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お銀の過去 本編5

その後。



かろうじて虫の息であった一人の兵士が伝書鳩を飛ばし、事切れた。


その手紙が都に帰還した将軍、坂田の元へ届いた。手紙に目を通し、ため息をついてぐしゃりと握りつぶした。



部下

「いかがなさいますか?」



そばに控えていた部下に問われるものの、気だるさが先行したのかあーーー。とうめき声を漏らし頭をかいた。




坂田

「帰って賞をもらったばかりだ。少し休ませてくれ、その後にする」




やれやれと部屋に入っていくのを見送る部下。


このように初動が遅れたため、数日後に討伐隊を送ったが、結局鬼は見つからず、獣に食い散らかされたのか、散乱した首のない腐敗死体を何体も見つけ、嘔吐した。


そして討伐隊は恐ろしいものを見た。


あの鬼たちと同じように、額にツノを模したのか、枝やら短刀やらを突き刺された腐った生首が乱雑に纏めて刀によって地面に突き立てられ、まるで人の頭で出来た団子のような形であった。



鬼の復讐だと分かった。


この復讐は続くのだと理解した討伐隊は血眼になって探し回るものの、見つけられず、帰還命令が出てしまった。


人同士の戦が始まるため、鬼退治どころではなくなってしまったのだ。

名残惜しそうに撤退する討伐隊を高い崖から密かにのぞいていたお銀とコロは顔を合わせた。




コロ

『人間同士の殺し合いか』




本当に愚かな生き物だ。と舌舐めずりし、眼窩の奥で赤く光る瞳を細めた。




コロ

『行ってみるか。鬼狩りも混じってるはずだし、より多く喰えるかもしれん』



お銀

「うん、いいね」




みんな似てるから、悪くないやつ食べないようにするの難しそうだけど。と唇を尖らせる。


確かに。




お銀

「仲間やみんなを殺した方を殺すなら、敵の敵は味方っていうよね」




人間に恩を売れば、まだ過ごしやすいかもしれない。とコロを撫でる。




コロ

「へふー」




人間なんていつ裏切るか分かったもんんじゃない。

どうせ戦で死ぬなら両方食っちまえばいいと思うけどな。とぼやくコロはお銀と違って人間は全て殲滅すべき対象だと思っているようだった。


だが、お銀を救ってくれたあの赤毛の青年だけはどうにもその対象に思えなかった。


鬼と気づかなかったから助けてくれたのだろうが…正体を知ればどうなるか分かったものではない。


それでもまた再会した時は、少し恩を返してやるつもりではあった。


お銀がコロの首を撫でる。

気持ち良さそうに顎をくいっと上げられた。

うりうり。




お銀

「ニンゲンを食べたのは私たちだけど、鬼狩りの奴らはまだ赤ちゃんだった子も無差別に殺した。だからその分返すけど、違うところから来たあの変な悪魔とかいうやつはコロをくれた。ニンゲンは私たちを攻撃しないで、甘くてサクサクの不思議なお菓子をくれたし、話し合ってくれたよ」




コロの背中によじ登ると、耳をもにぐにとこねるようにマッサージ。

口を開けて気持ち良さそうなコロ。




お銀

「死んだなら仕方ないし食べればいいけど…何もしてないやつより、悪いやつを食べた方がいい。優しいニンゲンを残した方が私たちのためにもなるかも」




つるーっと背中から降りるとコロの目を見つめる。




お銀

「コロ。コロだったら、ニンゲンの赤ちゃんを生きたまま食べる?」


コロ

『喰える。だがお前が食うなと言ったら食わない』




その返答に、コロをくれたあの人の言葉を思い出すお銀。




[“精気”を食わせればすぐデカくなる。とにかく凶暴になるから気をつけろ]




