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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
和音VS業多ファミリー
68/117

68. 守るべき大切な人のため

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 ふざけるな。あり得ねえ。この俺に土下座をしろだと? 冗談じゃねえ。

「こら、ガキ。半年前の騒動から今回の騒動を通じて、おれは、お前から一度たりとも謝罪を受けてねえ。さあ、今すぐおれの目の前で地面に頭擦り付けて『誠に申し訳ありませんでした』と謝罪をしろ。そうすれば、半年前のことも、今回のことも、すべて水に流してやる」

 荒唐無稽。狂気の沙汰。笑止千万。土下座なんてプライドが許さねえ。俺は、この現実世界に出現して以来、他人に頭を下げたことが無い。

「どうした。そうやってムスッとしていても何も変わらないぜ。さあ、謝れ。おれの前で土下座をしろ」

 さっきまで俺を庇護していた母ちゃんが何も言わねえ。母ちゃん、なぜ黙っている? 黙ってねえで、さっさと業多の馬鹿に「誇り高きうちの息子に土下座なんてさせられません」と反論しやがれ。おい、母ちゃん、何とか言えよ。

 業多は、上がり框の上でどっしりと胡坐をかいたまま、重圧感のある声で話し続ける。

「おい、ガキ、よく聞け。おれはかつてお前の父ちゃんの会社で働いていた。お前の父ちゃんはとても立派な御仁でなあ。何事も一度やると決めたら必ずやり遂げる男だった。そして、お前の母ちゃんや社員や社員の家族のことをいつも思いやり、守るべき大切な人のため、プライドをかなぐり捨て、下げたくない頭も下げる、そんな男だった。それに比べて、お前のその態度は何だ」

 うるせえ。死んだ父ちゃんのことなど、知ったことか。

「おれは、お前の父ちゃんのことが、櫻小路社長のことが大好きだった。生涯この人の下で働きたい、そう思っていた。それがあの日、原因不明の労災事故で突然この世を去ってしまった。櫻小路社長が亡くなり、やがて会社が倒産し、転職を余儀なくされ、以降のおれの人生はボロボロさ。なにをやっても上手く行かず、自暴自棄になり、反社まがいの生活をするようになり……社長、なぜ死んじまったあ……社長、おれぁ、寂しいよお」

 気ショイぜ、おっさん。何を感傷的になってやがる。勘弁してくれ。てか、言っておくが、俺は誰に何と言われようが謝らない。とことん開き直ってやる。だって俺、絶対に悪くねえもん。

――すると、やにわに俺の肉体に激しい違和感。膝の関節が自分の意志とは無関係に曲がろうとする。頭が地面に向かって下がって行く。ななな、なんじゃこりゃ。かかか、体が勝手に。ヤバい。この動作。この動作の果てにあるのは、間違いなく土下座だ。

 誰かが強引に土下座をさせようとしている。――分かったぞ。俺の体をこのように操ることが出来るのは愛雨と夜夕代の二人だけ。そして、こういったシチュエーションで要らぬお節介を焼くのはあいつ――愛雨だ。

「おい、愛雨。勝手に俺の体を操るな。部外者が余計なことをするんじゃねえ」

 俺は、虚空に向かい、大声で苦言を呈し、折り曲がりかけた膝を立て直し、前屈しようとする上半身を強引に起こした。

「見たか。お前が俺の力に敵うわけねえんだ。弱虫は黙って虚空に隠れていろ」

 見えない愛雨を罵倒する。その途端、愛雨が物凄い力で押し返してきやがった。

「やめろ。やめろってば。テメエ覚えてろよ。この借りは絶対に返すからな」俺は見えない愛雨に文句を言いながら、土下座をしかけては立ち上がり、土下座をしかけては立ち上がる。

「お、おい、麗子。お前の息子は自己葛藤をしているのか?」

 傍で観ていてさすがに気味が悪くなったのか、業多が母ちゃんに説明を求めている。アホか、おっさん。これは自己葛藤なんかじゃねえ。俺は最初から最後まで謝る気なんかこれっぽっちも無いんだ。

「大人しく謝れ、和音」

――あれ? 俺、今一瞬、愛雨の声で叫ばなかった?

「黙れ。無断で体を乗っ取るんじゃねえ。消えろ、愛雨」

――土下座を阻止するため、全身全霊の力でふんぞり返る。

「素直になれ。お前は、本当は謝りたいと思っている」

――また、愛雨の声で叫んでいる。わわわ、しかも、とんでもない力で膝の関節が曲げられて行く。

「やめろ、愛雨。お願いだ、やめてくれ」

――虚空に泣きつき、許しを乞う。しかし、気持ちとは裏腹に、やがて両膝は地面に着き、体は徐々に土下座の体勢になって行く。

「謝れ、和音。やめろ、愛雨。俺は謝らねえぞ。謝れ。謝らねえ」

 体は、完全に土下座の体勢となり、頭は、地面にひれ伏した。畜生。もう駄目だ。体を自由に操ることが出来ない。

――俺は、僕になった。僕は、喉がちぎれるほどの大声で、和音を叱責する。

「謝れ、和音。母さんのために、謝れえええ」

――僕は、俺になった。

「誠に……申し訳……ありませんでした」

 冷たい地面に頭を擦り付け、震える声でそう言った。

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路麗子さくらこうれいこ 愛雨と和音と夜夕代の母 


業多心人ごうだハート 麗子の元彼氏 反社まがいの男


業多血人ごうだチート 二十歳 業多家の長男


業多火人ごうたヒート 中学生 業多家の次男


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている

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