63. 聞いてないよおおおお!
★視点★ 櫻小路愛雨
令和六年、十月十日、木曜日。
和音の馬鹿ああああ、日にちを間違えるなああああ!
今週の木曜日は僕の番! 和音の番は、明日の金曜日でしょうがあああ!
今朝、いつものように目が覚めて「僕と俺と私のノート」を開いたら――
『愛雨へ。 業多とかぬかすチンピラにタイマンを申し込まれ、今週の木曜日で約束をした。でも、寝る前によくよく考えたら、当日は俺の番じゃなくて、お前の番だった。すまないが、俺の代わりに十月十日木曜日の午後七時に、武蔵塚の広場に行き、業多に逢ったら、決闘の日を一日延ばすように伝えてくれ』
――というメッセージがあった。
なぜに? なぜに僕が和音の代わりに業多というチンピラに逢わなければいけないの。ものすごく怖い。たまらなくストレス。朝っぱらから過呼吸。
だいたい僕は「業多」という名前に拒絶感を禁じ得ない。だって、業多と言えば、以前母さんがお付き合いをしていた反社まがいの男と同じ名前だもの。その業多ってのは、僕の顔面を浴槽に沈めて殺そうとした男だもの。あの日以来、僕にとっては業多というワードは、イコール殺人鬼のことだもの。
でもなあ。僕が行かなければ、何となく春夏冬くんに被害が及ぶ気がする……何となくそんな予感が……て言うか、数日前に、和音とその業多というチンピラが、春夏冬くんのことで舌戦している会話が何となく聞こえたのだ……。
実は最近、自分が体を使っていない日にも、意識がある。薄っすら、本当に薄っすらだけど、和音や夜夕代の見ている世界を傍観することが出来る。二人が現実世界で誰かと話している会話も、ノイズ交じではあるが、わずかに聞こえる。
すこし前まで、こんなことは無かったのだけどなあ。一度意識を失うと、次に出現するまでの丸二日間の記憶がいっさい無かったものなあ。なんだかなあ。僕という人格が、確実に変化を始めているなあ。気持ち悪いなあ。新種のストレスだなあ。て言うか、そもそも、和音や夜夕代も、僕と同じように、非番の日に僕のことが見えているのかなあ。
血の高校へ登校をする。
教室に入るや否や、春夏冬くんを探す。彼はこの一件を知っているのだろうか。いろいろと相談がしたい。教室を見渡す。あれ、授業開始間際なのに、春夏冬くんがいない。
「ねえ、地図子ちゃん、春夏冬くんは? 春夏冬くんの姿が見えないけど?」クラスメイトの尾崎地図子ちゃんにそう尋ねる。「あれ、愛雨、本人から聞いてなかったの? 春夏冬くんなら、本日東京で開催される空手の全国大会に出場する為、学校はお休みよ」
え、そうなの? 初耳だ。なんだよ、春夏冬くんったら、水臭い。そっかあ、春夏冬くん、不在か。残念だなあ。彼に相談をしたかったなあ。どうしよう。こんなやっかいな問題、他に相談を出来る人が――
「どうしたの、愛雨。いつも浮かない顔をしているあなたが、今日は特別浮かない顔をしているわよ」
地図子ちゃんが、僕の顔を覗き込んで言う。
「――そうだ、君がいた。あのね、地図子ちゃん、相談したいことがあるんだ」
「うんうん。なあに?」
「実は、今日の午後七時に武蔵塚の広場で…………いや、やっぱりいいや」
「な、なによ、言いかけて、途中でやめないでよ、気持ち悪い」
「ごめん、ごめん、忘れて、忘れて。なんでもない。なんでもないから」
結局僕は、授業を終え、図書館で勉強をした後、家の近所にある武蔵塚の広場へ、単身で向かった。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
尾崎地図子 クラスメイト 優等生