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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
真実へのバトン
91/117

91. 三休和尚から、業多心人へ

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

 令和七年、一月二十五日、土曜日。夜夕代。


「みゃ~ん」

「あ、この猫」

 応接間の黒い皮のソファーに深く腰を掛けた業多ハートの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす猫を見て、春夏冬くんが驚いている。

「おうよ。うちのバカ息子、次男のヒートが、エアガンを撃って虐待した血の池公園の野良猫よ。あまりに不憫だから、公園から連れ出し、我が家のペットとして飼うことにしたぜ。人懐っこい猫でなあ。ほらこの通り、おれみたいな人間にも警戒ひとつしねえ。かわいいヤツよ」

 休日の朝。冬ざれた高く澄んだ空の下、私と春夏冬くんは、その昔パパの会社の従業員だったという業多さんの家へやって来た。厳密に言うと、私がここへ来るのは二度目。以前、和音が玄関先で土下座をするところを「意識」として見ていた日以来。

「櫻小路夜夕代です」

「へえ。お嬢ちゃんが、櫻小路家の三つ子の紅一点、夜夕代ちゃんかい。母親の麗子に似て、べっぴんさんだなコリャ。ささ、二人とも突っ立ってねえで座ってくれ」

 鬼のような顔をした威圧感バリバリの中年おじさん。でも、私の美貌を褒めてくれて、イヤ~ンうれピす。「はじめまして。血の池高校の生徒で、春夏冬宙也と言います」春夏冬くんの名前を聞いた業多さんが、途端に眉をひそめ、彼の顏を睨む。私たちは、業多さんに頭を下げ、ソファーに座る。

 男の子が、お盆にお茶を乗せて運んで来た。この子が、猫ちゃんにエアガンを撃って遊んでいたサイコパスな次男くん。「ども、その節は……」テーブルにお茶を置きつつ、バツが悪そうに春夏冬くんに挨拶をする。「やあ、おはよう。久しぶりだね。あれれ、今日、中学校は? てか、君の自慢のお兄さんはどちら?」元気よく挨拶をする春夏冬くん。「今日は土曜日で学校は休みっす。兄ちゃんは鉄工所で仕事っす」逃げるように応接間を去る次男くん。

「さあて、なんだか知らねえが、麗子の娘ちゃんのご訪問とあらば、無下に追い返すわけにはいかねえ。要件を聞こうか」

 突然の訪問にも関わらす、親切に対応をしてくれる業多さん。びっくり。あの暴漢が、何だか人が変わったように優しい。春夏冬くんが、これまでの経緯を説明し、三つ首地蔵が埋められた場所や、事件当日現場にいた市会議員について質問をする。

「櫻小路社長が三つ首地蔵を埋めた場所なら、もちろん把握しているぜ。なにしろ、その付近をショベルカーで掘削作業していたのは、このおれだからな」

「それは、どこですか?」

「ジャスオン長久手店に、一階から四階までの吹き抜けがあるだろう。あの一階フロアーの地面の下だ。建築図面を手に入れて来い。より正確に場所を特定してやるぜ」

「キャー、いきなり重要な手掛かりをゲットン」

「では、業多さん。事件当日、現場にいた市会議員について、知っていることを教えてください」

「自慢じゃねえが、事の一部始終を観ていたぜ。――そもそも櫻小路社長は、あの地蔵堂を撤去することには反対だった。だからあの日、あの開発工事を裏で動かしていた市会議員と現場で立ち合い、撤去ではなく移設に変更して欲しいと直訴したのさ」

「はい。それで?」

「ところがその市会議員ときたら頑として撤去の意思を変えねえ。しばらく社長と口論としていたが、最終的には、指示に従わなければ工事の契約を破棄する、強いては櫻小路建設に圧力をかけ、この業界で喰って行けなくしてやると、明らかな脅迫をしやがった」

「ひっどーい。サイテー。クソだわ、その議員」

「どこからか坊主がやってきて阻止を試みたが、それも無駄骨だった。工事の契約を破棄され、多くの社員を路頭に迷わせるわけにはいかないと判断した社長は、おれが乗っていたショベルカーを奪うと、自らの手で地蔵堂を破壊し、三つ首地蔵を土中深くに埋めた」

 業多さんの話を聞いていたら、自然と頬が涙で濡れていた。パパ、悔しかっただろうな。悔しくて悔しくて、たまらなかっただろうな。私は広げたハンカチで目を覆い包み泣いた。

「許しがたき奴だ。業多さん、その市会議員が誰だか分かりますか。名前を教えて下さい」

「誰って…………言っていいのかい?」

「是非。実は、ボクの父はこの大久手市の市長なのです。十七年前の出来事ですが、そのような悪徳議員が現在も市政にのさばっている可能性はゼロではない。父に伝えて、そいつを見つけ出し、厳しく指導してもらいます」

 怒りに打ち震え、両手で膝を鷲掴みにする春夏冬くん

「そんなに聞きてえなら、遠慮なく言わせてもらうぜ」

「教えて下さい。その悪徳議員とは、いったい誰」

「お前の、父親だよ」

「え?」

「十七年前、あの現場にいた悪徳議員とは、他の誰でもねえ。当時はまだ一介の市会議員だった、お前の父親。現大久手市長、春夏冬慶介」

「嘘だ」

 春夏冬くんが、反射的にソファーから立ち上がり咆哮する。

「おいおい、他人様の家でデカい声を出すんじゃねえよ。嘘なんかじゃねえ。考えてもみろ。今日初めて出逢ったお前さんに、おれが嘘を付く道理がねえだろうが。それでも信じられねえなら、直接お前の父親に聞くがいい」

……この状況におけるベストなリアクションが分かんない。私、どんな顔をしたらいいの? 咽び泣けばいい? 怒り狂えばいい? 気が触れたように笑えばいい? 

「宙也とか言ったな。おい、宙也。辛い現実だが、よ~く聞いとけ。あの日あの現場にいた市会議員がお前の父親だったということが、何を意味するか分かるか。それはつまり、櫻小路社長を死に追いやったのは、お前の父親であり。真実を報道しようとした罪もない新聞記者を業界から消したのも、お前の父親であり。開発工事を強行する為に、地元住民の土地を買い上げたのも、お前の父親であり。大久手市から豊かな自然を奪ったのも、お前の父親であり。今現在、夜夕代ちゃんを泣かせているのも、お前の父親だということだ」

「…………嘘だ」

 その場にへたり込み、うなだれる春夏冬くん。

 パパの仇が、春夏冬くんのお父さんだったなんて……。

「……夜夕代。明日の朝、ボクの家に来てくれ。真相を確かめる為、パパに全てを話してもらう。どうか、その場に立ち会って欲しい」

「了解……と言いたいところだけれど。ごめんね。あいにく明日は私の番じゃないの」「そうだっけ? 誰の番だっけ? 愛雨? 和音?」「愛雨よ」「愛雨によろしく」「帰ろう。春夏冬くん」「うむ、帰ろう。んが、立てない。すまないが、肩を貸してくれ」

 春夏冬くん、完全に心ここにあらず。「業多さん、ご協力ありがとうございました。今日のことはママにも伝えておきます」「麗子を……いや、母ちゃんを大切にな。お嬢ちゃん、また相談事があれば、いつでもおいで」彼のフラつく巨体を支えながら、私は業多家を後にする。……マジで、この状況におけるベストなリアクションが分かんない。ねえ、愛雨、和音、教えて。私、どんな顔をしたらいい?

【登場人物】


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


業多心人ごうだハート 麗子の元彼氏 反社まがいの男


業多火人ごうたヒート 中学生 業多家の次男



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