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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
真実へのバトン
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90. 蛇蛇野夢雄から、三休和尚へ

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 令和七年、一月二十四日、金曜日。和音。


 愛雨と春夏冬が蛇蛇野夢雄の部屋を訪れた翌日。早朝の血の池公園。

「おいよお、三休和尚、猫は? 俺のかわいいクイーンエリザベス三世がどこにもいないけど?」

 この公園に住み着いていた野良猫がすっかり姿を見せなくなった。小汚い猫だったが、いなくなると寂しいものだ。

「知らんわい。所詮は勝手気ままな野良猫様じゃ。今頃どこぞの空の下を闊歩しておるか、あるいは心優しき人物に拾われたか」

 藤棚の下のテントから這い出て来た三休和尚が、俺からコンビニのオニギリを貰うと、それをむしゃむしゃと頬張りながら言う。

 俺と春夏冬は、三休和尚にこれまでの経緯をつぶさに伝え、十七年前のあの日、俺の父ちゃんの死亡事故現場にいたか否かを問うた。

「貴様らの話を聞いていたら、忘却の彼方に葬り去られるところじゃった記憶が蘇って来たぞ。確かに、あの日わしはあの建設現場へ行った。工事用バリケードを掻い潜り、無断で現場に侵入し、大暴れをした。目的はひとつ、いにしえより地域の民に崇め祀られし三つ首地蔵菩薩を守るためじゃ」

 やっぱりか。蛇蛇野夢助メモのひとつめのキーワードである「怪僧」とは三休和尚のことだった。オニギリを食べ終えた和尚は、米粒のついた両手で俺の右手を取り、顔を間近でしげしげと眺めると――

「……そうかあ。そうじゃったかあ。あの日、地蔵菩薩を土中に埋めた工事屋の、その子供が、櫻小路家の三つ子であったかあ。言われてみれば、貴様の顔は、あの工事屋に瓜二つじゃわい」

――と、手の甲を優しく撫でつつ、憐れむように言った。

「地蔵堂を破壊し、三つ首地蔵を埋めたのは、俺の父ちゃんなんだな。なあ、和尚。あんたは、父ちゃんの最期を目撃したのか?」

「いいや。あの日は、派手に暴れ過ぎてのう。警察に連行をされてしもうた。午後に起きた労災死亡事故は、直接この目で見てはおらぬ」

「ご老人、教えて下さい。彼らの父である櫻小路欽也氏が原因不明の労災事故で亡くなったのも、彼らがひとつの体を持ってしか生まれることが出来なかったのも、これ全て欽也氏が三つ首地蔵を埋めたことによる祟りなのでしょうか」

 春夏冬が、ふたつめのキーワード『祟り』について、三休和尚に迫る。

「うむ。神仏の祟りである。わしには霊力があるから分かる」

 強く断言する三休和尚。

「では、その祟りを鎮める方法はありますか?」

「ある。三つ首地蔵を発掘し、地蔵堂を再建する。これにて祟りは鎮まる」

「掘り出して元通りにすれば良いなら話は早い。さっそく事に取り掛かろうや。やい、和尚。あんた、三つ首地蔵が埋められた場所を憶えているのだろう?」

「まさか。今のジャスオン大久手店のどこかだということ以外、詳しくは憶えておらんわい。わしは建設業者ではないぞ」

「ちっ。十七年前、現場にいたのだろうが。ったく、使えねえ坊主だぜ」

「なんじゃと、若僧。もう一遍言ってみろ。わしの霊力で呪詛するぞ」

「口汚い坊主め。それでも仏に仕える身かよ」

 まあまあ、二人とも。春夏冬が一触即発の俺たちをなだめる。

「ならば、ご老人。埋められた場所を正確に憶えていそうな人物に、心当たりはありますか?」

「そうさなあ……あ、そう言えば、子分のように立ち働く社員がおった。あの男なら三つ首地蔵が埋められた場所を憶えているかもしれん。ガラの悪い風貌をしておった。工事屋がしきりにそいつの名を呼んでいたので記憶にある。名は確か、ご、ご、ごう……」

「業多! 父ちゃんの会社の元社員で、業多ってヤツがいる。俺とは腐れ縁のおっさんだ。うっひょお、俺、そいつの家まで知っているぜ」

「そう、業多。それそれ」

「よし。では明日は、その業多さんの家へ行き、話を聞いてみよう。和音、明日の夜夕代のために、今日中に地図を描いておいてくれ。――ご老人。最後にひとつ聞かせて下さい」

「なんじゃい、色男」

 春夏冬が、蛇蛇野夢助メモの最後のキーワード『裏で手を引く市会議員』について質問をはじめる。

「十七年前、あの現場に、櫻小路欽也氏と一緒に一人の市会議員がいた筈です。その人物のことは憶えていますか?」

 すると、三休和尚は、何故か伏し目がちになり――

「……色男よ。憶えておるも何も……悲しいのう、因果かのう。神仏が、おぬしらに課した試練かのう……」

――霊魂が飛び出しそうなほどの深い溜息をついた。

「市会議員が何者か知っているのですね。それはいったい誰ですか」

「後生じゃあ。悪いが市会議員のことについては、その業多という元社員に聞いてくれ」

 そう言って和尚は、テントの中に引き籠り、つーっとチャックを下げてしまった。何を突然ナーバスになっていやがる。オイ和尚。どうしたジジイ。この生臭坊主。いくらディスっても、反論がねえ。「そっとしておこう」春夏冬が和尚を気遣う。そして、俺たちが公園を去ろうとした時――

「……若僧よ。わしは、貴様らが真実へと邁進することを止めはせん。しかし。三つ首地蔵を発掘し、祟りを鎮めるということが何を意味するか、貴様は分かっているのか」

――テントの中から、嘆くような和尚の声。

「本来あるべき姿になると言うことじゃ。わしの言うとる意味が分かるか。悲しいのう。見届けるしかないのかのう。まあ、いつまでもこのままという訳にも行かぬであろうし、遅かれ早かれ……さりとて無情じゃのう……いいや、この街のどこに埋まっているとも分からぬ三つ首地蔵を、十七歳の若僧無勢が探し当てることなど、どだい無理な話じゃ。複雑な心境じゃが、貴様らの挫折を期待しよう。そうしよう、そうしよう……」

な、な~にをブツブツ言っとんじゃい。  

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


三休和尚さんきゅうおしょう 口の悪いお坊さん


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