてー」



苦しいよぅ、とウゴウゴしてるうちに母が大猪と格闘して首の骨をごきんとへし折り、トドメを刺した。



お銀

「さすがかあちゃん」



鬼なら子供でも持てる怪力なのだが…。

自分は人型であり、ひ弱。

病にだって簡単に罹ってしまう。


かあちゃんの足手纏いにならないよう頑張っているんだけどな…と俯いていると、ぽむっと大きな手で頭を撫でられた。



鬼母

「おまえはまだ子供だから仕方ないよ。それよりもウサギを獲ったのかい?凄いじゃないか」



腰袋に下げられたウサギを見下ろす。それに気まずそうに黒い瞳で見上げる。



お銀

「コロが捕まえてくれた…」



その言葉にううむ。と般若の顔を歪め、立派に生えた幼児の腕ほどもある長い角を撫でた。



鬼母

「大丈夫さ。おまえにはコロがいれば生きていけるだろう。コロのおかげで安心して狩りもできるようになったじゃないか。おかげで随分と楽になったよ」



お銀は嬉しそうに笑い、おかあちゃん、大好き!と足にしがみつくように抱きついた。

般若の顔がとても優しく弛んだ。


帰ろうか、そう言ってよいせと大猪を軽々持ち上げると、娘と手を繋いで帰って行った。

8尺もある背丈の女鬼と、ツノもなく人間と全く変わらない幼児の手の差はとてつもなく、母の小指を掴んで小走り気味であったが。


そんな二人のそばを走るコロ。


歪な二人と一匹を木の葉の間から夕焼けが優しく照らしていた。



あちこちに木の板を打ち付けられたオンボロの我が家に帰り着いた親子はまず血抜きをし、その間に手を洗い、捌き始めた。



お銀

「うさぎさん、ごめんね」



猪を捌くママの傍でウサギを頑張って捌くお銀をコロがじっと見守っている。

力が足りないところは手伝ったりしてくれるため、なんとかスムーズにやれている。



鬼母

「コロのおかげで生活も楽になったねえ。明日は村におりてこの猪の毛皮を売ってこよう。高く売れればお銀に新しい着物を買ってやれるよ」



餅も米も買えそうだとにこにこする母に、つられてニコニコするお銀。



鬼母

「“異世界”から来たとかいう変な格好の二人がコロをくれたおかげだねえ」



不思議な二人組だったと笑いながらコロに内臓を食わせてよちよちすると、へふへふとご機嫌で尻尾をふりふりしながら貪っている。その“異世界人”を食べようとした事はもう忘れてる。


お銀はうーん。ともじつき、着物の裾を引っ張った。


なんだい?




お銀

「かあちゃん、かあちゃんのお着物を先に買っていーよ!すぐやぶいちゃうでしょー?ほら、ここにもまた穴空いちゃってるよ。引っかけたんじゃない?」



おや本当だ。繕い直さにゃね。と穴をなぞり、苦笑いする母の腰に抱きつく。



お銀

「私はもっと後でいいよ!まだこれきれるもん。私よりもかあちゃんに綺麗なおべべ着てほしい!私は一緒に美味しいご飯食べられるならそれだけでいいよ!」



えへへっとはにかむ我が娘に目が潤む。



鬼母

「この子は...!もう!なんて健気なんだい!」



そう言って抱き上げ、愛し気に頬擦りした。

きゃはーっと嬉しそうな笑い声が上がり、コロがそんな二人を見上げて嬉しそうに吠える。


確かに今の母の姿は山姥よりみすぼらしく、両袖は無くなってノースリーブ状態、裾も膝まで破れてしまっていた。


寒さにも弱く暑さにも弱い、そんなか弱いお銀のために、繕う布を捻出したらこうなってしまった。


こんな極貧の生活をしているのも、こんな山奥に二人だけで暮らしているのも、鬼族なのにお銀だけが人の姿をしており、人型は強力な神通力を持って生まれる存在だと言われていたが、成長してもその片鱗を見せない上、分かったことはお銀の傷が早く治ること、そして獣と対話ができることであった。


鬼村もそこまで豊かな方ではなかったため、期待が大きかった分、それだけではなんの役にも立たない。とがっかりされてしまい、お銀はそれを聞いて傷ついて落ち込んでいた。


角だって白いプツッとしたものが両額の上にあるが、全く目立たないため、人間とそう変わらず、鬼子達によく揶揄われていたし、普通の鬼族の中で過ごしたら大怪我してしまうこともあるため、お銀のために離れて暮らすことにしたのであった。


