87. 春夏冬宙也から、一里塚林檎へ
★視点★ 櫻小路和音
令和七年、一月二十一日、火曜日。和音。
俺は、昼休憩の時間に、春夏冬と一緒に保健室へ行った。父ちゃんの死の真相を知る為の手掛かりを、林檎先生から得るためだ。しかし、いつもなら保健室で書類に埋もれて昼食を食べている林檎先生が、今日に限って不在だった。全ての授業が終わった夕方に再度保健室を訪ねたが、また不在。ちっ。小悪魔め、どこへ行きやがった。
職員室へ行く。入口のところで春夏冬が「林檎先生はどちらにいますか。相談したいことがあるのです。林檎先生を呼び出して下さい」と通りすがりの先生を捕まえて言う。「林檎先生なら、朝から校長と教頭と会議をしているよ」「朝から? ずいぶんと長い会議ですね」「時々林檎先生と教頭が激しく口論をする声が職員室まで聞こえていたよ。いったい何を話しているのやら」その時、林檎先生が、校長室の扉を開け、重い足取りで廊下へ出て来た。
「林檎先生、捜しましたよ」
春夏冬が、彼女に駆け寄り、声を掛ける。
「あら~、どうしたの? 校内一のイケメンと、校内一のアウトローがお二人で」
「るっせ。あんたこそ、どうした。珍しく物憂げな顔をしやがって」
「それがさあ、内示を出されちゃってさあ。って、あなたたちには関係のない話ね。――で、なに? 私に何か用?」
俺たちは、保健室へ移動した。
「林檎先生。先生は、オカルトや超常現象に詳しいとか」
「まあね。あなた達ぐらいの年の頃には『月間ムー』を夢中で読みまくったわ。若気の至りね。お恥ずかしい限り」
「じゃあ、あんた。『三つ首地蔵』と聞いて、何かピンと来るか?」
丸椅子に膝を組んで座る林檎先生に向かい、俺たちは、祈るような気持ちで質問をする。保健室の窓から、強い西日が射している。
「ピンと来るも何も『三つ首地蔵』と言ったら、この大久手市血の池町に古くから伝わる都市伝説よ。あなたたちは、この街に生まれながら、三つ首地蔵の伝説を知らないの? 他県で生まれた私だって知っている、結構有名な話よ。ずいぶん昔に流行った噂話だから、今の学生は知らないのかな」
「三つ首地蔵の伝説? 知らねえ」
「林檎先生、お願いです。先生が知っていることを、全て俺たちに教えて下さい」
「まことしやかな話だから、信憑性の程は定かではないけれど、この街には、その昔非業の死を遂げた若殿様の怨念を鎮めるために、地域の民が建てた地蔵堂があったらしいの。そこに祀られていたのが『三つ首地蔵』。それが後年、何者かの手によって破壊され、お地蔵様は埋められてしまった。地蔵堂に手を掛けた本人は、祟りにより、その日のうちに原因不明の事故でこの世を去った。またその家族も、祟りにより、今も呪われた人生を送っている。信じるか信じないかは、あなた次第です。な~んてね」
ダセえぜ。俺としたことが、林檎先生の話を聞いて、膝がガクガクと震えている。マジかよ。中央図書館の古い新聞記事で読んだ関係者の証言と、この都市伝説が本当ならば、地蔵堂を破壊し、三つ首地蔵を埋めたのは俺の父ちゃんってこと? 父ちゃんは、三つ首地蔵の祟りにより呪い殺されたってこと? 今も呪われた人生を送っている家族とは、つまり俺たちのこと?
「もっと詳しく知りたいです。非業の死を遂げた若殿様の話などを、もっと詳しく」
衝撃的な内容に動揺を隠しきれない俺の横で、冷静な春夏冬が林檎先生に発言を促す。
「さすがにそこまで詳しくは知らないわよ。さっきも言ったけど、私は他県の人間よ。そういうことは、根っからの地元住民に聞いてちょうだいな」
「根っからの地元住民? 思い当たる人物はいますか?」
「う~ん、根っからのか~、誰だろ~。あ。あなたたちの担任の田中先生がいた。確か、田中先生は、生まれも育ちも大久手市血の池町よ。幼い頃からこの地域で暮らしている彼なら『三つ首地蔵』の言い伝えを詳しく知っているかもしれない。ちなみに、今日は出張でご不在ですけどね」
「了解です。林檎先生、ご協力感謝します。――おーい、夜夕代、聞こえるか。明日、田中先生に、本件について詳しく聞こうと思う。付き合ってくれ」
春夏冬が俺の頭上の虚空に向かって叫ぶ。途端に、意識の夜夕代が俺の体を無断で動かす。気が付くと、顎の下で両手を合わせたブリっ子ポーズ。るん。ってオイオイ。
「ねえ、ちょっと、春夏冬くん」
要件が済むや否やこの場を立ち去ろうとする春夏冬を、先生が呼び止めた。
「見たところ、櫻小路家の三つ子のために、何やらせっせと調べているようね」
「はい。彼らの知られざる真実に迫るつもりです」
「誰かのためにと思って取った行動が、必ずしもその誰かを幸せに導くとは限らない。結果として相手に辛い現実を突き付けてしまうこともある。そして、その行いはブーメランとなり、やがて自らの胸に刺さることも。肝に銘じておいて」
「ご忠告を賜り、感謝します」
ハキハキと返事をして、春夏冬が保健室から出て行く。
「和音くん。大丈夫? そんなに震えて」
「ええい、糞ったれ。子羊みたいに震えが止まらねえ。自分が情けねえよ」
「どんな現実が待ち受けていようと、これでいいのだ」
「これでいいのだ?」
「そう。いつだって『これでいいのだ』の心意気」
「あはは。なんだそれ。でも、不思議と気が楽になったぜ。いい言葉だな。魔法の言葉。いったい誰の名言だ?」
「タリラリラーン」
「タリラリラーン? どこの国の偉人だ?」
「タリラリラーンのコニャニャチハ。きゃはは。ウケる~」
「呆れた。また、いたいけな生徒の心を翻弄して楽しんでいやがる。あんた、それでも教師かよ」
林檎先生の背中から射す西日が、まるで後光のようで。この小悪魔ときたら、
なんだか聖母マリアのようで。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物
一里塚林檎 保健室の先生 イケジョ




