坂田金虎という男
今から30数年前。
百姓の村に住む坂田家に大きな男の子が生まれた。
その子は他の赤ちゃんよりも大きく、たくましかった。
虎のようにたくましく雄々しく、金に困らないように、と意味を込めて金虎と名付けられ、大層可愛がられて育った。
幼児の頃から米俵を二つほど持ち、力持ちさで皆を驚かせ、アシガラ山から人喰い熊が降りてきた時も、齢5歳で首の骨をへし折り仕留めるという偉業を成した。
村の皆が讃えた、坂田金虎を。
それが傲慢さを育てる事になるとも知らず。
成長期を迎え、この時代の人々の平均は四尺(120㎝)から五尺(150㎝)ほどだったが、金虎は七尺(210㎝)もの背があり、体格も立派で皆から名前通り大きな虎じゃのう、巨人じゃのう、とよく言われた。
そして思春期もあり、有り余る力をあちこちで暴れて発散するようになった。次第に同年代や若い男たちを力で従わせ始めた。
百姓の村は百姓しかおらず、お貴族様は果ての都。
村の男たちが束になっても金虎には勝てず、あっという間に村を支配されてしまった。
両親も何度も諌め止めるが、暴力を振るわれて従うしかなくなった。
力自慢なのに、この村でやれることは荷運びや用心棒などその程度。食物を集めても、女を抱いても、やはり百姓しかいない村ではなんの立場もない。
退屈にも程がある!と暴れてばかりいたそんなある日、都から戦が始まるとのことで徴兵命令が入った。
男たちはそれに参加しなければいけなかった。
もちろん金虎も。
出ていってくれて村の人々はとてもホッとしたと言う。
金虎は初めは一介の雑兵だったが、1人抜きん出て大きく強かったため、あっという間にぐんぐんと昇進していった。
そんな金虎に目をつけたお侍、源頼道に引き抜かれ、このところ起こる都の美しい娘を攫っていく酒呑童子率いる鬼たちを倒すという依頼を受け、進軍を決めた。
それがのちの鬼族大量虐殺のきっかけとなる。
酒呑童子との戦いは凄惨極まり、たくさんの部下が犠牲になっていった。
口から餓鬼を吐き出し量産、仲間を使い撹乱、いろんな手を使って戦力を削いでくる。
流石に疲弊しきり、戦況が厳しくなって一時撤退を図ったものの、追手をけしかけられ、それぞれ隠れ潜みながら隙を伺うことになったそんな時。
金虎の元に“神の使い”を名乗る者が現れた。
“お前は鬼族を狩りつくす宿命のもとに産まれた我々の愛し子”
という言葉を残し、金虎にあの手強い大鬼をも斬れる戦斧と、ある作戦を授けてくれた。
その頃の酒呑童子は街から奪った酒をかっくらい、攫った数人の姫を他の鬼たちにも当てがい、宴を楽しんでいた。
酒呑童子
「人間は大したことねぇなあ!」
嗤ってたらふく姫という肉を喰らい、1人生き残っている姫を抱え、ぐぅすかと眠りについた。
それに近づく1人の武士、坂田金虎。
酒に酔い、真っ赤になった鬼の首に振り下ろされる戦斧。
ごとり。
眠っていた酒呑童子の首を落とすと、鈍い音を立てて転がる。
奇妙な物音に気づいて目覚めた仲間たちも倒し、姫を救い出すといった偉業を成し遂げた。
金虎
「都を侵していた酒呑童子はこの我が倒したぞ!!」
そうして酒呑童子のだらりと舌が垂れた生首を高々と掲げ、追いかけてきた周りを囲う数多の魑魅魍魎を退けた、その話はあっという間に都に広がり、一躍時の人となる。
金虎はそれに快感を覚えた。
美しい姫は感謝して坂田金虎の元に降嫁し、褒美として立派な屋敷、そして財宝をたっぷりもらい大金持ちになった。
それはそれは喜び、田舎村にも話が届いて、これならあの男もまともになるのではと喜び湧いた。
それから時が流れ、次第に薄まる金虎への敬意、期待感。
坂田金虎はもう終わりだとあちこちで囁かれ始めていた。
妻となった姫の美しい容姿が衰えるや否や、他の美しい女に目が行くようになり、半ば無理やり手をつけたり、強引に側室に据えたりなどといった行動を取るようになって反感を持つ者が増えていき、離れていくようになった。
それに危機感を持った金虎は更なる手柄を求める。
金虎
「我は神に愛されし神子。神のお言葉により、鬼族を狩り尽くさねばならんのだ。鬼族を探し出すぞ!第二の酒呑童子が現れぬとも限らん!」
その言葉に皆が同調した。
神の子であればあんなに強いのは納得じゃ!
あの戦斧も神から授けられたんじゃろう?なんと神々しい!ありがたや、ありがたや、と下卑た笑いを浮かべる太鼓持ちの者ども。
坂田はそういうものしか側に置かなかった。口喧しいものは徹底的に潰し、追い出したりしていたからだ。
そんな坂田の上司である源は、他の仲間と共に流石にやりすぎではないか、おそらく大人しく暮らしている鬼もいるだろうと苦言を呈したが、源の存在をよく思わぬ他の武家がここぞとばかりに坂田の言葉を持ち上げ、鬼族殲滅作戦が決行されることとなった。
まずは鬼狩り部隊を作り、その中でも精鋭は坂田金虎の側に置かれた。
金虎は止まらなかった。
洞穴、山奥や森の中に潜んで暮らすたくさんの鬼族を見つけ出しては滅ぼしていく。
生き残りが出ぬよう、徹底的に首を落とし、村を燃やし、財宝や食い物を略奪していった。
帝に献上し、更なる褒美、そして名声を得るために!!!!
そうして坂田金虎は己の領地、そしてちょっとやそっとでは揺るがぬ地位を築いていった。
だが鬼狩りの悲惨さは内々で伝え継がれ、赤子まで抹殺するのはとても辛かったのか、自ら命を断つ隊員が何人か出てしまう。戦にはよくあることとして処理されてしまったが、坂田金虎のその冷徹さを良しとしない部下が離反して別の武家に異動していき、後に残されたのは金虎のように傲慢で取り入るのが上手い者ばかり。
今では台頭する若者たちに押されて必死に今の地位に縋り付いているらしい。
そこで言葉を切る仁に、いつの間にか抜け出して用意していたのか、小百合がお茶をそっと差し出した。礼を言い受け取って喉を潤わせる様子をじっと落ち窪んだ眼窩越しに眺めるお銀。
お銀
「…随分と詳しい情報を持っていらっしゃる」
仁
「まああんなことやこんなことやって得たけど、そもそも人望が最底辺だからな。あそこから抜けた部下や、お気に入りにされていた女郎も簡単に教えてくれた」
こんな情報、もうとっくに知ってたか?と仁。
それに頷くお銀。
仁
「俺だってあいつが憎い。だから復讐するなら協力するし、俺もやらせろ」
その言葉にため息をつく。
お銀
「わかりました。あなたも同じ穴の狢のようですね」
仕方ありません。仲間にしましょうか?とコロを見やる。
いいんじゃないか?と目配せ。
お銀
「では、部屋もたくさんあることですし、こちらで暮らすことを許しますよ。ただし寝室に入らないでください」
仁
「添い寝はダメなの?」
お銀
「ダメ」
ちぇーっと不貞腐れてそばにいたコハクを抱き抱えてむぎゅっている。
顏がむきゅーっと潰れている子犬。
めんこい。