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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
真実へのバトン
93/117

93. 春夏冬慶介から、尾崎地図子とそのパパへ

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 令和七年、一月二十七日、月曜日。和音。


 赤茶けた太陽が尾張平野に沈む頃、俺は、尾崎地図子の自宅の玄関前にいた。

「なあ、尾崎。俺たち三つ子のために一肌脱いでくれるのは、凄く有難いけどさ。ジャスオン大久手店の支店長であるお前の父親に、三つ首地蔵発掘工事を直談判しようとするお前の気持ちには、本当に頭が下がるんだけどさ。でも、お前父親と上手く行ってないらしいじゃねえか」

 目の前には丁寧に剪定をされた日本庭園が広がっている。門に被さるようにうねる立派な赤松の下で、学校帰りの俺と尾崎は、彼女の父親の帰宅を待っている。ずっと本件の中心で頑張ってくれていた春夏冬は、今日学校を休んだ。俺の父ちゃんを死に追いやったのが自分の父親だったことがショックで寝込んでしまったらしい。

「正直ここ一週間ほどパパとは口を利いていないの」

「大丈夫か? マジで無理しなくていいんだぜ」

「でも、ジャスオン大久手店の吹き抜け部分に埋まっている三つ首地蔵を発掘することは、あなたたちのこれまでの人生を覆す重要な事なのでしょう?」

「まあな」

「実際問題、ジャスオン本社の上層部に掛け合い、その工事の許可を得ることが出来るのは、大久手店支店長である私のパパ以外にいない。そして、パパに掛け合えるのは、私以外にいない」

「だけど、尾崎。お前ぶっちゃけ反抗期真っ只中なんだよな」

「和音のため、愛雨のため、夜夕代のため、やらなければならない事をやるだけよ。このような状況下で反抗期なんて言っていられないわ」

「すまねえな、尾崎。恩に着るぜ」

 その時、一台の高級車が豪邸の前に停まった。運転手が後部座席のドアを開けると、ダンディーな中年男性が颯爽と下車をする。

「いらっしゃい。地図子のお友達かな。はじめまして。地図子の父です」

 俺を見るなり、気さくに話しかけてくる。この見た目から、初見の人物からは大概露骨に警戒されるのだ常だか……。まったく出来た大人だぜ。

「平素は地図子が大変お世話になっています」軽やかに握手を求められる。「ども。地図子さんのクラスメイトで櫻小路和音と言います」自然と堅い握手を交わす。

「ちょっと、パパ。何度言ったら分かるの。私の友達に気安く話しかけないでちょうだい。最悪。握手とかマジキモい。一刻も早く私の視界から消えて」

 あちゃ~。さっきまでの意気込みはどこへやら。父親の顔を見た途端にこれだよ。あ~あ、三つ首地蔵の発掘工事は寸前で頓挫。祟りを鎮めるなんて夢のまた夢。これが現実。

「いつものように手厳しいね。それでは、嫌われ者はこれにて失礼するよ」

 満面の笑みで俺にペコリと頭を下げ、この場を去ろうとする尾崎の父親。

「――待って、パパ」

 お、呼び止めた。チャンス再来。

「何だい、地図子」

 振り返る父親。

「……………………」

 途端に固まる親子。長い沈黙。耐え難い空気。おい、尾崎。なんかしゃべれ。なんで何も言わねんだよ。ほら、頑張れ。勇気を出せ。

「あらら? 言うことをド忘れしてしまったようだね。地図子よ。また思い出したらパパに話しておくれ。では――」

 沈黙に耐え切れず、巧みな切りかわしで、再びこの場を去ろうとする父親。やべえ、せっかくのチャンスが遠のく。仕方ねえ。苦肉の策だ。この際何でもいい。何か言え、俺。とにかく父親を引き留めるんだ。

「……あの~、お父さん。ちょっといいっすか」

「ん、なんだね?」

「どうしてそう過剰にスマートなんすか。あなたの露骨に無駄のない立ち振る舞いが、地図子さんのストレスになっています。何故それに気付かないんすか?」

「鋭い指摘だね。私の寛容さが逆に地図子を苦しめていることには、気が付いてはいるよ。しかし、気が付いてはいるのだが、如何せん自分の性分はなかなか変えられなくてね」

「自分の非は認めるのに、自分を変えられない。それって、反抗期の子供と本質はまったく同じっすね」

「うむ。君の言う通りだ。では、教えてくれないか。私は今後どのように我が子に接すればよい?」

「格好ばかりつけていないで真っ向からぶつかって行けばいいじゃないっすか。怒鳴り合ったり、泣き合ったり、笑い合ったり。自分の駄目なところもさらけだしてさあ。それが親子ってもんでしょう」

 その時――

「パパ、お願いがあるの」

――ずっと下を向いて黙っていた尾崎が、意を決し父親に直訴する。

「私の友達の人生に関わる大切な相談なの。実現が出来るのは、この広い世界にパパしかいないの。これまで反抗的な態度ばかり取ってごめんなさい。これからは素直になります。 だからどうか、どうか私のお願いを聞いて下さい」

 尾崎と俺は、これまでの経緯と、三つ首地蔵発掘工事の計画を話した。

「……う~む。これは大変難しい相談だ。発掘工事を実施するとなれば、休業は避けられない。その期間中に見込める売り上げの損失は計り知れない。ジャスオンの上層部が工事を許可するとは思えない」

 尾崎の父親が腕を組んで考え込んでしまった。やっぱりか。やっぱり現実的には不可能な話だったか。万事休す。

「――が、策がないわけではない」

「え。ほんとっすか」

「いにしえより地元住民に愛されてきた神仏であることを、前面に押し出して交渉をする。いっそのこと地蔵堂は発掘された店内に再建をしてしまおう。店内の一部に大久手市の観光名所を設けるというアイデアだ。そこから見込める集客数と売り上げ予算を打ち出せば、上層部を口説き落とせるかもしれない」

「でも、そんな離れ業、もし失敗したら……」

「うむ。かなりリスキーだ。計画に失敗すれば、間違いなく私は降格するだろう。だがしかし――」

「しかし?」

「愛する地図子のたってのお願いだ。必ず成し遂げてみせる」

「ありがとう、パパ」

 尾崎が、目を真っ赤にして、父親に抱きつく。

 さあて、いよいよ、大詰めだ。

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生


地図子ちゃんパパ 良きパパ ジャスオン大久手店の支店長 

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