コロは自分達と異なる魔物。思考も行動も違う。

それなのに自分に従うというあたり、ちゃんと家族と思ってくれているんだな。と改めて感じて目を細めて抱きついた。




お銀

「そう。じゃあ子供は仇の子なら、親の前で喰ってもいいよ」




その子に罪はなくても、親が私たちの同胞を、そして赤子を親の前で殺したのだから、その報いとして。


1番の復讐はやつらの家族然り恋人然り、…大切なものを残酷に奪う事であろう。


コロはそれで手を打とう。とお銀に擦り付く。


ぽつ、ぽつ、と雨が降りはじめる。

冷たい雨。


まだまだ寒い時期。


お銀を己の腹の下に潜り込ませて雨から護ると、寒くないかと問われた。

くっついているお前の温もりで腹がぽかぽかだ。と尻尾を振るコロ。


それに小さく笑い、腹を撫でると、雨宿りできる場所に移ろう。そう言ってコロの腹の下から出ないようにちょこちょこ進む。


お銀が小さいので、コロもちょこちょこと進んでいる。




お銀

「ほんとに寒いね。あったかい服を作らなきゃ。ママが作ってたから覚えてる」




毛皮を着物の中に縫ってたの。あの屋敷に帰ったら探してみようと話しながら、雨宿りできそうな洞穴を見つけ、中に入るとコロに抱っこされるようにくっつき合った。




お銀

「…かあちゃん…」




かあちゃんに会いたい。と白猫から得た能力で隠していた頭蓋骨を発現させると外し、抱きしめて目を閉じた。




コロ

『俺も会いたい…』




ぱさっと尻尾を掛けてやり、子供嫁が寒くないように丸くなって毛皮の中に埋もれさせ、眠った。



ざあざあと降り注ぐ雨の音がとても寂しく響いていた。





その翌日、晴れたのでコロの背中に乗って帰路に着いた。



屋敷のそばの蜜柑畑に向かって蜜柑を何個かもいで、死体を喰べたから口直しにと頬張り、屋敷に戻って風呂の用意をしていく。


寒い。と五右衛門風呂に水を貯め、そのかまどのそばで火打石を頑張ってカンカン打つがなかなか火がつかずズビッと鼻を啜る。


外で薪を集めてくれていたコロがへふへふ!と嬉しそうに吠えながら駆け寄ってきた。その口には火がついた薪が。それどうしたの?




