69. 親子ギクシャク
★視点★ 櫻小路和音
「立て」
頭上から、業多の声。でも俺は、土下座をやめず地面に頭を擦り付けていた。謝罪を続けたかった訳じゃない。体が硬直して動かなかった。
「ほら、クソガキ」
業多が、俺の髪の毛を鷲掴みにして、力任せに直立をさせる。それから俺の顔をしげしげと眺め、今の謝罪に免じてこれまでのことは全て忘れてやる、と言った。
「ありがとうございます」
意外だった。俺の口から、ごく自然に感謝の言葉が出た。すると、業多は突然大声を張り上げ――
「おい、櫻小路和音」
「はい」
「母ちゃんを大切にな。あんま心配させんじゃねえぞ。おれが言えた義理じゃねえが。くれぐれも頼む」
――と、最後は柔らかく、照れ臭そうに笑った。そして、おもむろにクルリと後方を振り返ると――
「さ~て、俺は今からこのダメな息子たちをしつけなければならねえ。和音。麗子。テメエらがいると邪魔だ。とっとと帰れ」
――と言って、指の関節をボキボキと鳴らし、息子たちに迫る。
「え、え、俺たちをしつけるって、父ちゃん、どういうこと?」
ヒートが、後ずさりをする。
「どうもこうもねえ。やいヒート、テメエは、罪もない野良猫を虐待したらしいな。それからチート、テメエは、俺の昔の女に欲情したらしいじゃねえか。父ちゃんはテメエらをそんな子供に育てた覚えはねえ」
「ととと、父ちゃん、ほら見て、オレ、怪我人。全治二か月。重症」
チートが、生唾をゴクリと呑み干す。
「怪我人だとか、宇宙人だとか、そんなこたあ関係ない。覚悟しろ、今から父ちゃんが、テメエらのその腐った性根を叩き直してやる」
「「ぎゃああああああ」」
家具の破壊音、ガラスの破裂音、そして、チートとヒートの悲鳴を背にし、俺と母ちゃんは、業多家を後にした。
自宅までの道のりを、親子で並んで歩く。
「何とかなった。よかった、よかった、結果オーライ。あら嫌だ、安心したら、母ちゃん、ものすごくお腹が空いてきちゃった。ねえ、おたく、お腹空いている?」
母ちゃんが、珍しく俺に話しかけてきた。
「まあ、空いているか空いていないかという二択であれば、空いているのかも」
「まったく、どうしてそう斜に構えた物言いしか出来ないかねえ。よ~し、今日は特別に、おたくの好きな物を何でもご馳走してあげるわ。何が食べたい? マック? ガスト? 餃子の王将?」
「なんでも食べさせてくれるのか?」
「うん。ただし、今日だけよ」
「じゃあ、せっかくだから俺、母ちゃんの作った目玉焼きとウインナーと白いご飯が喰いてえ」
それは、俺がこの現実世界にやって来た日に、母ちゃんが作ってくれた手料理だった。
「なにそれ。せっかく外食をご馳走してあげようと思ったのに、まったく興ざめしちゃうわ。なにそれ。おたく、馬鹿じゃない。なにそれ。がっかり。おたくって、本当に馬鹿」
母ちゃんが、顔を真っ赤にして動揺している。
「なあ、母ちゃん」
「な、なによ」
「その、おたくって呼ぶの、もうやめてくれねえか。俺さ、これからは頑張って少しずつでも素直で良い子になる努力をするからさ。どうかそんなよそよそしい呼び方はやめて欲しいよ。普通に和音って呼んでくれねえか」
「…………了解だよ」
それから、俺と母ちゃんは終始無言で家路を歩いた。そして県営住宅の八階へと上がるエレベーターの中で――
「なあ、母ちゃん」
「なあに?」
「今日まで、いろいろごめん」
「私のほうこそ、いろいろごめんね」
「目玉焼き、しっかり焼きで頼むぜ」
「了解。真っ黒になるぐらい焦げ目をつけてあげるわ。うふふ」
「へへへ」
俺たち親子は、互いに頭をポリポリ搔きながら、そんな会話をした。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
櫻小路麗子 愛雨と和音と夜夕代の母
業多心人 麗子の元彼氏 反社まがいの男
業多血人 二十歳 業多家の長男
業多火人 中学生 業多家の次男
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