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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
真実へのバトン
88/117

88. 一里塚林檎から、田中先生へ

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

 令和七年、一月二十二日、水曜日。夜夕代。


「田中先生。逃げないでください」

 国語の授業を終え、早々に教室を出ようとする担任の田中先生を、春夏冬くんが机から立ち上がり、そうはさせるかと呼び止める。一度は彼のほうを見た田中先生だったが、即座に視線を逸らし、聞こえないふりをして廊下へ立ち去ろうとする。

 信じらんない。なぜ逃げるかな。「生まれも育ちも大久手市血の池町の田中先生なら『三つ首地蔵』について詳しく知っているかもしれない」という林檎先生の助言があったらから、ただそれを本人に確かめたいだけなのにい。

「ねえ、待ってよ。教え子が話を聞いて欲しいと言っているのよ。どうして相談に乗ってくれないの。どうして私たちを避けるの」

 教師らしからぬ態度に辟易した私は、おもむろに田中先生に近づき、背広の袖を掴む。

「避けているわけではありません。たまたま急いでいるのです」

「朝のホームルームの後も、そんな言い訳をして取り合ってくれなかったじゃん」

「そ、そうでしたっけ。たはは」

「こいつらと関わるとろくなことがない。そう顔に書いてあるっちゅ~のよ」

「そう顔に書いてあるのであれば、そう読み取っていただけるとありがたい……な~んて」

「この事なかれ主義者めええええ」

 私の呼び止めを振り切り、教室を飛び出す田中先生。

「待ってください、田中先生。決して先生を困らせるような相談ではないのです。ある意味、他愛もない雑談のたぐい。一聴していただければ『な~んだ、そんな話か』と胸を撫でおろすような」

 春夏冬くんが、先生を追いかける。私も少し遅れて教室を出る。別棟に向かい渡り廊下をそそくさと小走りする田中先生の後ろ姿。呆れた。それでも教師か。聖職者か。私は、だんだん腹が立ってきて、寒波吹きすさぶ廊下を渡り切ろうとする先生に向かい怒鳴った。

「もおおおお結構。田中先生なんかに今後いっさい相談事はしない。頼まれたってしてやるものですか。先生のように、普通の親から産まれ、普通の家庭で育ち、普通の人生を歩んできた人間に、私たちのように生きづらさを抱える若者の気持ちなんて、逆立ちしたって分かりっこないわよ」

 すると、田中先生が、渡り廊下の果てで、ピタリと立ち止まった。続けざまにこちらをクルリと振り返り、私に向かい大声で――

「普通の人間を、偏見の目で見るな。確かに私は、絵にかいたような普通の人間だ。知能・精神・身体、どの分野の検査を受けてもノーマルという結果しか得たことがない。しかし、だからこそ、私はいつも不安に駆られている。この現代社会においては、普通こそ異常ではないかと。完全なる常人とは、つまり完全なる狂人ではいかと。だからどうか普通の人間を軽々しく羨んでくれるな。普通の人間だって君たちと同じように、こうして日々悩み苦しんでいるのだ」

――と、反論をした。こ、こわ~。田中先生が、急にブチ切れた。そんなに怒らないでよん。言い過ぎたかも。ごめんマジで。でも、なんだろ、私、ちょっぴり嬉しかった。だって、田中先生の心の声を、はじめて聞けたから。

「いやはや、取り乱しました。お恥ずかしい。さて、相談とは何でしょう」―春夏冬くんが、落ち着きを取り戻した田中先生に、図書館で借りてきた新聞の縮印版を見せながら、これまでの経緯を説明する。

「三つ首地蔵? な~んだ、そんな話か」

 先生は、胸を撫でおろした。

「だから他愛もない雑談のたぐいて言ったじゃ~ん」

「すみません。生徒に相談を持ち掛けられると、体が勝手に逃げてしまうのです」

「林檎先生のおっしゃる通り、私は、生まれも育ちもこの大久手市血の池町です。『三つ首地蔵』のことはよく知っています。なにしろ、小学校の通学路の野道にその地蔵堂が建っていましたからね。通学時には毎日手を合わせていましたよ」

「ねえ、先生。三つ首地蔵様は、この街のどこにおわしたの?」

「地蔵堂があった場所には、現在は『ジャスオン大久手店』が建っています。万国博覧会前の開発工事で豊かな自然は失われ、その地形も大きく変わってしまったから、正確な場所までは定かではありません」

「三つ首地蔵は、非業の死を遂げた若殿様の怨念を鎮めるために、地域の民が祀ったのだとか」

「如何にも。私の知るお話は、祖父からの伝承なので、事実かどうかは分かりません。また、祖父からお話しを聞いたのは、遥か昔のことなので、正直なところ記憶もおぼろげです。それでもよろしければ、知る限りのことは全てお話しましょう」

 田中先生は、新聞の縮印版を手にしたまま、遠い記憶を辿るように話始めた。

 戦国の時代、この地域を治めていたお殿様の家に、待望の世継ぎが誕生した。しかし、正室のお腹から産まれた赤子の数は三人。この時代は、双子や三つ子は「忌み子」と言われ不浄なものとされていた。その為、一番目に生まれた兄を世継ぎとし、弟と妹は、それぞれ野に捨てられた。

 世継ぎは、出生の秘密を知ることなく成長をした。お殿様やその家臣にとって、その若殿様は、悩みの種であった。何故なら若殿様は、非力で、気弱で、民や動物に優しいこと以外は、これと言った取柄のない凡夫だったからである。

 二番目に生まれた弟は、盗賊に拾われた。ならず者の集団の中でメキメキと頭角を現し、やがて、この地域一帯を暴れ回る盗賊の頭になった。

 三番名に生まれた妹は、遊女に拾われて育った。妹には、天から与えられた絶世の美貌があった。おのずとこの地域で一番の花魁となり、やがて、巨大な遊郭を取り仕切る女将となった。

 なにやら若殿様に顔や姿がそっくりな盗賊の頭と遊郭の女将がいるという噂が、お殿様の耳に入った。出生の秘密を若殿様に知られたくないお殿様は、忍びを使い、二人を暗殺した。

 殺したところで人々の噂は止められない。結局、殺された弟と妹の存在、そして自らの出生の秘密は、若殿様の知るところとなった。人生に絶望した若殿様は、城を逃げ出し、追手に見つかる前に、腹に刀を突きさし自害をした。

「――こうして非業の死を遂げた三つ子の怨念を鎮めるため、地域の民が自害の地に祀ったのが、あの三つ首地蔵だと言われている」

 先生が話し終えたと同時に、次の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

「あらら、これは大変だ。教師が授業に遅刻をしては、お話にならない。それでは、私はこれにて失礼します」

「貴重なお話を頂き、ありがとうございます」

「先生、サンキューね」

 そして、田中先生が、手にした新聞の縮印版を、春夏冬くんに返そうとしたその時――

「おや? 今気づきましたが、ほら、これを書いた新聞記者、とても珍しいお名前ですが、とても見慣れたお名前ですね」

 え、なに、新聞記者の名前? そんなの私も春夏冬くんも、すっかり見落としていましたけど? 私たちは、返してもらった縮印版に記された記事を、あらためて読む。

《工事関係者の証言によれば「あるはずの地蔵堂が撤去されている。これは、三つ首地蔵の祟りだ」とのこと。本誌は、その方面で独自の操作を進める方針。記者・蛇蛇野夢助》

 じゃ、蛇蛇野?

【登場人物】


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


田中先生たなかせんせい 担任 事なかれ主義者

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