コロ

「わふ!!(見ろ!火が噴けるようになってた!)」




薪を竃にぽいっと突っ込んで、息を吸ったのちくわっと口を開くとごーっと火が噴かれた。

あの星空の瞳を持つ白猫の加護によってコロの能力にも影響が出たようだ。




お銀

「これで火打石から解放される!」




わぁーいと飛び跳ね、あー、楽になった。とホッとして薪をくべ、風呂を沸かした。

その間、コロがくっついてお銀の小さな体を温める。


風邪引くなよ。そう囁くと、お銀は素直に頷いてコロの毛皮に顔を埋めた。


少しして沸いた湯に水を足し、ちょうどいい湯加減になったので、着物を脱いで髪や体を洗いコロの助けを借りて湯浸かる。


はふう。




お銀

「コロも一緒に入れたらいいね」




風呂のそばでお座りしている大きな犬を眺める。




コロ

「へふ」




俺には小さい..と残念そうに耳を伏せつつ、前足だけ浸かる。

あ、気持ちいい。へふん。とにこにこしてるように見える骨頭。

まだちっちゃかった時は入れたのにね。とよちよち。




お銀

「明日は人間狩りに行こう。討伐隊のやつらが戦始まるからってあちこち駆けずり回ってるみたいだし」




あいつらの家族ってどこにいるかな。まずは捕まえて、つるそう。とニヤリと笑うお銀の頬をコロはそうするか。とべろんべろんと舐めてきた。きゃはっと笑った。




お銀

「楽しみだね。どう苦しめられるか考えよう」




苦しみを一撃で終わらせるなんて生ぬるい。と伸びをしてしばらく浸かり、湯がぬるくなってきた頃に上がり、コロにタオルをもらって体を拭いた。


心地良い。


そして布団を用意し、頭蓋骨を取り出すと頭の上に置いて横になった。


くっついて抱っこしてくれるコロに寒くないか?と問われ、お互いに寄り添い合ってるから大丈夫、と返事をして目を閉じた。


なかなか寝付けないでいたが、次第に温まってくると眠り始めた。そんなお銀の寝息が聞こえ、ようやくコ口も目を閉じた。



悪夢を見た。


それはお銀が絶命する夢。


コロは絶叫し、お銀を起こそうと何度も舐めるが、こときれた顔は人形のようで、切なかった。


普通の鬼とは違う見栄え。

人間のような見た目なのに、額にある小さなツノが人でないことを物語っていた。


夢から飛び起き、お銀を見下ろす。彼女もうなされていた。


コロがぺろぺろと舐めたり鼻先で突ついたりして起こすとハッとして目を覚ましたが、夢と現実の区別が付いていないようだった。




コロ

『大丈夫か?』


お銀

「うん…。大丈夫…』




コロも起きたの?と心配そうなその眼差しに、…ちょっと嫌な夢を見た、と擦寄られ、そっか。と撫でる。




お銀

「もう一回寝直そう…」




欠伸するお銀に頷くコロ。

明日のためにも寝て体力を回復しなければいけない。


再び布団に入って目を閉じるお銀を抱えながらその寝顔を見つめた。




凄まじく恐ろしく嫌な夢は妙に生々しく、コロの記憶に刻まれた。



      



───






さらに翌日。



朝ごはんに持って帰った死体の肉を頬張り、食べ終えると歯磨きのち、準備。




お銀「温泉があったら入ろうね」




入りたいなーとわふわふなコロ。よちよち。

それじゃあ行ってみるか、と促す様に鼻先を押し付けてきたので、お銀は頷き骨を被るとコロの背に乗った。



討伐隊を目指して走り出す。



鬼狩りたちのいる気配がわかるからか、一直線に走り抜け、そのまま討伐隊を見つけ出すと襲いかかった。


鬼の骸骨を被った得体の知れないものが化け物の背に乗って突進してきたのに驚き、討伐隊の一人が声を上げる前にコロに踏まれ、トマトのようにべちゃりと潰れた。




「鬼だ!!!」




その第一声が発せられた時にはもう三分の一の兵士の命が奪われていた。


お銀がその背で立ち上がり、咆哮して襲いかかった。頭蓋骨に顎が現れ、爪が伸び、姿形が変わり、大人の鬼女になって討伐隊を引き裂き、頭蓋骨の牙で頭をむしり取った。



悲鳴が山に轟く。



化け物!!と逃げ出そうとするものもコロの爪牙に倒れ、あっという間に死体の山が積み上がった。


何人かは木々に紛れて這々の体で逃げていった。


お銀はそれ以上は追わず、死体の頭をむしり取って、体から引き抜いた骨をツノのように尖らせ、集めた頭たちに突き刺していく。


その間に早速バリバリと人間を貪るコロは生き残りが逃げていった方角を眺め、何人か取り逃がしたな。ほんの少し寿命が延びたが運命は変わらんが。とつぶやいて、腕を食いちぎるとバクンと一飲みした。




お銀

「むしろあれで良かったよ。逃げた先で話すはず。それで私たちを知って、さらに討伐隊を出すはず」




その方が都合がいい。わざわざ狩りに行かずとも楽だし。まずは誘き寄せる。とコロにそう言いながら死体の足や腕をもぎ取り、ダルマのようにして転がし、紐を使ってそれぞれ括り付け、コ口の背に下げた。




お銀

「しばらくは持つかな。腐らないようにしなきゃ」




骨頭についた血を拭う。

それを見て、コロが立ち上がりそばにやってきて舐める。


嫌がった。


しょんぼり…と耳を垂らし、そういえばと思い出したのか、ここ来る途中で硫黄のニオイがした、温泉があるかも。と告げるとお銀が変身を解除したのか、頭蓋骨の眼窩から見上げる。