苦労も多かったが、その分お銀に愛情を注いだ。

そのおかげでこんなに素直な子に育って、お母ちゃん嬉しい状態。




鬼母

「じゃあお揃いの柄の着物はどうだい?もう少し毛皮を集めれば二人分買えるし米も餅も買えるよ」




下ろしてやると指先で愛娘の小さな頭をよちよち。

コロが獲物を狩るなら自分に任せろって顔をしている。




お銀

「ほんと!?じゃあがんばる!お揃い楽しみ!」




コロもおいしーご飯食べさせるね!と笑って嬉しそうに抱きしめると、コロが尻尾を大きく振りながら舐めてきた。


うひー。




鬼母

「あっはっはっは!弟ができたみたいで良かったねえ」




嬉しそうににこにこ。

コロが常に娘のそばに居て守ってくれるから、安心して家事や畑仕事に集中できた。




お銀

「うん!一緒に遊んでくれるし、優しいから大好き!」




ねーっとコロをむぎゅ。

きゃふと尻尾を振ってすりすり。



お銀

「今日の晩ご飯はなにになるかなー」



ソワソワと母の周りをうろうろ。



鬼母

「猪鍋にしようねえ。ウサギは唐揚げにしようか」



幼い娘が可愛くて仕方ないようで、緩みっぱなしの般若顔。



お銀

「やったーっ!」



わーいと嬉しそうにコロとるんたるんたはねて家に上がっていく。

ちっちゃいおしりがぷりぷり。


おそらく人間の子よりも一際小さく生まれたせいか、弱々しく長くは生きられないかもと言われていたのだが、こうして元気にすくすく育ってるので安心した。


肉を捌き終えるとお銀たちを呼び、庭に出た。そして自家製の畑から白菜と大根を採ってきた。


お銀は裏庭でコロとキノコを採る。

山奥だから雪は降るしうっすら積もるものの、まだまだ冬本番ではないため、いっぱいとれた。



お銀

「かあちゃーん!いっぱい取れたよー!」



カゴいっぱいの椎茸やらなにやらを自慢げに見せてきた。そうかいそうかい。とよちよちするとより嬉しそうにニコニコ。


なんとも平和な二人と1匹の家族。


私もご飯のお手伝いすると言って母が調理している間にお皿を運んだりお箸を並べたり、釜にわずかなお米にヒエやアワを混ぜたものを入れてかさまししたものに水を足し、火を吹きかけて炊いてくれた。


そうしてキノコもお肉も野菜もたっぷりの鍋が出来上がり、出汁がたっぷり出て美味しそう。それに自家製味噌を溶いて出来上がり。


いい匂いにコロがソワソワ。



お銀

「おいしそうー!」




ソワソワして早くはやく。とよだれをたらし、つまみ食いしたがるお銀とコロだが、母に邪魔だよ!とつまみ上げられ、二人揃っておんぶ紐で押さえられた。くーん。


なんだかんだ完成すると子供たちを開放して囲炉裏を囲み、コロにも大きな塊肉を出すと嬉しそうにかぶりついた。



鬼母

「さあ食べよう」



小鉢に具材を盛り付け、お銀に渡すと、いただきますしてはふはふしながら頬張る娘を微笑ましく見つめた。



鬼母

「どんな子に育つかねえ…」



人間の中でも一際美しく育ちそうだが、力が弱いのが気になった。その分コロがカバーしてくれているから助かってはいる。


目が合うと、おいしい!と笑う我が愛娘にほっこりした。

んまいねー、コロ。とお銀が微笑みかければへふ!と尻尾を振って舐めてこようとするので拒否。寂しそうにくーんと声を出す骨頭の犬。


仲良しで何よりだ。

この世界では力が弱いとすぐ殺されてしまうため、鬼の村にいるよりはまだ幸せだろう。


見た目も人間そのものであり、稀に生まれる神通力を持つという鬼。


代々言い伝えられる人型の鬼、その正体とその力は未知数である。


お銀は獣と話せるし、自分の傷だけだが、治りは早いし……肉体がただ虚弱なのだろうか、とひょろっとしている我が子を眺める。


うっかり強くつかんでしまった時、簡単にぽきりと折れて驚いた。鬼族の骨はなかなか折れないものなのに。


慣れるまでは時間がかかり、お銀を産んでから何度かやってしまっていたが、ようやく力加減を覚えられた。豆腐に触れるが如くの優しさで触れないと捻り潰してしまうほど脆い体…と赤らんでぷにぷにのほっぺをつん。


