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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
サイナラあばよバイバイ
98/117

98. リアル

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう 櫻小路和音さくらこうじわをん 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

「ちょっと、愛雨あいう~。消えるとか死ぬとか、不吉なことをいけしゃあしゃあと言わないでくれる~? マジで凹むんですけど~」


「はい、夜夕代やゆよ。現実逃避なしね。目を逸らしたところで、やがて降りかかる現実だよ。受け入れるしかないんだ」


「テメエは、そのネガティブ思考をやめろってば。そんなことばっか言ってたら、明るいはずの未来まで真っ暗になっちまうぜ」


「おい、和音わをん。この期に及んで軽々しく未来なんて言葉をチョイスしないで欲しいな! ぶっちゃけ、僕たちに未来なんて有ろう筈が無いよね! はじめからそんなの分かっていたことだよね! 頭の良い君のことだ、いつかはこんな日が来る、薄々そう感じていたのだろう!」


「いやっ! もうやめて! 聞きたくない!」


「んだと、この弱虫野郎! 大人しく聞いてりゃあ、言いたい放題言いやがって!」


 人格を入れ替えながら怒鳴り合いをする俺たち。おや、刺さるような視線を感じる。気が付くと、店内にいる客が全員、見てはならないものを見てしまったような表情をして、見るともなくこちらに注目している。やっべえ。


「こらこら、キミぃ~。我らは落語研究会。今日はその集会。とは言え、店内で大声を張り上げて落語の稽古をしちゃあ、他のお客様の迷惑だよお。もう少し声のボリュームを下げようか。タハ。タハハ。タハハのハ」


 場の空気を察した蛇蛇野が、機転を利かせて、周囲に釈明をするように小芝居を打つ。――落ち着け、落ち着くんだ自分たち。こうして怒鳴り合っていても埒が明かねえぞ。俺は、二人を諭すように、そして何より自分を諭すように話はじめる。


「さっきも言ったが、俺は、オカルトとか超常現象のたぐいは、基本的に信じちゃいねえ。だから、三休和尚のお告げも、これっぽっちも信じねえ。たしかに、この世の中には、科学や常識では測れない世界が存在するのかもしれない。かもしれないが、俺は、絶対に信じねえんだ。これは理屈ではない。そんな糞くだらねえことに翻弄されて生きるなんてまっぴら御免。本能がそう叫んでいる。ただそれだけさ。


 べつに超常現象に限った話じゃねえ。俺は、自分の人生を取り巻くあらゆる曖昧模糊とした現象を憎んでいる。


 だってそうだろう? 神様とか、仏様とか、お天道様は見ているだとか。伝統とか、しきたりとか、習わしだとか。血筋とか、家柄とか、持って生まれた才能だとか。そんなあやふやな、うやむやな、眉唾な事柄に翻弄されて生きるなんて、昨日の自分が可哀そう。今日の自分に申し訳がねえ。明日の自分に顔向けが出来ねえ。そうは思わねえか? だから俺はこれからも、日々の生活の中で、五感にビンビンと感じるリアルだけを信じて生きて行く。


 じゃあ、そのリアルって何だって話なんだけどさ。実は、かつての俺と、今の俺とでは、解釈は大きく変わっている。


 かつての俺、この世界を訪れたばかりの頃の俺は、生きている実感が希薄だった。自分がこの世界に存在していることが疑わしくて仕方なかったのさ。ただし、暴力で誰かを傷付けたり、逆に誰かに完膚無きまでに打ちのめされた時だけは、強烈に生きていることを実感できた。拳の腫れ。傷口から流れる血液。骨折。青タン。うみ。かさぶた。俺にとって、肉体の痛みは「生」そのものだった。


 でも今は違う。春夏冬あきないをはじめとする多くの人々との交流の中で、俺の考えは変わった。だんだん分かったのさ、誰かに必要とされる喜び、人のために生きる幸せってやつを。褒めてほしいとか、見返りがほしいとか、そんなんじゃねえんだ。大切な人のために、全力で事を成す時に五感で感じる充実感。それこそが、今の俺のリアルなんだ。


 だからつまりそのアレだ。俺が何を言いてえかっちゅうとソレだ。愛雨、夜夕代、テメエらが心配することは何もねえ。何故なら、テメエらのことは、この俺が守るからだ。約束する。この俺が絶対に守ってやる」


「……和音、私、怖いよお。消えたくないよお」


「……僕だって同じさ。怖い。たまらなく怖い。消えたくない」


 俺の言葉を聞いて気が緩んだのだろう、二人が弱音を呟く。


「大丈夫だって。どうせ三休和尚のお告げなんて嘘っぱちなのだから。それでも万に一つ、自分の意識が消えそうだと感じたら、その時は、この肉体から絶対に離れるんじゃねえぞ。必死でしがみ付け。そして、俺の名を呼べ。そうしたら、俺が必ず助けてやるから」


「分かったわ、お兄ちゃん」


「君のような弟がいて、僕は心強いよ」


「俺たちは、これからもずっと一緒だ。一緒に成長をして、一緒に立派な大人になるんだ。誰にも邪魔はさせねえ。邪魔をするヤツは、神様だろうが仏様だろうが、俺が許さねえ」


 ここまでの話を静かに聞いていた春夏冬と尾崎と蛇蛇野じゃじゃのが口を開く。


「約束する。君たちに危機が及んだ時は、ボクも全力で対応をする」


「私も、どんな些細な異変も見逃さないよう注意するね」


「ほら、夜夕代ちゃん、チョコパ、溶けちゃうよ」


 いや~ん、話に夢中で忘れてた~。私は、溶けたチョコレートパフェを慌てて舐める。俺は、ぬるくなったホットコーヒーをすする。僕は、薄まったアイスコーヒーをストローで吸う。自分会議は滞りなく終わった。それからしばらく、みんなでワイワイと雑談をした。


 君のおかげで、三人の気持ちはひとつになった。ありがとう和音。僕は、虚空の彼にそうお礼を言い、支払いを済ませて外へ出る。


 午後六時半過ぎ。粉雪は牡丹雪に変わっている。わ、結構降っている。積もるなこりゃ。明日はきっと一面雪景色だ。


「バイなら~」「じゃあね、愛雨」「蛇蛇野くん、地図子ちゃん、また明日、」「では、ボクも帰るぞ」「またね、春夏冬くん」それぞれの家路に向かう友を見送り、僕も店頭を離れ、しんしんと雪の降る夜道を歩き出す。




 ぶぐすっ。




 ん? 何の音?


 背中が痛い。


 背後に気配。


 誰?


 恐る恐る振り返る。


 JK。


 このコ、知ってる。


 小山田マティルダ。


 手にしたナイフが、僕の背中に突き刺さっている。




【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生


蛇蛇野夢雄じゃじゃのゆめお クラスメイト 陰湿 悪賢い

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