早く入りたいようだ。




コロ

『探してみるか』




お銀を背に乗せると温泉を探しに向かったら、あったあったと湧き出る温泉を発見。

だが熱いので、源泉から少し離れたところを探してみたらいい湯加減の場所があった。


コロがこの広さなら俺でも入れそうだと嬉しそうに尻尾を振っている。


お銀はそれに小さく笑い、骨ってお湯につけたらだめかな。と骨を外して飾り、着物を脱いで血を洗い流し、コロも洗ってから浸かる。


体の芯から温まる感覚。クセになる。きもちいいー。とホッとした。




お銀

「たまにここに来るのもいいね」




いいねーと答えるコロ。温泉好きだよね。




お銀

「血も流せるしよかった。血がつくのは気持ち悪いもん。なかなか落ちないし」




と伸びをしているとツノ、ちょっとおっきくなったな。とコロに言われた。


そう?と触れてみた。

ぽつっと生えていた角だったが、少しだけ尖り始めていた。

ママみたいに長く伸びるかなあ。とちょっと嬉しそうに撫でる。




コロ

「ヘふー」



お。と何かを見つけたのかざばっと立ち上がると、ちょっと待ってろと言って温泉から上がり、ガサガサと草葉の中に頭を突っ込むと、野苺を房ごと引っこ抜いて持って来た。




コロ

『よく洗って食え』


お銀

「ありがとう、コロ。後で一緒に食べよう」




嬉しそうに野苺を撫で、コロに笑いかけた。




お銀

「…コロは私を置いてかないよね」




その言葉に眼窩の奥の赤い瞳がチラついたように見えたが、首を傾げ、お銀の柔らかな頬に擦り寄った。




コロ

『置いていくわけないだろう。それに俺は寿命も長い。お前を一人にしないから安心しろ』




風邪引くぞ、と肩まで浸からせ、自身に寄りかかるように促した。


ほこほこしながら見上げる。

コロから伝わる優しさに、はにかむ。



お銀

「コロ、大好きだよ」



私の大切な家族。と頭を撫で、額にキスした。

嬉しそうに尾を振ってるようで、コロの後ろがばしゃばしゃと泡立つ。




お銀

「それにしても…見た目、鬼みたいになってきたね」




かっこいい。とほっぺをサスサス。


へふーと嬉しそうにその手に甘えるコロ。まだまだ手乗りサイズだった頃は普通の子犬と変わらなかったのに徐々に魔犬っぽく成長していった。




コロ

「へふふん」



お前も美しいぞ。大人になったら求婚してくる奴が多いだろうなあ。母がいつもそれについて心配していたのが分かるぞ。と返され、その言葉に照れ臭そうに頬をかいて、そんなのわかんない。だって私は鬼だもん。鬼族はみんないなくなったし。お嫁さんにしてくれる人なんてもういないよ。とぼやく。


その言葉に目を細め、分からないぞ。あの人間のように、優しさをくれる者もいるかも。と頬を舐めた。




お銀

「いないよ、そんな変な人」




あの人は私が鬼だと気づいてなかったから助けてくれただけ。私は鬼だもん。これからツノも伸びるだろうし。とコロの頭をよちよち。




お銀

「そういえばコロってお嫁さんにもらうなら犬なのかな?オオカミさん?」


コロ

「へふ?」




思案するように首を傾げ、どうだろうな。肉体が滅ぶと再び小さな体に戻るから子孫を残す必要もないんだと反対側に首を傾げる。それにへえー。そういう妖なのかな。と納得したのか、のぼせないように時々涼んでお湯に浸かるを繰り返した。


