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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
夜夕代ちゃんの文化祭
77/117

77. 陰キャ稽古

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

 令和六年、十一月五日、火曜日。夜夕代。


『私は、あなたの妻となるため異世界より転生した貴族の令嬢。シンデレラの義姉。名を、マティルダと言う』

『な、なんだってえ』

「ダメ。春夏冬くん、全然ダメ。まるで陰キャになっていない」

 放課後の体育館。文化祭本番を一週間後に控え「戯曲 悪役令嬢と陰キャの恋」の稽古は着々と進んでいた。私の策略通り、主役の悪役令嬢はこの私。王子様の生まれ変わりの陰キャ役を春夏冬くん。他のクラスメイトたちは、照明、音声、大道具などの裏方や、物語に登場する脇役を担当。

「何度言ったら分かるの。陰キャなのだから、もっとこう、オドオド感を醸し出してちょうだい」

 劇の総合演出は、地図子ちゃんが担当をしている。

「ねえ、地図子ちゃん、ちょっと鼻息荒くない? 素晴らしい作品に仕上げたいという熱意はじゅうぶん分かるけど、所詮は高校生の文化祭の出し物なのだし」

「お黙り、夜夕代。やるからには百点満点を目指す。これが私の信条です」

「う~む。ボクはボクなりに、精一杯オドオドを絞り出しているつもりなのだが……」

「つもりじゃダメ。伝わらない。観ている側に伝わらなければ意味がない」

 地図子ちゃん、キビシ。

「陰キャって難しいなあ」

「ねえ、春夏仏くん。そう落ち込まないでさ。強い気持ちで演じようよ。絶対に陰キャになりきってやるという強い信念さえあれば、きっと光り輝く素敵な陰キャを演じることが出来るよ」

 我ながらナンセンスな言葉で、彼を励ます。

「では、気を取り直してもう一回。シーン8、悪役令嬢と陰キャが出逢うシーン。よ~い、アクション」

『私は、あなたの妻となるため異世界より転生した貴族の令嬢。シンデレラの義姉。名を、マティルダと言う』

『な、なんだってえ』

「ダメダメダメ。もっと挙動不審に。もっと蚊の鳴くような声で。もっと愛雨みたいに。では、気を取り直して。よ~い、アクション!」

『私は、あなたの妻となるため異世界より転生した貴族の令嬢。シンデレラの義姉。名を、マティルダと言う』

『にゃ。にゃあ~んだってえ』

「ふざけてる。ちょ、マジで演劇なめてんのか」

 やがて、稽古は物語のクライマックス。悪役令嬢と陰キャのキスシーンへ。

 は~、地図子ちゃんの厳しい稽古で、なんかちょっと私まで鬱屈してきちゃった。よ~し、気分転換に、ここいらで一発マジキッス奪っちゃう? ムラムラしちゃって、もう無理っすわ。本番まで待てないっすわ。強行突破でむちゅむちゅするっすわ。

『あの日、城の使いの者が屋敷にガラスの靴を持って現れ、この靴を履けた者が王子妃であると告げたあの時。私はどうしても王子と結ばれたくてサイズの合わないガラスの靴に自分の足を収めるため、かかとをナイフで切り落とした』

私の長台詞。春夏冬くんが私の腰を抱く。見詰め合う二人。

『血まみれの足をガラスの靴に捻じ込み、我こそはプリンス・チャーミングの王子妃であると毅然とした態度で城に向かいました。でもやはり偽りは簡単に暴かれてしまった。それからは愛する王子をシンデレラに奪われ、鳩に両目をえぐられ、私の人生は散々でした』

 必死で覚えた渾身の長台詞からの――

『でも、神は私を見捨てはしなかった。こうして転生し、こうして王子と出逢えるチャンスを与えて下さった。王子様、私はあなたにキスをして欲しゅうございます。永遠の愛の口づけを』

 からの――

『おお、マティルダ。今こそ、時空を超えた愛の口づけを』

 からの――春夏冬くんの唇が急接近からの――逃げないように彼を強く抱きしめてからの――ベロンベロン舌なめずりをしてからの――

「チュはきませり。むちゅむちゅむちゅ」

「ストップ、ストップ。こらあ、夜夕代、キスはするふり。ギリギリで暗転幕。ほら誰か、隙あらばキスへと向かうこの暴走機関車を止めろお」

 あと数センチのところで、クラスメイトに背後から羽交い絞めにされ、強引に春夏冬くんから引き離される私。ちくじょお。やっぱ稽古中にマジキッスは無理ね。外野が邪魔しやがる。ちくじょお。本番を見てなさい。本番こそチュはきませり。むちゅむちゅむちゅ。

【登場人物】


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生

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