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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
夜夕代ちゃんの文化祭
84/117

84. 自分会議

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう 櫻小路和音さくらこうじわをん 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

「……どうしようかなあ僕。言いにくいなあ僕。でもなあ、こんな機会は滅多にないからなあ。よおし、こうなったら勇気を振り絞って言うぞお。――あのさあ、夜夕代。僕、君のことが好きなんだ。お願いだよお。僕と付き合ってよお」

「出逢って早々告白かいっ。陰キャのくせに度胸あるのね、あーた。でも、それは無理。気持ちは嬉しいけれど、ごめんなさい」

「がーん」

「ぎゃはは。速攻でフラれてやがる。情けねえ」

「私は、春夏冬くんのことが好きなの。私の彼への気持ちは、未来永劫変わることはない」

 本堂で座禅を組んだまま、私たちは、落語家が顔を左右に向けて話すことで登場人物を演じ分けるように会話をする。人格が入れ替わる度に、人相も体格も髪の色も一瞬で変化する。「なんたることだ、これは……」私たちの正体を目撃した三休和尚が、床にへたり込み、歯の根が合わなくなっている。

「おめーらの恋路はさて置き、この際だから確認しておくぜ。ぶっちゃけ、おめーら、非番の日に他の者の生活を虚空から見ることが出来るか?」

「正直に言うね。私は、愛雨の生活は、自分がこの世に出現する前から鮮明に見ることが出来た。和音の生活は、ずっとボンヤリと霞が掛かっていたけれど、ここ最近クッキリと見聞き出来るようになってきた」

「やっぱそうか。ならば、白状するぜ。俺も、夜夕代とまったく同じだ。おい、愛雨。おめーは?」

「ショックだなあ。君たち、幼い頃から僕の生活をずっと覗き見していたわけね? 実は、かく言う僕も、遅ればせながら、非番の日に君たちの生活を鮮明に見ることが可能になったよ」

「要するにだ。これまで俺と夜夕代は愛雨から派生した存在だった。でもここ最近、同等の立場になった」

「うん。確かに、私も、その変化は強く感じるわ」

「未来からの何かしらの暗示かもしれない。とてつもなく大きな試練の予兆というか。なんだろ、上手く言えないけれど、僕にはそんな気がしてならない。嫌だなあ。怖いなあ」

「狂気の落語じゃあ。……あわわ。あわわ。」この世のものとは思えぬ光景を見て、恐怖のあまり腰を抜かした三休和尚が、四つん這いで本堂から逃げ出して行く。それを横目に、僕たちは話し合いを続ける。

「未来と言えば、先日の国語の宿題、『将来の夢』を書く作文、和音と夜夕代は、なんて書いたの?」

「あれれ? あんた、非番の日に、私の生活をこっそり見れるのではないの?」

「恥ずかしいから勝手に読むなって夜夕代が言ったから、言いつけ通り読んでいないよ。和音の作文も、君のことだから無断で読まれたくはないだろうと思い、あえて読んではいない。でも何だかずっと気になっていて。ねえ、なんて書いたの? 教えてよお」

「誰がおめーなんかに教えるか」

「いや~ん。夜夕代、うれし恥ずかし十七歳」

「ちぇ。ケチ」

「でも実際の話、私たち、これからどうなっちゃうのかしら? 十年後も、二十年後も、死ぬ時ですら、ずっとこうして三人で体をシェアしているのかな?」

「現実的にそうなるだろうな。この不仕合せを打開する方法があれば別だが。おい、夜夕代。怒らないから正直に言え。おめーは、ずっと三人でいるのが嫌なのか?」

「べつに嫌じゃないけどさ~。現実問題いろいろと無理あるじゃん?」

「僕は、いつまでも三人でこの体を共有出来たら幸せだなあ。和音や夜夕代がこの体にいてくれるだけで、とても心強いんだ」

「弱虫。いつまでそうやって他人に頼って生きるつもり? いい加減に自立しなさい」

「そんなキツイ言い方するなよ。自立って何だよ。ひとつの体を共有して生きる僕たちが、どうやって自立できる? 自立なんてしようがないさ」

「まあまあ、喧嘩すんなって。愛雨の気持ちも、夜夕代の気持ちも、俺にはよく分かるぜ。――本来であれば三つ子として生まれてくるはずだった俺たちが、どうしてこのような境遇に陥ってしまったのか、それは謎だ。この先、俺たちにどんな未来が待ち受けているのか、皆目見当もつかねえ。分かっていることは、今はただ、こうして体を共有して生きるよりすべが無いということだ。だからさ。どうせなら仲良くやろうぜ。他でもねえ、兄妹じゃねえか、これまでも、これからも」

 俺は、自分と自分の仲を取り持つ。もとい、愛雨と夜夕代の仲を取り持つ。

「ごめんね、愛雨。私、言い過ぎた」

 私は、自分の右手を出す。

「こちらこそ、ごめんなさい。夜夕代」

 僕は、自分の左手を出す。

「さあ、仲直りの握手だ」

 俺は、自分の右手と左手が握手するところを見届ける。もとい、愛雨と夜夕代が握手するところを見届ける。

「ていうか、こうして無我の境地に入る訓練をすれば、これからは、日常生活のなかでも自由に入れ替わりが可能になるね。うふふ。楽しみ」

「だね」

「だぜ」

「だよ」

 こうして私は、僕と、俺と、無我の境地でたくさんのお話をした。あら、びっくり。気が付くと本堂は深い闇の中。ふとお外を眺めると、曇天の夜空の鼠色の雲の隙間から、名も無きお星様が三つ、寄り添うようにチカチカと輝いている。素敵。

 

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


三休和尚さんきゅうおしょう 口の悪いお坊さん


ここまでお読みいただきありがとうございます。★やブクマなどで応援をしていただけると、今後の執筆の励みになります。


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