体もすっかり温まって二人から湯気が立ち上っている。




コロ

『気持ち良かったな。また入りに来よう』



舌を出してへふへふ言ってるところを撫でた。



お銀

「うん、また来よう。もっと近くにあったら毎日入りにくるのに」




ねー。とぼやきながら置いておいた野苺を眺める。




お銀

「これ、美味しかったらあの猫さんにも分けよう。たまに会いに来いっていってたよね』



コロ

『そうだな。おかげで順調に人間達を狩れてるし、お礼を兼ねて行ってみるか』




コロの手伝いを借りながら湯から上がり、体を拭いて服を着ると野苺を大切に布に包んで袖にしまうと帰路に着いた。


そして近くにあった川で野苺をかるく洗い、一粒食べてみた。

野生のイチゴなのでそんなに甘くはないが酸っぱくもない。


うまいか?って顔のコロ。




お銀

「んーーーーーーーーー美味しいとはいえないかも。なんか、甘くないけど酸っぱくもないよ」




とりあえず食べてみて、と一粒あーんするとがぱっと口を開けるコロ。

その口に放ると閉じられてもぐもぐ。


んーー。


やっぱりお銀と同じ顔をして首を傾げている。




コロ

「ヘふー」




自生だからか、食べれなくもないといった感じ。

だよね。とお銀。


ふと蜂がぷん。と通るのが見えて、あ、はちみつとかどうかな?つけたら甘いかも?と首傾げ。




お銀

「はちみつってなかなか食べられなかったんだよね。ちょっとしか取れないから喉が痛い時とかに舐めさせてくれたくらいだし、喜びそうじゃない?」



コロ

『はちみつ付けたら甘く食べられるかもな。割とクセがあると思うが…そういえばお前は蜂の子とか大丈夫だったか?』




虫はあまり得意じゃなかったような...。とお銀を見たら案の定嫌そうな顔。




お銀

「虫はイヤ」




だめかぁ。としょぼくれるコロ。




お銀

「あまいのと一緒に食べられたらおいしいよねー。はちみつはえいよう?っていうのがたくさんあるって母ちゃんいってたから、猫神様も喜ぶかも」




コロの脇腹をもふもふ撫で回すと、コロがそういえば屋敷に金があったろう、行商人を待ち伏せて直接買うのはどうだ?と提案してくれたので、早速人里に続く道の茂みに潜んで行商人が通るのを待つことにした。




お銀

「いつ通るのかなー」




退屈そうにコロの腹に乗ってもふもふを堪能している。またかって顔のコロ。


そうして時間を潰していると陽が高くなり、やっと行商人が通ったので、お銀は頭蓋骨を外してコロに預け、ツノを髪で誤魔化して声をかけた。




お銀

「あの...お砂糖か、蜂蜜とかありませんか」




この分くらい欲しいんです。と袖に入れていた金袋から銀子を差し出して見せると、初めは面倒そうな顔をしていた行商人の目の色が変わった。




行商人

「こんなに?」




なんでこんなに金を持っているのかと猜疑心たっぷりの眼差しで幼児の頭から足のつま先まで見る。薄汚れているし、着物はつぎはぎだらけでボロボロだし、裸足ではないか。




行商人

「お前…とんでもねえガキだな!」




そう怒鳴りつけられ、びくりと萎縮するお銀に、更にガキにゃこんな大金もったいねえ!こりゃわしが使ってやる、と着物の襟を掴んできたので慌てて抵抗すると、強引に金袋を取り上げようと袖を引きちぎられそうになり、違う...!これは私の!と狼狽えて抵抗した。




行商人

「抵抗するんじゃねえよ、このガキ!お前みてぇなのがこんな大金持てるわけねえだろうが!おおかたどこぞの金持ちからスッたんだろう、手癖の悪い奴め!」


お銀

「すってなんかいないよ!!私のだよ!!泥棒はそっちだよ!やめてよ!」




思っているより抵抗するものだから、一発打てば泣いて大人しくなるだろうと手を振り上げたところで、隠れ潜んでいたコロがピリッと殺意を纏い、飛び出そうとした。


その時、揉み合っている2人の後ろから真っ黒な馬がぶるるる!!!と威嚇の声をあげて後ろ足で立ち上がり、前脚をくるくると動かしてずんっと地面を踏んだ。

行商人がひええっ!と驚いてお銀から手を離し、尻餅をついた。


お銀はふらつきながら、黒馬を見上げる。


癖のある赤毛を高く一つに纏めた若い武士らしき青年が背に乗っていた。

太陽を背に浴びているからか、お銀からは顔がよく見えない。




九鬼

「子供に何をしている」




整った顔の眉間に皺を寄せ、行商人を睨め付ける。


慌てた行商人がごまをするように手を擦り合わせて、いえ、このガキが大金をどっからか盗んで来てですね。なんてお銀の手を掴んで開かせ、銀子を取り上げて見せて言い訳し始め、違う!返してよ!とお銀が否定し、離して!と噛みついた。


