86. 始まりは、春夏冬宙也
★視点★ 櫻小路愛雨
令和七年、一月二十日、月曜日。愛雨。
年が明け、一月も半ばを過ぎた。この日の授業を終えた僕と春夏冬くんは、大久手市中央図書館へ移動して、大久手市の郷土の資料を読み漁っていた。
「しかしアレだな、ひとえに郷土を研究しろと言われても、難しいものだな。何を題材にすればよいか迷ってしまう」
「本当だね。陳腐なネタで大会に出場すれば予選落ち。奇をてらい過ぎても同じく。選ぶ題材が勝敗のカギとなるね」
「うむ。出場するからには優勝をしたい。よい題材を見付けよう」
先日、春夏冬くんが学校から「全国高等学校社会科学・郷土研究発表大会」という大会にぜひ出場をして欲しいとお願いされた。その際に彼は「愛雨がパートナーになってくれるなら」という条件で出場を了承した。即日、学校から僕に出場の打診が来た。春夏冬くんが僕を必要としてくれているなら、それはとても光栄なことだし、これと言って断る理由もないので、僕は二つ返事でOKをした。以上が事の成り行きだ。
「例えば、平成十九年の新聞記事から題材を探すというのはどうだ?」
「なるほど。僕たちが生まれた年に、郷土で何があったかを研究し、それを大会で発表する。ナイスアイデアかも」
僕たちは、過去の地方新聞の縮刷版のある棚へ行き。そこで平成十九年の記事を読みまくり、面白そうなネタを探がす。二人で様々な新聞記事に片っ端から目を通し、一時間ほど経った時だった。
「……あれ。おい、愛雨。この記事……」
春夏冬くんが、僕に、とある日の新聞の縮刷版を見せてくる。
「ん? 何か面白いネタを見付けたの」
彼が指差す記事を覗き込む。
「そうではない。ほら、これを見てくれ。この記事に載っている被害者。これって、君のお父さんじゃないか?」
それは、平成十九年、八月三日、僕の誕生日に発行された地方新聞の記事だった。
《8月2日午後2時40分ごろ、A県大久手市の土地区画整理事業地内の建設現場で、掘削工事をしていた作業員から「うちの社長が土砂の生き埋めになった」と119番通報があった。男性は意識不明の状態で約2時間後に死亡した。体を圧迫されたことによる窒息死とみられる》
は。は。は。記事を読み始めた途端に過呼吸になる。それを解消するため、細くゆっくりと息を吐き、また記事を読み進める。
《県警の調べによると、死亡したのは建設会社社長・櫻小路欽也さん(37)。櫻小路さんは、工事写真を撮影するために掘削した穴に入った際、突然土留め板がへし折れ、崩壊した土砂の下敷きになったという。穴の深さは約2メートル。当時、同じ穴で作業をする者はいなかった》
――櫻小路欽也。僕が生まれる前日に死んだ、僕の父さん。
《現在、労働基準監督署が事故原因を究明中であるが、今のところ施工会社の安全管理に落ち度はなく、何故土留め板が突然へし折れたのか、関係者はこの奇怪な出来事に首を傾げるばかり。工事関係者の証言によれば「あるはずの地蔵堂が撤去されている。これは、三つ首地蔵の祟りだ」とのこと。本誌は、その方面で独自の操作を進める方針》
「間違いない。これは、僕の父さんの労働災害死亡事故の記事だ。心臓がバクバク鳴っている。父さんが建設現場の事故で死んだことは、母さんから聞いてはいたけれど、こうして詳しい内容を知るのは始めてだったから」
冬だというのに、額から滝のように流れ出る汗をハンカチで拭い、春夏冬くんにそう返事をする。
「おい、愛雨。この記事の最後に書いてある『三つ首地蔵』って、いったい何だ?」
「何だろう。分からないなあ」
「ならば、この地蔵について、もっと詳しく調べてみないか? 記事を読む限り、君のお父さんは、労災事故で亡くなったとは到底思えない。地蔵堂が撤去されたことに深い関わりがある気がする。君はどう思う?」
「父さんの死の真相に迫る……有難い話だけど、お断りするよ。そんな個人的なことに春夏冬くんの貴重な時間を浪費することはできない」
「どうしてだ。どうして他人事なのだ。君の問題じゃないか。君は当事者じゃないか。君のお父さんの死の真相に迫る。それは、言うなれば、君たち三つ子が、なぜに天よりひとつの肉体しか与えられなかったかという謎を解くチャンスだ。君は、どうしてこのように物事を建設的に捉えられないのだ」
「そうグイグイこないでよお。僕的には、春夏冬くんのそういうやる気が、もうそれだけで結構なストレスなのだよお。もういいから。僕の父さんの死の真相なんて、もうどうだっていいから。それよりも、郷土研究の題材を探すことを優先しよう。ね?」
すると、僕と話していても埒が明かないと判断した春夏冬くんが、静寂の図書館に響き渡る大声で、虚空に向かって叫ぶ。
「おーい。和音、夜夕代、君たちはどう思う?」
その刹那、ゲンコツを作った僕の右手が、僕の頭を思い切り殴りつける。痛いっ。僕の左手が、僕のほっぺたをに練り上げる。痛いってばっ。分かったから。君たちの気持ちはよく分かったから。お願い。暴力はやめて。
「どうやら、二人は、ボクの意見に賛成のようだな」
この日この時この瞬間、僕の幼馴染で、僕の大親友である春夏冬くんが、大久手市中央図書館で偶然拾った「真実へのバトン」を堅く握り締め、スタートラインに立った。
「和音、聞こえるか? 明日の昼休憩の時間に一緒に保健室へ行こう。林檎先生に逢うから、付き合ってくれ」
僕の頭上あたりでこの会話を聞いているであろう虚空の和音に向かい、明日のスケジュールを伝える春夏冬くん。
「ねえ、春夏冬くん。どうして林檎先生に逢う必要があるの?」
「以前、林檎先生と雑談をしていた時に、若い時にオカルトや超常現象にハマった時期があったと言っていた。恐らくサブカルチャーには造詣の深い女性なのだ。林檎先生なら『三つ首地蔵』について何か知っているかもしれない」
火ぶたは切られた。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物