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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
夜夕代ちゃんの文化祭
72/117

72. 十七歳の地図

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

 将来の夢……考えたことも無かったわ。よくよく考えたら、私たち、これからどうなるの? 進路は? 就職は? もしも将来的に私が春夏冬くんと結婚したとして、いや、絶対に結婚するんだけどね、でさ、もし私と彼がひとつ屋根の下で暮らすとしてさ、私って、その状況にあっても、三日に一度しか出現する権利がないわけ? 他の日は野郎ども二人が愛しの春夏冬くんと生活をするってこと? 

「ヤバい。ヤバい。分かんない。分かんない。お願い、地図子ちゃん、相談に乗って~」

 国語の授業が終わり、放課の時間によくよく自分の将来のことを考えていたら、私は軽いパニックに陥ってしまい、隣で次の数学の豆テストの予習をしている地図子ちゃんに泣きついた。

「はは~ん。さっきの作文の件ね。了解だよ。今日学校が終わったら私の家においでよ。そこで勉強がてら夜夕代の相談を聞くよ。ゆっくり話そう」

「本当にい。あんがと。地図子ちゃん、大好きだよ~」

こうして、私と地図子ちゃんは、夕方に彼女の家に向かった。

「でかっ」

地図子ちゃんの家に行くのは初めてだった。お、おでれーた。腰を抜かした。オシッコちびるかと思った。眼前にそびえ立つ地図子ちゃんの自宅は、豪邸という形容以外は思いつかない、ドンズバ豪邸だった。

「何をぼーっとしてるの、夜夕代、ほら~、遠慮しないで上がって」

美しく剪定された日本庭園。門から家屋の玄関までの道のりが長いのなんの。広すぎる玄関で呆然と立ち尽くす私に、地図子ちゃんがスリッパを揃えてくれる。

この豪邸を見て確信しましたよ、あたしゃ。やっぱ、地図子ちゃんってパーフェクトだわ。勉強は校内トップクラス。スポーツセンスも抜群。クラス委員。二年生のくせに選挙管理委員長。性格も良い。容姿だってあの黒い眼鏡を外せば、実はめちゃんこ美人だと私は睨んどる。そんでもって、実家が御覧の通りの大金持ち。ぱーふぇくち。パーフェクトJK尾崎地図子。ビバッ。ヤっ。カモっ。

「ただいま~」

その時、私の背後から、穏やかで品のある声がした。振り返ると、見慣れぬ制服を着た女の子がバイオリンケースを片手に立っていた。

「こんにちは。お邪魔しています」

「こんにちは。あ、お姉ちゃんのお友達ですか? 姉がいつもお世話になっております」

女の子が深く頭を下げる。「こちらこそです」つられて私もペコリ。ちょっとだけこの状況に困惑した私は、無言で地図子ちゃんの顔を見る。

「ひとつ年下の妹、愛子よ」

ん? どしたん? さっきまで朗らかだった地図子ちゃんの眉間に深いしわ。

「制服が違うね」

「愛子は、バイオリンの特待生として、都心にある私立学園に通っているの。中学生の時、バイオリンの大会で全国一位。関係者曰く、何十年に一人の逸材なのですって」

「へえ、すっごーい、妹さん、てんさーい!」

「さあ、夜夕代、いつまでも玄関に突っ立っていないで、はやく私の部屋に行こう」

妹さんが帰って来た途端に、地図子ちゃんが私をせかす。

「ねえ、お姉ちゃん。今日もまたお姉ちゃんのPCを愛子に貸してくれない? 情報処理の勉強で使いたいの」妹さんが地図子ちゃんを呼び止める。「嫌だ。貸したくない」まるで幼児のような癇癪を起こす地図子ちゃん。「ねえ、お姉ちゃん。そんなふうにダダをこねないでよ。しょうがないでしょう、愛子のパソコン、故障して修理中なのだから。そもそも、修理が済むまで姉妹でお姉ちゃんのパソコンを共有することは、パパの指示なのだし」「ふん、分かったわよ、勝手にすれば。ただし、私の個人情報を漏洩させたりしないでね」「そんなことしないよ。何でそんなこと言うの、お姉ちゃん」

妹さんが、悲しげに二階への階段を上がっていく。どうしちゃったの、地図子ちゃん、まるで人が変わったみたい。

「ただいま~」

すると、背後からまた帰宅者が。スーツ姿のダンディな中年男性。

「あら、こんにちは。地図子のお友達ですか。日頃は娘の地図子が大変お世話になっております。気難しいところのある娘ですが、どうかこれからも仲良くして下さいね」

地図子ちゃんパパだ。屈託なく私に握手を求めてくる。「こちらこそです」とシェイクハンド。いいなあ。素敵なパパがいて羨ましいなあ。はて、地図子ちゃんの性格が気難しい?

「ちょっと、パパ。私の友達に余計なこと言わないで。握手とかキモイ。最低。一刻も早く私の視界から消えて」

「おやおや、相変わらずパパの顔を見ると穏やかではないね。悪かったよ、地図子。お友達との大切な時間をパパが邪魔してしまったようだね。それではパパは失礼するよ。お~い、ママ~、今帰ったよ~」

地図子ちゃんパパは、笑顔を絶やすことなく、地図子ちゃんママのいる一階のリビングルームへと消えて行った。本当にどうしちゃったのよ、地図子ちゃん。いつもの聡明で優しい地図子ちゃんはどこへ行っちゃったの? 私たちは地図子ちゃんの部屋に入る。

「……驚いた?」

勉強机の椅子に腰を掛け、地図子ちゃんが自嘲ぎみに言う。

「うん。正直……」

「愛子は、努力家の私と違い、持って生まれた天才肌で、昔から大した努力もせず、何事も卒なくこなせる子。これで愛子の性格が悪ければ、劣等感の幾ばくかの埋め合わせになっただろうけど、さっき見てもらった通り、すこぶる良い子でさ。逆に辛い。ホント参っちゃう」

「パパは、どんなお仕事をしているの?」

「私のパパは、みんながよく買い物に行く『ジャスオン大久手店』の支店長なの」

「すごい。そんなに偉い人なのに、喋り方とか全然普通で優しくて、めちゃんこ良いパパだね」

「うん。良い人過ぎてイラっとする。ついキツく当たってしまう。欲しい物や、お願い事があっても、素直に頭を下げることが出来ない。頭ではダメだと分かっているのだけれど、つい感情が先走って、家族の前では幼稚な態度を取ってしまう。やっぱりアレかな、いつも学校でストレスにまみれて必死で優等生を演じているからかな」

「演じている???」

「だよ。学校での爽やかな私は、本当の私じゃない。本当の私は、我がままで、優柔不断で、周囲をねたみ、そねみ、恨んでばかりいる最低のやつ」

「そんなふうに自分を悪く言ってはダメだよ。自分を悪く言うのは簡単だよ」

「だね。私ったら、もう十七歳なのに。長い思春期。終わりなき反抗期。自分が情けない」

驚いたわ。時に世間から「優等生マシーン」との異名で呼ばれる地図子ちゃんに、こんなに人間臭い一面があっただなんて。

その後、私たちは、彼女の部屋で、二時間ほどお互いの将来のことを真剣に話し合った。そして私は、自宅に帰り『将来の夢』と題した作文を一気に書き上げ、愛雨に「明日、田中先生に提出してね。恥ずかしいから内容は読むな。読んだらぶっち殺しゅ」と『僕と俺と私のノート』を通じて提出を託した。

櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生


尾崎愛子おざきあいこ 地図子の妹 天才肌


地図子ちゃんパパ 良きパパ ジャスオン大久手店の支店長 

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