あいてえ!このガキ!と怒鳴って乱暴に引っ張ったものだから転んで、いたい…と擦りむいた膝を押さえた。


それを見た武士は何をしているんだ!こんな小さな子に!と馬から降りて行商人の手首を掴んでひねった。


ぎゃあ!と悲鳴をあげ、膝をつく行商人に、さっさと銀子を返せ。と命じる。


冷ややかなその目に、恐怖を感じて投げやりに突き返すと素直で良し。と解放してやり、お銀の前に膝をついて、小さな手を取り、銀子を返してくれた。




九鬼

「お使いかな?何が欲しかったんだい?」




優しい声で問いかけてくれた。

その声に、あの時助けてくれた人だと気づいたお銀は顔をあげ、武士を見つめた。


優しい蜂蜜色の眼差し。


なんだか照れたのか、目を伏せ、はちみつ...とか細い声で返した。




九鬼

「そっか、はちみつか。おい。あるか?」




急に問われて驚いた行商人は、あ、へ、へい!と冷や汗をかきながら背負っていた籠をおろし、扉を開くと一番大きな引き出しを開いて小瓶を出した。


へへ。と歯抜けで下卑た笑みを浮かべながら差し出してきたのでその瓶の中身を検める若武士は顔を顰め、睨みつけた。




九鬼

「子供相手にアコギな商売をするんじゃない!これはただの水飴だろう!匂いが違うぞ!」




看破されたうえに怒られ、渋々とはちみつの入った瓶を出した。

これは本当に貴重でな…とかなんとか言い訳。この男は…と呆れたように取り上げ、銀子を受け取って押し付けると、お銀に持たせた。




九鬼

「重いぞ、持てるか?」




小柄だし、ツルツルの手触りの瓶だから落としてしまいそうだな。と思案し、黒馬をネロと呼んでこちらに来させると、その脇に積んでいる自分の荷物から風呂敷を出し、瓶を包んでお銀の背中に背負わせた。




九鬼

「これで落ちない。どこから来たんだい?馬で送っていってやろう。1人にするのは心配だしな」




じろりと睨まれ、肩をすくめるちょっと残念そうな行商人。

この侍が去って子供1人になってくれれば、金袋と蜂蜜を取り上げてやろうと企んでいたらしい。




お銀

「…あっちから歩いてきた」




指差す先は森。随分奥まったところにあるんだね。とお銀の足を見れば裸足で、土に汚れていた。草履もないのか。と哀れみの表情を浮かべた。




お銀

「おにいちゃん、ありがとう…」




ぺこ。と頭を下げると、いや、構わない。幼い子供相手にあんなことをするような大人ばかりじゃないからね。と頭を撫でられた。


それにほんのり嬉しく思いながら、ちら。と行商人を見上げた。




お銀

「おじちゃん、悪い人なんだね」




その物言いにムッとした顔で何を!と睨むと、若武者が庇うように前に立ったので、くっ。と引き下がる。


弱いものに対しては強く出る割に強そうな相手には弱い、それがこの男の矮小さを物語っていた。


お銀は若武士の後ろから顔を覗かせると、言葉を続けた。




お銀

「悪い事をする人間は、バチがあたるんだよ」




そういう彼女の幼子らしからぬ眼差しに、凍てつくものを感じ、思わずへたり込む。




お銀

「おじちゃん、もう”次”はないね」




はいばい。と手を振り、若武士を見上げると抱き上げられ、ネロの背に乗せてもらった。若武士がその後ろに乗ると、いいか、次はないぞ。と行商人にしっかり釘を刺してから森の中へ進んで行った。


その後、行商人は悪態をつきながらとぼとぼと歩いていると、お銀の言葉通り、バチが当たったのか、突然道端の草陰から飛び出してきた骨頭の巨大な黒犬、コロに頭をばくんと咥えられ、暴れるものの鋭い牙に喉を抑えられて悲鳴を上げられず、ぐぐもったうめき声をもらす。


