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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
真実へのバトン
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92. 業多心人から、春夏冬慶介へ

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 令和七年、一月二十六日、日曜日。愛雨。


  午前十時。春夏冬邸。春夏冬くんのお母さんに案内をされ、住宅の中にありながらまるで会議室のような一室に入ると、春夏冬くんと、彼の父、大久手市長・春夏冬慶介氏が、中央のテーブルに差し向かいに座り、これでもかと緊迫したムードを漂わせていた。

「……やあ、愛雨。おはよう」

 憤怒の表情で眼前の相手を睨み据えたまま、挨拶をする春夏冬くん。

「……」

 同じく険しい顔で息子の顏を一心に見詰める大久手市長。無言のまま、ほんの一瞬だけ、僕の方へ視線を移す。

「……おはざいま~す」

 うわ~、バチバチムーディー全開。めちゃんこ苦手な雰囲気だあ。出来ることなら御無礼したい。本能的に身をかがめて部屋の外へ退散しようとする情けない僕。

「何をボーっと立っている、愛雨。はやく僕の横に座ってくれ。悪いが、約束の時間を待たずして、話し合いは既に始まっている。今日までの概略をパパに伝えたところだ」

 だよね。逃がしてくれるわけがないよね。て言うか、僕の父さんの死の真相を知る重大な話し合いの場だものなあ。逃げ出している場合じゃないよなあ。失礼します。腹を括って椅子に座る。

「答えて、パパ」

 両手でテーブルを叩き、市長を詰問する春夏冬くん。

「今から十七年前、彼の父親である櫻小路建設社長・櫻小路欽也氏を焚きつけ、氏に地蔵堂を破壊させ、三つ首地蔵を土中深くに埋めるように仕向けたのは、本当にパパなの」

 しばらく沈黙を続けていた市長だった。が――

「如何にも。あの日、櫻小路社長に地蔵堂を破壊させたのは、この私だ」

……わ。認めた。物凄くあっさり認めちゃった。いや、あのね、こちらにも心の準備ってものがあるじゃんね。やけに堂々とお認めになられるのですね。あのですね、遺族としてはですね、正直もう少しうろたえるとか、誤魔化すとかして欲しかったのですけどね。

「……どうして? ねえ、パパ、どうしてなの?」

 ショックを隠し切れない春夏冬くん。唇を噛み、血涙を絞る。

「後悔している。でも、仕方なかった。沼と池だらけのただの湿地帯だった大久手市を、フランスのパリのような街にする。それが私の揺るぎなき夢なのだ。夢を実現する為には、多少の犠牲は付き物だ。いにしえより地域の人々に崇め祀られし三つ首地蔵を撤去することが、私の議員人生の痛手になることは百も承知。それでもあの時は『損して得を取れ』という判断をせざるを得なかった」

「損して得を取れ?」

 市長の発言を聞いて、春夏冬くんが怪訝な顔をする。

「一時的にはむしろ損を覚悟し、長い目でみて得を取れ。という意味だよ、春夏冬くん」

「三つ首地蔵を埋めたことにより、櫻小路社長に神仏の祟りが下るであろうことも、直感的に分かっていた。それでも、私の気持ちは変わらなかった。ただもう『大事の中に小事なし』と繰り返し自分に言い聞かせていた」

「大きな事を行う場合には、小さな事にいちいち構っていられない。という意味だよ、春夏冬くん」

「昔から『小の虫を殺して大の虫を助ける』ということわざもあることだし……」

「重要な物事を保護し完成するためには、小さな命を犠牲にするのはしゃーないしゃーない。という意味だよ……っておい、僕の父さんの命を、虫けら扱いするなああ」

 目の前が真っ白になった。僕は、テーブルの上に飛び乗り、市長の胸ぐらに掴みかかっていた。

「全部お前のせいだ。お前のせいで父さんは死に、僕たちは三人でひとつの体を共有する人生を強いられた。お前のせいだ……お前のせいだ……」

 鼻水を垂れ、その場に泣き崩れる。

「申し訳なかった。重ねて言うが、後悔している。本当だ。嘘ではない。――実は、あれ以来同じ悪夢を何度も見る。深い土の中でから、三つ首地蔵を抱いた櫻小路社長が這い出て来て、私に襲い掛かるという恐ろしい夢を。――十七年前のあの日から、私も三つ首地蔵の呪縛に苦しんでいる。祟りを鎮める方法があるならば、出来る限りの協力はさせてもらう。何でも相談して欲しい」

 胸元から静かに僕の手を離すと、市長は深々と頭を下げた。

「ならば、パパ。聞いて下さい。これからボクたちが進むべき道は、ただひとつ。ジャスオン大久手店に埋められた三つ首地蔵を発掘し、地蔵堂を再建し、櫻小路家に下った祟りを鎮める」

 懸命に気持ちを切り替えた春夏冬くんが、涙を拭いて市長に提案をする。

「莫大な工事費用が掛かる。その費用は、パパに支払ってもらう。間違っても市政予算をあてにしてはならない。春夏冬家が全額支払う。よろしいですか」

「もちろんだ。費用のことは引き受けた。がしかし、工事を実現するには、先ずジャスオン大久手店に許可を取る必要がある。吹き抜け部分での発掘工事となれば休業は避けられぬだろうし。そもそも、そのような大規模な工事計画を、交渉に持ち込む人脈が、私にはない」

「確かに。計画しようにも、ジャズオン側の誰を入口に交渉を進めればよいか検討もつかない」

 春夏冬親子が、腕を組んで考え込んでいる。いつまでも感情的になってはいられない。僕も一緒に考える。ふむふむ。ジャスオン側の交渉相手ねえ。いやはや、こいつは皆目見当も付かない…………こともない。脳裏に豆電球ピッカーン。

「いまーす。ジャスオン側の有力な交渉相手、僕、知ってまーす」

「本当か、愛雨。それはいったい」

「クラスメイトの尾崎地図子ちゃんのお父さんだよ。聞いて驚くな。何を隠そう、彼女のお父さんは、ジャスオン大久手店の支店長なのであーる」

 僕は、まるで我が事のように、胸を張ってそう答えた。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 愛雨の幼馴染 怪物


春夏冬慶介あきないけいすけ 大久手市長 春夏冬くんのお父さん

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― 新着の感想 ―
ジャスオンは迷惑だよね。 真実はいつも一つ! ジャスティス!
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