もぐ?と見上げるお銀に微笑むと、にこーっと笑い返してきた。



ああ、なんてめんこいこと。



姿形は違えど、腹を痛めて産んだ愛おしい我が娘。

狩りもコロがいなければ先程の大猪に喰われてただろう。


私にもしものことがあった時、この子はどうなってしまうのかとつい心配してしまった母。



鬼母

「いいかい?いずれ大人になったらお前も婿をもらうだろうが…男選びは慎重にするんだよ。お前を守ってくれる男を選びなさい」



くれぐれも顔だけで選ぶんじゃないよ?と頭を優しく撫でると、キョトンとする幼い娘。

この忠言をするにはまだ早かったかな?と思った。



鬼母

「ううむ。例えれば…そうだねえ。あのコロをくれた男みたいに、身を挺して女を守ってくれる男にしなさい」




その言葉を聞いてコロが胸を張ってへふ。と吠える。

俺が守るから大丈夫と言っているのであろう。お銀がそう通訳してくれた。



お銀

「よくわかんないけどわかった!」



えへら!といい笑顔。お母さんしんぱい。



お銀

「お婿さんなら、かあちゃんもだいじにしてくれる人がいーい!」



むぎゅ。と太い腕に抱きつく。

おかあちゃん、感極まってそっと抱きしめる。


鬼の目にも涙である。


そしてニコニコ笑い合い、ご飯を食べ終えると、お風呂に入ろうかねえ、と五右衛門風呂の準備。


おふろー!ともう裸になっているお銀に、早いよっ!と慌てる母。


案の定さむーいとコロの足の間に潜り込んだ。



鬼母

「そりゃあそうだろう!この寒いのに風邪引くよ!」




もう!と捕まえられ、ドテラを着せられ、ぶかぶかーと楽しそうにうごめいていたら大人しくしていろとコロにのしかかられた。


ぐえー。


その間にかまどに薪をくべ、火打石で火をつけると竹筒で空気を入れて火力を上げる。


五右衛門風呂は周りを木の板で囲んであり、底のみが鉄製で熱をはらむ。その鉄の上に底板があるので火傷しないで済むようになっていた。


溜められた水に触れ、いい感じの湯加減になっていることを確認して服を脱ぎ、お銀を呼び寄せた。



鬼母

「お銀、おいで。お湯が沸いたよ」



その声を聞いてコロが退くと、ドテラを放り、とててて一と走ってきた。

元気な子だねえ。と笑って頭を撫でると、嬉しそうに笑うお銀。


そして母に髪や体を洗われ、母が先に湯に浸かると抱き上げてもらい、浸かる。

一人で入ると溺れてしまうほどの深さなので、いつもこうやって入っていた。


はふー。と揃って心地よいため息が漏れる。



お銀

「きもちいいね〜」



あ、かあちゃん。お空、すごくきれい!と窓から見える夜空を指差す。

満点の星空がよく見えた。



鬼母

「綺麗だねえ」



ねえー。と微笑む娘にそっと頬擦りをし、小さな肩に優しく湯をかける。



鬼母

「本格的に雪が降り積もる前までにあそこの温泉に行こうかねえ」



この裏山の主が居る近くの洞窟に温泉が湧き出ているので、時々行って温泉に浸かるのがこの親子の楽しみだった。


大喜びできゃっきゃと楽しそうにする我が子を優しく抱いて、星の読み方を教える。


天候や吉兆など。


明日は満月だから夜道が明るく見えるよ。なんて話してるうちにあったまってきたのか、お銀の顔が赤くなる。



鬼母

「そろそろ上がろうかねえ。お銀はすぐのぼせちゃうから危ないねえ」



抱っこされ、湯から出ると体を拭き、髪を拭き、寝巻きに着替えて家に戻り、房楊枝(今でいう歯ブラシ)に塩を含めて歯を磨き、口を濯いでさっぱりしたところでそろそろ寝ようかい。と火をつけた焚き火の上に炭を重ねて火を弱めると、五徳に水を入れた鍋を乗せた。


湯気が漂う。


囲炉裏端に大きな布団を敷く鬼母。


うろちょろしてその下に潜り込んでキャッキャ楽しそうに笑うお銀とコロ。

こらこら。と引っ張り出されて足を持ち上げられ、プランプランと揺れ、きゃはーっと笑っている。


やれやれ、やんちゃなこと。とようやく敷き終えた布団にお銀を寝かせると、すぐまどろみ始めた。お銀を真ん中にして、隣は母、もう一方はコロがくっついて掛け布団を被った。


あたたかくて、心地よい。


あっという間に眠りに誘われ、幸せそうに眠る一家を星空だけが見つめている。






一家は、この幸せが永遠に続くと信じていた。










    






    













      







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