そしてそのまま屋敷へと引きずられて行き、落ちた頭巾だけが残されていた。






───







屋敷からまだ離れた場所で、お銀がここまででいいよ、と顔をあげて足を止めさせた。


いいのかい?家が見えないが。家まで送ってもいいんだよ?とと問うと、お銀は首を振って、若武士を見上げた。




九鬼

「そうか…なら、手当てしてやるから、それから帰るといい」




そう言ってネロから先に降り立ち、お銀を下ろすと盛り上がった木の根っこに座らせ、生えていた蓬草の葉を何枚か千切ってすりつぶし、手拭いを裂いて作った布にそのすりつぶした汁をつけ、水で軽くすすいだ擦りむいた膝に優しく当ててしばってくれた。


これでよし。と優しい笑みを浮かべて、よく頑張ったね。と頭を撫でてくれた。



お銀

「…ありがとうございました」




これ、助けてくれたおれいです。と金袋から金子を取り出して渡そうとすると、いらないよ!と焦る若武士。そして簡単にお金を渡したりしちゃいけない、信用したらダメだよ。さっきみたいな人や、人攫いもいるからね。としっかり忠言してくれた。




お銀

「おにいちゃん、優しいね」




今より小さい頃に似てる人に会った。と眺め、ネロを見上げ、かわいい。とよちよち撫でると、ぶる。と鼻息で髪を巻き上げられた。うぷ。


その拍子に、ぽつっとしたできもののような小さなツノが見えた。お銀は慌てて髪を直し、改めて若武士に頭を下げ、ばいばいとネロに手を振って離れた。


怪我のせいか、よたつきながら適当な茂みに潜り込んでいった。




九鬼

「あ、ちょっ、ちょっと待って…ってもういない」




慌てて引き止めようと茂みに入るが、もう見失ってしまった。


裸足に寒そうないでたちの姿を思い返す。




九鬼

「あの子、もしかして孤児なのかな」




とは言え、この時代に孤児はそう珍しくもない。と言っても目の当たりにすると放っておくほど冷酷にはなれなかった。


以前助けたが姿を消してしまった子が重なって、なんだか気になる。

ネロがぶひぶひと急かすようにアベルの裾を引いてくる。




九鬼

「…仕方ない。あの子が無事に暮らせることを祈るしかない」




坂田様の御元へ急がないとな。遅参したら切腹モノだ。とぼやきつつごそごそと荷物の中から半纏を取り出し、綺麗に畳みなおし、紙を取り出してさらりと手紙を書き、あの子供が入っていった茂みのそばに置いた。




【蜂蜜の子へ

 

 日に日に寒くなって行きます。

 この半纏をもらってくれると嬉しい。

 風邪を引かぬよう、健やかに育ってください。

 困った事があればこの九鬼を頼っておいで。


 九鬼左馬刻(くき さまときって読むよ)】




名前と所在地を書いて置いたから、気づいてくれるといいけど。…そもそも孤児に読めるかな?と思い当たって苦笑しつつ、あの子に幸あれと願い、ネロに乗ると坂田金虎の屋敷に赴いた。


鬼討伐部隊が壊滅状態に陥り、戦も迫っているため、召集されたのだ。


馬を走らせている間、九鬼はあのハチミツを持った少女の姿を何度も思い返して、やはりどこかで見たことがあるんだよな、とぼんやり考えていた。



その武者の姿が見えなくなると、置かれてあった半纏がシュッと音を立てて茂みの奥に引き込まれた。





───




若武者の半纏を受け取ったお銀は屋敷に戻り、裏庭の縁側に腰掛け、隣には母の頭蓋骨を置き、足をプラつかせながら手紙を読んでいた。


文字は母から読み方を教わっていたので問題ない。


そうして一通り読み終えると、ふかふかの大きな半纏を抱きしめ、顔を埋めた。

あったかい匂いだった。




お銀

「…母ちゃんが言ってた、守ってくれる人、か」




あの人ならいいな。と呟き、半纏を丁寧に畳んで傍に置き、顔をあげて裏庭を見やる。


先ほどの行商人がコロに噛みつかれ、弄ばれているところだった。さっきまでは傲慢そうな顔をしていたのに今じゃ血に汚れてすすり泣きながら必死に謝り、神よ仏よと悲鳴をあげていた。


