57. 男心と秋の空
★視点★ 櫻小路夜夕代
令和六年、十月四日、金曜日。夜夕代。
抜けるような青空。乾いた空気。季節の移ろい。この世界にやって来て初めての秋。春から夏への移ろいを感じた時もそうだったけど、やっぱあれね、季節って徐々にだんだん変わるものではないわね。季節はある日突然パッと変わる。私はそう思う。いや、気象学のことは詳しく分かんないんだけどね。今朝、目が覚めたら秋がスタートしていた。いや、気象学のことは詳しく分かんないんだけどね。すくなくとも私はそう感じた。
「ねえ、春夏冬くん。一時間目は音楽だよ。音楽室まで一緒に行こう」
登校をした私は、教科書とノートを準備して、いつものように彼に声を掛ける。
「……ごめん。音楽室へは一人で行ってくれるか」
「え~、なんで~」
「見ての通り、日直日誌を書いている途中なのだ。したがってボクは夜夕代と一緒に音楽室へ行くことが出来ない。したがって音楽室へは君一人で行って頂きたい」
「……ふ~ん、分かったよ……」
避けている。あきらかに私を避けている。
いつもなら「おう、いいぞ」の二つ返事で一緒に教室を出た彼が、どうでもいい理由をつけて私との行動を敬遠している。
分かっている。彼の事情は分かっているわ。私と体を共有している愛雨が、彼に「夜夕代に近づくな」とかなんとか抜かしやがったからだ。彼はあのスカポンタンに気を遣っているのだ。
分かっている。愛雨の事情も分かっているわ。小山田マティルダにもてあそばれて傷心しているあいつを、私が親身になって寄り添い、慰め、元気づけた。そしたら、あのスカポンタン、あろうことかこの私に惚れやがった。
分かっている。あたしゃ、じぇ~んぶ分かっている。いや、でも、しかし、だね、マジ有り得ないっしょ。はー、ややこしやー、ややこしやー。
一時間目の音楽の授業が終わった。
「ね~、春夏冬く~ん。一緒に教室に戻ろ~」
再チャレンジよ。教科書とノートを片付け、私は彼に声を掛ける。
「…………」
彼は、私の前を無言で通り過ぎた。私と目を合わさず、聞こえないふりをして。
避けている。清々しいほど露骨に私を避けている。
ちょ、そこまでする? さすがに凹むんですけど。マジでこのガキぶん殴ってやろうかしら。何よ、ついこの間まで、むちゃんこラブラブだったのにさ。愛雨も愛雨よ。私のことガサツ女子だの汚ギャルだのとディスってばっかだったくせに。好意的な素振りなんか皆無だったくせに。まったく男の子って、どうしてこう移り気なのかしら。
抜けるような青空。乾いた空気。季節の移ろい。男心と秋の空? はー、ややこしやー、ややこしやー。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物