60. たわぶれがたき
★視点★ 櫻小路和音
「そうだ。その意気だ。さあ、かかってこい、腰抜け」
俺は、手のひらを上に立て、指先をクイクイと動かし、春夏冬を挑発する。
「不本意だが、やむを得まい。覚悟しろ、和音」
そう言って、戦う気にはなったものの、やつは、いつまでたっても慎重にこちらの出方をうかがうばかり。どうした。ほら。かかってこい。ちっ。埒が明かねえ。ならばこちらから先手を打ってやる。
上空に高く舞い上がり、ド派手な回し蹴りをお見舞いする。しかし、さすがは春夏冬、俺の蹴りを簡単に両腕でガードした。更には、着地した俺の隙を見て、春夏冬が裏拳突きをかましてくる。その攻撃を間一髪でかわす。
春夏冬への割れんばかりの歓声。俺への激しいブーイング。舞台上で突如としてはじまった真剣勝負に会場は大盛り上がり。よし、いいぞ、みんな。騒げ。もっともっと騒げ。
どちらも引かぬ激しい攻防戦。でも最後は、春夏冬の上段逆突きが俺の首元を打った。目の前が真っ白。俺は体育館の舞台の上に仰向けに倒れる。
「すまない、和音。ボクとしたことが、ついカッとなってしまった。大丈夫か。怪我はないか」
春夏冬が、倒れる俺の肩を抱く。
「いてて。大丈夫なわけねえだろうが。思いっきり喰らわせやがって。ほら見ろ、青アザが出来ている。やべえなあ。また体に傷をつけたって、夜夕代に叱られちまうぜ」
「本当にすまない」
「いや、俺はいいけどさ。青タンつくったのはお前なのだから、お前から夜夕代に謝っとけよ」
「うん、そうする」
「お前から声を掛けて、しっかりと謝るんだぜ。いつまでもガキみてえに無視なんかしてんじゃねえぞ。これ以上俺の妹を悲しませたら承知しないぜ」
「分かった。これまでの素っ気ない態度も含めて、しっかりと謝罪をする。約束する」
俺は、春夏冬に支えられて立ちあがり、上着やズボンについたホコリを払う。
「それにしても、お前、やればできるじゃねーか」
「え、何が?」
「分かないか、今お前が置かれているこのイレギュラーなシチュエーションが。お前は、突然襲い掛かって来た俺という不可解且つ予測不能な敵を無我夢中で倒したんだ。大勢の人々の期待を一身に背負ってな。ほら見ろよ、この大歓声を」
「春夏冬くーん、かっこいいー」「春夏冬、半端ねえ」「がんばれよ、春夏冬」「必ず優勝してね」「がんばれー」「がんばって、春夏冬くん」「愛してるー」「結婚してー」全校生徒が、春夏冬に拍手喝采を送る。春夏冬が目をウルウルさせている。
「なにが、イレギュラーは苦手だ。なにが、ルーティーンだ。甘ったれるのもほどほどにしろ。前も言ったが、人生はこんなイレギュラーの連続。どんな想定外も想定内。だろ?」
「だな」
「だぜ」
俺たちは、舞台上で固い握手を交わす。
「お前は、否が応でもみんなの期待に応えなければならない。答え続けなければならない。恐らくそういう星の下に生まれている。それはとても辛くて、それはとても大変なことだけれど、でもそれは、とても幸せなことだと思うぜ。だから、いちいち運命に抗うんじゃねえ。ほら、みんなの期待に応えろ。みんなは、お前のやる気みなぎるスピーチを待っている」
演説台のほうを顎で指す。春夏冬が、コクリと頷き、マイクの前に立つ。
「あらためまして、皆様、本日はお忙しい中、ボクの激励会にご参加頂き、誠にありがとうございます――」
鼻の頭を親指でひとこすり、俺は歩き出す。
「――ボクはここで宣言をします。二日後に控えた全国大会では必ずや優勝をして――」
春夏冬の熱いスピーチを背に、体育館の舞台から下り、重い鉄の扉を開けて外へ出た。まったく、世話のかかるお坊ちゃまだぜ。さて、俺の役目は済んだ。これからの時間は、また血の池公園に戻って、三休和尚の長いお説教でも聴くとするか。
鼻歌を口ずさみ、運動場のど真ん中を歩いていると、おや、何事だあ? 正門の前でうちの学校の生徒が二人倒れている。その横で真っ赤なトレーナーを着た金髪リーセントのヤンキーが不敵に笑っている。
「お~い、あんたら、なにやってんだあ」
近づいてよく見ると、地面にぶっ倒れているのは、以前俺に因縁を吹っ掛けて鼻っ柱を殴られた三年の二人組だった。「ちーっす、先輩。ありゃりゃ。大丈夫っすか~。いや、こりゃあ、どう見ても大丈夫じゃね~な」ボッコボコにやられている。
「おい、そこのチンピラ」
真っ赤なトレーナ―金髪リーゼントが、ドスの効いた声でそう息巻いた。
「なんだい、そこのチンピラ」
とりあえず、そう返事をする。
「同じ目に遭いたくなかったら、この学校の春夏冬宙也とかいう生徒を呼んで来い」
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物
春夏冬慶介 大久手市長 春夏冬くんのお父さん
血の池高校の先輩二人組 和音に喧嘩を売り鼻っ柱を殴られたことがある
チート
業多血人 血の池中学校の元番長