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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
夜夕代ちゃんの文化祭
76/117

76. キスへのシナリオ

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

……ふむふむ。え、嘘でしょ、急展開だわ……ふむふむ。マジっすか、ヤバい、このお話、最高。一度読み出したら止まらない。


 午後一番の授業は、クラス会議。黒板に『令和6年度文化祭について』という議題がチョークで書かれている。クラス委員の地図子ちゃんが教卓に立ち、議事を進行している。担任の田中先生が傍らでパイプ椅子に座り、それを傍聴している。


 私は、クラス会議などガン無視して、小山田マティルダ作『悪役令嬢と陰キャの恋』を読み耽っている。ふむふむ……はい来たー、ラストは、主人公二人の熱いキスっ。チュはきませりーー。あは~ん、私も春夏冬くんとこんなキッチュをしてみたいわ~ん。


「血の池高校の文化祭は、事前の抽選により、各クラスに担当出し物が割り当てられます。その結果、令和6年度の文化祭において、我が二年一組は『演劇』をすることに決定しました」「えーー、最悪!」「劇とか有り得ないんですけど~」「まじかよーー!」「わたし、焼きそば屋さんがよかった~」


 教卓では、地図子ちゃんが、クラスメイトに向かって何やら説明をしている。それを聞いたクラスメイトが、どよめいている。


 やっぱアレだわ。現在の私と春夏冬くんの冷ややかな関係を打破できるのは、この物語のような熱いキスだわ。今の私たちに必要なのはキス。ブッチューさえすれば全ては解決する。間違いない。キスさえあれば何でもできる。行くぞ、いち、にい、さん……


「だああああああああ!」


 気が付くと私は、椅子から立ち上がり、右手を天に突き上げ、アントニオ猪木ばりに雄叫びを上げていた。突然の出来事に静まり返ったクラスメイトが、一斉に私に注目している。


「は~い、夜夕代ちゃ~ん。そのように奇声を上げるほどの熱意ある挙手、大変ありがとうございます。それでは、ご意見をどうぞ」


 教卓で議事進行をする地図子ちゃんが、呆れ顔で私に発言を促す。


「え? なにが?」


「なにがじゃないっしょ。今クラスメイトみんなで、劇の演目を決めているところ。『ロミオとジュリエット』『桃太郎』『こぶとりじいさん』ありがちな演目しか思い浮かばず煮詰まっているところ。さあ、夜夕代、なんか言え。クラス会議そっちのけでなにやらずっと読み耽っていた罰として、意見を言え」


 え~ん。地図子ちゃんの意地悪ううう。ひどいよ、いきなり意見を言えだなんて、私パニくっちゃうよ。え~と、陳腐じゃない演目? 斬新な演目? え~と、え~と、え~と、…………ありましたけど。


「はーい、はーい、はーい。あります。前代未聞の演劇台本がここにありまーす。これこそは、私が、とあるルートから手に入れた完全オリジナルの演劇台本でーす」


 手にした台本を頭上に高く差し上げる。


「タイトルは『悪役令嬢と陰キャの恋』。鳩に目玉をくりぬかれた瞬間、現代に転生をしたシンデレラの義姉・マティルダと、チャーミング王子の生まれ変わりで、現代の高校に通うとある陰キャの切ない恋の物語。ラストは、ななんと、悪役令嬢と王子のキスシーンがありまーす」


「キスー?」「キャー!」「面白そー!」女子生徒たちの黄色い歓声。……あ、私、閃いちゃった。私ったら、我ながら見事に頭に豆電球ぴっかーん。


「ちなみに、この演目を採用するなら、チャーミング王子の生まれ変わりである陰キャの役は、春夏冬くんがよいと思いまーす」


「え、ボク?」


 突然名前を出された春夏冬くんが、キョトンとしている。


「春夏冬くんが陰キャ役なんて変だよ。陰キャ役なら、こう言っちゃなんだけど、愛雨が適任じゃない?」


 地図子ちゃんが、反論をする。


「愛雨は物理的に演劇に出られないよ。だって、文化祭当日は私が体を使う日だし、それに何より私が主役の悪役令嬢を演じるのだもーん」


「えー、夜夕代、ズルいー!」「春夏冬くんとキスするなんて許せなーい!」女子生徒たちの金切り声。


「みんな、落ち着いて。まさか、高校生の文化祭で、マジのキスをするわけないじゃない。演技。真似事。寸止め。ギリギリで暗転幕。そこんとこヨロシク。――てか、じゃあ逆に聞くけどさ。みんなの中で、全校生徒の前で悪役令嬢を演じる度胸のある子はいる? いるなら手を上げて? ほ~ら、誰もいないでしょう? 私だって、仕方なくだよ。誰かがやらなければならない役を、仕方なく買って出るのだよ」


 歯噛みする女子生徒たち。


「え~、夜夕代の意見に異論がないようでしたら、二年一組の演目は『悪役令嬢と陰キャの恋』に決定します。なお、主人公のマティルダ役には、櫻小路夜夕代。チャーミング王子役には、春夏冬宙也。みんな、オッケー?」


 会議をまとめはじめる、地図子ちゃん。


 ぐふ。ぐふふふ。これにて春夏冬くんとのキス、ゲット~ん。な~にが演技か。な~にが寸止めか。見ていなさい、本番はどさくさに紛れて熱烈、激烈、炸裂キッスをぶちかましてみせるわ。じゅるるるる。あら嫌だ。よだれ、よだれ。


【登場人物】


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生

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