お銀はそれを眺め、そばに落ちている背負い木箱の中の荷物を漁って取り出しては嗅いだり、振ったり。



お銀

「あ、これ。水飴って言ってたね」



確かに本物の蜂蜜の匂いと比べるとあまり匂いがしない。蜂蜜の方は独特なにおいがする。

それが何本も入っている。


コロが行商人を放ると、お銀の持っている瓶をふすふす。


蜂蜜も種類がいくつかあるようだ。




コロ

『このはちみつは水飴を混ぜてカサ増ししてるな。お前が買ったやつだけ混ざりっけ無しの本物のようだ』


お銀

「ふーん。やっぱりわるい人間だ」




縁側から降りると、逃げようと這いずる行商人の髪を掴んでぐいぐいと引きずる。

悲鳴。




お銀

「ねえ、他のこれはなーに?」




背負い箱からさらに小物を取り出すと問いかける。

そ、それは...と痛みを堪えて必死に説明する行商人だが、胡散臭かった。




お銀

「ねえ。嘘ついたら生きたまんまたべるよ」




悪いことしなければこんなことにならなかったのにねーと頭蓋骨を被った姿で、耳を引きちぎって水洗いし、不味そうに頬張る。


ぎゃーぎゃーと転がりまわり悲鳴をあげる行商人に辟易して足で押さえ込むコロ。




コロ

『お前、猫みたいだな』




猫が捕まえたネズミをじわじわといたぶっているようだと思った。

これは?と親指くらいの小瓶を出した。




行商人

「そ...それははちみつや水飴に混ぜたら甘味がます調味料だ、…使ってみるといい 」




味見してみてごらん、おいしいよ、と笑顔を作ってるが痛みで歪んでおり、目の奥には仄暗い殺意があった。


ふーんとお銀が確かめようと蓋を開くとコロが止めた。




コロ

「ぐるる…」




まて、その小瓶の中身はトリカブトだ。死ぬぞ。


そうコロが唸るのでひぃっと怯える行商人を見下ろすと、ふーん。嘘つき。嘘つきは舌を抜かれるっていうよね。と氷のような冷え切った声色でそう囁く。


嘘がバレてしまったことに驚き、絶望を浮かべる醜い男の髪を掴むと顔をあげさせ、ずぼっ!と口の中に小さな手を入れ、舌を掴んで引っ張り出した。




お銀

「悪い人間はここまでされても懲りないんだね」




ねえ、コロ。と見上げる。

本当だな。と舌舐めずり。


ひっ、ひい。と情けない声を漏らすが、そのまま舌をぶちぶちと引き摺り出され、血が口から溢れ、悶える。




お銀

「ここまでしてもまだ生きてるんだ。しぶといものだね。今度はどこやる?」




コロがそうだな、そろそろ食おう。腹が空いた。と口を開いた。




お銀

「そうだね。生きててもうるさいもん。嘘ばかりつくしもういいよね」




その残酷な言葉に震え上がり、大量に出血しながらも芋虫のように這いずり逃げようとする。

コロに足を咥えられ、引きずり戻されてごぼごぼとぐぐもった悲鳴を漏らす。




お銀

「お腹の中はコロが食べていいよ」




私は腕でいいや。と包丁を持ち、行商人の腕を掴むと肩に突き立て、何度も突き立て、ようやく引きちぎった。


激しい痛みに体を震わせる行商人。


そしてコロが腹に噛みつき、べりべり、と勢いよく引きちぎり、腑が飛び散る。

血を被ったらしいお銀がもうちょっと丁寧にくいやぶってよ。と叱って、申し訳なさそうに耳を伏せる大きな骨頭の黒犬。



意識が霞ゆく中で行商人が最期に見たのは、鬼の頭蓋骨の向こうに見える暗い眼差しだった。



その瞳には、鬼たちの恨みの魂が蠢いているように見えた。










 



      

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