94. そして、櫻小路麗子へ
★視点★ 櫻小路愛雨
令和七年、二月十日、月曜日。愛雨。
三つ首地蔵の発掘工事の日がやって来た。
この日、ジャスオン大久手店は全館休業。工事の粉塵や騒音でとても営業など出来ないと判断をされたからだ。僕は学校を休んで工事用バリケードの内側にいた。僕だけではない。春夏冬くんをはじめ、ここまで真実へのバトンを繋いでくれた人々が一挙に集い、ヘルメットを被り安全に留意するという条件で、特別に本日の工事を見学させてもらえることになった。
それにしても、地図子ちゃんのお父さんは、よほど仕事の出来る人なのだなあ。本件の話を聞いてから、ジャスオン本社の上層部に掛け合い、発掘工事の許可を得るまでの業務を、たったの一週間の速さで遂行してしまった。以降は改心をした業多さんが現在今勤めている建設会社によって一週間かけて細かな工事段取りが進められ本日に至る。
「業多さん、おはようございます。こちらがお願いされていた当時の開発工事時の図面……だと思うのですが。果たしてこの図面でよいのか、専門家ではない私には分かりません。どうぞ確認をして下さい」
そして、重要な関係者として招かれた僕の母さんが、死んだ父さんが残した建設図面の中から本件に関わると思われる図面を自宅の押し入れから持参して、それを本日建設機械のオペレーターを務める業多さんに手渡す。
「こちらが、弊社が保管する大久手店新築時の図面です」
続けて、大久手店の支店長である地図子ちゃんのお父さんが、ジャスオン大久手店の新築工事の図面を手渡す。
「うおおお。こいつはありがてえ。開発の図面と新築の図面があれば鬼に金棒よ。麗子よ。そこで安心して見ていろ。必ずやおれ様が三つ首地蔵を掘り当ててみせるぜ」
二つの図面を託された業多さんが、元カノである僕の母さんの肩を叩き、カンラカンラと高笑いをする。専門家の皆さんが図面を確認しながら業多さんの記憶を頼りに三つ首地蔵が埋められたポイントを絞り出す。
午前九時。皆の見守る中、工事が着工した。先ずは、分厚いコンクリートを破砕する工事から始まる。凄まじい騒音と振動が場内に響く。午後からは巨大なショベルカーによる掘削工事。大量の発生土をダンプカーで場外へ搬出しながらの手間のかかる工事だ。
午後三時を回った頃、ショベルカーを運転する業多さんがエンジンを止めた。操縦席から下りて来て、深さ2メートル程の巨大な穴の中を覗き込む。
「ここからは人力で掘削をするぜ。もういつ発掘されてもおかしくない深さだ。大切なお地蔵様をショベルカーのバケットで破損してしまっては、元も子もないからな」
穴に降りた作業員たちがスコップで土中を探るように掘りはじめる。1時間が経過したが、三つ首地蔵はなかなか見つからない。この時、関係者エリアで僕と一緒に工事を見学していた春夏冬くんが、いよいよ業を煮やし――
「愛雨、一緒に来い」
――と叫び、セーフティーバーを掻い潜り、梯子を使って穴の中へ降りて行くではないか。マジっすかあ。何でかなあ。何でまたこういう展開になるかなあ。僕は、春夏冬くんに言われるがまま、恐る恐る深い穴の中へと降りて行く。
「スコップを貸して下さい。お手伝いさせて下さい」
春夏冬くんが、作業員に声を掛ける。僕たちは作業員に交じり、人力で掘削作業をはじめた。
――ゴチン。
しばらくして、僕のスコップの先端に、異物に当たった音と感触。「……おい、愛雨。今の音」「うん。かもしれない」僕たちは、スコップを投げ捨て、音のあったポイント辺りの土を、膝をつき、モグラのように両手を使って掻き出す。――やがて、その時は来た。
「……捜しましたよ。こんなところにいたのですね
十七年の時を経て、三つ首地蔵様が、お顔を覗かせた。
「やったぞ、愛雨。おーい、みんな、愛雨が見つけた。発見したぞ、三つ首地蔵菩薩だ」
春夏冬くんの声で、関係者が地上から一斉に穴の中を覗き見る。母さんが、両手を祈るように合わせ、僕を見ている。
僕たちは、引き続き手を使って丁寧に三つ首地蔵を掘り出して行く。数分後、像全体が掘り出された。――なんとも奇妙なお地蔵様だ。ひとつの体に三つのお顔が乗っかっている。その三面の顔も、表情がそれぞれに違う。右の顔は、激しい怒りの表情。左の顔は、優しく微笑む表情。そして真ん中の顔は、深い悲しみの表情。
「よし、愛雨。掘り出した地蔵を持ちあげて、地上のみんなに見せてやれ」「いやいやいや。こんな重いもの、僕の力では、持ち上げることは出来ないよお」「了解。ならば、ボクが手を貸そう」春夏冬くんが、大きな石の塊である三つ首地蔵を軽々と持ち上げる。「ほら、愛雨、何をボーっと見ている。君も持つんだ」「う、うん」僕は、言われるがまま地蔵に手を添え、彼と一緒にそれを頭上高くに掲げる。
「さあ、愛雨。叫べ」
「叫ぶ? 何を? 誰に? 何の目的で?」
「それは、君の心に聞け」
顔を泥だらけにした春夏冬くんが、弾けるような笑顔を見せる。僕は、コクリと頷き、三つ首地蔵を天高くに掲げ、喉が枯れるほどの大声で叫ぶ。
「母さ―ん、見えるかい、三つ首地蔵だよ。僕が見つけたんだよ。和音、夜夕代、見ているか。これが僕たちの運命の、櫻小路家の運命の、三つ首地蔵菩薩だ」
「やったぜ、愛雨」「キャー、愛雨、カッコイイ」虚空から二人の歓喜の声がする。地上から、林檎先生、田中先生、蛇蛇野くん、三休和尚、業多さん、春夏冬市長、地図子ちゃんとそのお父さん、それから工事関係者の皆さんが、僕と春夏冬くんに拍手喝采を送る。
「僕だけの力では、どう逆立ちをしても成し遂げられる事ではなかった。和音や夜夕代のおかげ。春夏冬くんのおかげ。それだけじゃない。僕たちを真実へと導いてくれた人々のおかげ。工事を決行してくれた皆さんのおかげ。みんな、ありがとう。本当にありがとう」
現場が、割れんばかりの歓声に包まれた。
「ねえ、あなた、愛雨が、和音が、夜夕代が、あなたと私の子供たちが、力を合わせて成し遂げてくれましたよ。十七年の時を経て、三つ首地蔵菩薩が地上に蘇りましたよ」
母さんが、土下座をするように突っ伏し、泣き崩れている。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物
櫻小路麗子 愛雨と和音と夜夕代の母
他、真実のバトンを繋いだ仲間たち