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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
僕は、愛雨
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9. 母さん

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 女性用のパジャマと下着を脱ぎ、男子生徒の制服である白いワイシャツを着て、チェック柄のズボンを履く。

 狭い自室の建付けの悪い襖を、カタカタと音を立ててこじ開けると、そこには台所が隣接をしていて、申しわけ程度に設置された流し台では、夜のお仕事を終えた朝帰りの母さんが、僕の朝食と弁当を作っている。

「おはよう。今日は誰だい?」

 (さくら)小路(こうじ)麗子(れいこ)。四十四歳。僕の母さんが、背を向けたまま、鍋で煮込んだ具材と出汁に赤味噌を溶きながら話しかけてくる。

「僕だよ。愛雨だよ。ねえ、母さん、いい加減に僕たち三人の順番を覚えてよ。僕の次が和音。和音の次が夜夕代。夜夕代の次が僕。三人が揃ってからは、ずっとこのローテーションだよ」

「ふん。愛雨か。へ~、二日も逢わないうちに偉そうな口を利くようになったのね。それって私を馬鹿にしている? あ~、イライラする。あんたらの順番を覚えようが忘れようが私の勝手でしょうが。昨日はタチの悪い客にしつこく絡まれて、私は疲れているのよ」

 母さんが、手にしていた調理器具を、流し台のシンクに乱暴に放り投げる。柔らかく指摘したつもりだったのだけどなあ。何が気に入らなかったのかなあ。

「貧弱な体。わびし気な声。エサを欲しがる子犬のような目。デビュー当時のキムタクみたいな髪型。だいたいあんたは、存在自体が癪に障るのよ。ほら、さっさと朝御飯を食べて、とっとと学校へ行け」

 僕の母さんは、このように何の前触れもなく感情が激しく揺れ動き、心の調整が困難になる時がある。分かりやすく言うと「イーッてなる」のだ。奇声を上げてテーブルに朝食と弁当を並べると、風呂にも入らずに寝室に籠ってしまった。

 息子の僕が言うのも変だけれど、母さんは三十代から五十代をターゲットにしたファッション雑誌に載っているモデルさん顔負けの外見をしてる。特別な努力をしているわけではないみたい。でも、ずっと綺麗なのだ。容姿と同じように性格も良かったら、百点満点の母親なのになあ。

 僕と、和音と、夜夕代の三人のなかで、赤ん坊の時から母さんと一緒にいるのは、僕だけだ。したがって幼い頃から母さんにたくさんの暴力を受けてきたのも、僕だけだ。たぶんだけど、母さんは、僕のことが嫌いなのだ。嫌われる原因はよく分からない。分からないけど、きっと僕が悪い。どうせ全て僕のせい。

 うちは母子家庭。母さんの話では、僕の父さんは、櫻小路建設という地元では有名な建設会社の社長だったらしい。でも、僕が生まれる前日に、労働災害事故で死んでしまった。会社は、父の人望のみで運営されていたと言って過言ではなかったようで、父亡き後は必然的に間もなく倒産をした。

 建設会社の社長夫人として、それまで比較的裕福な生活をしていた母さんの生活は、父さんの死により一変した。夫婦で血の滲む思いをして建てた社屋や自宅は人の手に渡り、幼い僕を抱いて、低所得者が優先的に入居できる県営住宅に移り住んだ。

 それからはずっと、夕方から翌朝まで、大人の男がお酒を飲む店で働き、僕を女手ひとつで育ててくれている。いや、現在は、僕と、和音と、夜夕代の三人を、女手ひとつで育ててくれていると言うべきなのかな。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路麗子さくらこうれいこ 愛雨と和音と夜夕代の母 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母親の本当の気持ちはわかりませんが、、、 「愛したいけど愛せなかった」んじゃないのかなぁ。 だって…ね。
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