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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
夜夕代ちゃんの文化祭
74/117

74. 聖母マリア? 飛んだメフイストだぜ

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 令和六年、十月二十二日、火曜日。和音。


 いつものように昼から登校をした俺は、いつものように売店で買った焼きそばパンを食べる。そして、いつもなら教室に入り春夏冬と雑談をするところを、今日はいつもとは違う場所へ直行する。

「ちーっす。林檎先生、いるか~?」

「おやおや、珍しいお客様がいらしたわね」

保健室に入ると林檎先生が机でコンビニのサンドイッチを食べている。俺の顔を見るなり、残りのサンドイッチを一気に口の中に押し込み、コップになみなみと注いだトマトジュースでそれを胃の中へ流し込む。

「夜夕代がいつもお世話になっています。俺とあんたは、一応『はじめまして』ってことになるのだよな」

「そうね。厳密に言えば、あなたは非番の日に愛雨くんや夜夕代に漂う意識として私を見ているのよね。でも私がこうしてあなたと直接会うのは初めて。はじめまして、保健室の先生日本代表、一里塚林檎大先生とは私のことです」

「おーおーこれは御大層なことで」

「さて、なんの用? 和音くんが直々に私に会いに来るなんて十中八九ろくな話じゃないと予想はしていますが」

「その通り。今日俺はあんたに苦情をぶちまけに来た。あんたの態度次第では、徹底的にやり合う覚悟だぜ、俺は」

「うふふ。案の定、穏やかじゃないわね。で、苦情とは」

「遠慮なく言わせてもらうぜ。なあ、林檎先生。あんた、ちょいちょい春夏冬をこの保健室に呼び出して、いったい何を密談している?」

「その件に関しては黙秘します」

「卑怯だぞ。答えろ。まさか、あんたら、デキてんじゃねえだろうな?」

「ばれたあ? あたいとアッキー、ラブラブよん」

「アッキーだあ? やっぱりか、このアマ、いけしゃあしゃあと」

「あはは。冗談よ。なにを額に青筋を立てて怒っているのよ」でも仮によ、仮に私と春夏冬くんが恋人同士だったとして、何か問題でも?」

「問題だらけだ。教師と生徒。相手は未成年。神聖なる学び舎でのふしだらな行為」

「顔に似合わず、お堅いことおっしゃるのね。私は、他人に迷惑をかけないという大前提さえ守れば、恋愛の可能性は無限だと思うけどな」

「自分が何を言っているのか分かってんのか? それでもセンコーかよ」

「でも、安心して。私が春夏冬くんのことを恋愛対象として見ているなんてことは、天地神妙に誓ってあり得ないから」

常識にとらわれない女性。一筋縄ではいかないセンコーだぜ。なるほど、夜夕代が格別の信頼を寄せるだけのことはある。

「そもそも私は、異性だけが恋愛対象ではない」

「その件は、夜夕代からかねがね聞いている。あんた、ノン……ノンなんちゃらなんだよな」

「ノンバイナリー」

「でもその、ノンバイナリーは、同性だけが恋愛対象でもないのだろう?」

「ま、そうね。日によって自分が男だったり、女だったりするから」

「じゃあ、女の日のあんたが、春夏冬に惚れるという可能性もゼロではない」

「たしかにそうね。うっかり禁断の恋をしちゃうかも。キャー」

「おいコラ」

「あはは。冗談よ、冗談。ないないない。絶対にないってば」

人の心をかき乱しやがって。夜夕代はこいつのことを聖母マリアのような人と評していたが、何を言わんや、飛んだ小悪魔だぜ。

「和音くんは、本当に春夏冬くんのことが好きなのね」

「違わい。そんなんじゃねーよ」

「あら、どうしたの、お顔が真っ赤」

「からかうな。林檎先生、あんた、春夏冬と愛雨と夜夕代の関係は知っているか?」

「はい。夜夕代がつぶさに報告をしてくるから。なんて言うか、世にも奇妙な三角関係ね」

「ただでさえ厄介なこの状況をあんたに引っ掻き回されたらもう目も当てられねえ。俺は、ただそれを危惧しているだけだ。甘ったれ兄貴と自由奔放な妹に挟まれて、真ん中の俺の気が休まる日はねえぜ、ったく」

「分かる~。私も三姉妹の真ん中だからその気持ち凄くよく分かる~。私もずっと姉と妹の調整役ばかりしていたな~。え? まさか和音くんがわざわざぶちまけにきた苦情って、こんな些細な事?」

「悪いか。ただし、苦情はこれだけじゃねえぞ。あんた、うちの担任の田中に『将来の夢』と題した作文を、俺たち三人に提出させるように指示したそうじゃねえか」

「うん。それが? 何か問題でも?」

「問題大有りだ。俺は作文の宿題なんて糞ダリーことはやらねえからな」

「原稿用紙一枚の作文ぐらいなぜ黙って書けないの。いったい何が気に喰わないの」

「ダリーからだ。まだ見ぬ未来を予測するなんて意味のないことだ。もちろん過ぎ去った過去を振り返ることにも意味はねえ。いいか、よく聞け。俺から言わせれば、過ぎ去った0,1秒後は既に過去だ。同じく迫り来る0,1秒先はまだ見ぬ未来だ。未来は光速で俺の現在を通り過ぎ、光速で過去になってしまう。そんな不確かな過去や未来に意味なんてねえ。俺たちは、光速で刻まれる現在をただ生きている。それだけだ」

「田中先生が、あなたは、その外見とは裏腹に、時々哲学者や宗教家顔負けの発言をすると言っていたわ。本当だ、噂通りね」

「っるせえ」

「しかし、悔しいかな、いささか考えが幼い。――あなたの言う通り、過去や未来に意味なんてないのかもしれない。でも、それを言い出したら、言葉を持たぬ人間以外の動物には『現在』という概念さえ無い。あなたが光速で刻まれる『現在』を認識することができるのは何故? それは、あなたが『現在』という概念を言葉で可視化し、認識することの出来る人間だから。違う?」

「……」

「現在を認識し、現在に意味を見出せる者が、過去や未来の認識から目を背け、無意味だとうそぶくのは何故?」

「…………」

「な~んてね。ぶっちゃけ、こんな議論こそ不毛なのだけれどね。――ねえ、和音くん。たかが作文でしょう。小難しく考える必要なんてこれっぽっちもないわ。ねえ、作文書いてよん。お願い。私からのお願い」

 林檎先生は、俺の右手を優しく取り、問診机の丸い椅子にゆっくりと俺を座らせる。そして、背後から俺の耳元に唇を寄せてそっと囁く。

「ほら、瞳を閉じてごらん。閉じたうえで、あなたの未来に瞳を凝らすの。そこに何が見える? 未来の和音くんは、いったい何をしている?」

小悪魔め。俺をたぶらかすんじゃねえ。書かねえぞ。作文の宿題なんて絶対にやらねえからな。

「耳をすませば聞こえるはずよ。ほ~ら聞こえた。未来のあなたからの熱いメッセージが。あとはそれを原稿用紙に記すだけ」

書かねえぞ。作文なんて。『将来の夢』なんて、絶対に書いてやらねえ。ぜぜぜ、絶対に。

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


一里塚林檎いちりづかりんご 保健室の先生 イケジョ


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