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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
和音VS業多ファミリー
56/117

56. 打ち明け話にうなずいて

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

「どうした春夏冬。らしくないぜ」

 普段は見ない弱気な春夏冬の発言と態度を垣間見て、思わず俺はたじろいだ。

「遠方の開催地。不慣れな道場。感触の違う畳。見知らぬ強豪。大勢の観衆。そのような場で、普段から新しい人や状況、予想外の事態への臨機応変な対応が苦手なボクが、良い結果を残せるとは思えない」

「市の大会だって、県大会だって、同じ条件で戦ってきたのだろう。今更なにをビビってやがる」

「違うぞ。県と全国は全然違うぞ。ああああ、ボクはプレッシャーに押し潰されそうだあ」

 あらら、春夏冬が頭を抱え、俺の目をはばからず取り乱している。こいつはパターン化した手順やスケジュールに強くこだわり過ぎるあまり、それが突如として破綻したり、あるいは破綻するのではないかという不安に激しく駆られると、このようにパニックに陥ってしまう。

「落ち着け、春夏冬。先ずは深呼吸だ。……そうだ……そうそう、ゆっくり深呼吸をして冷静になれ。考えてもみろ。お前はこの俺のように昨日今日この世界にやって来た人間じゃねえだろう。この十七年間、さまざまなイレギュラーを乗り越えて生きて来たのだろう。人生は、イレギュラーの連続。どんな想定外も想定内。違うか?」

「……うん。そうだな。和音の言う通りだな」

 涙目の春夏冬が、鼻水をすする。やべえ。なんだか葬式みたいにしんみりしたムードになっちまった。話題を変えるか。

「なあ、春夏冬、中間テストの結果はどうだった?」「どうって。いつも通りさ」「いつも通りってことは、5教科すべて90点以上ってことだな」「うん」「相変わらずお前は頭が良いな。羨ましいぜ」

「君はどうだったんだ?」

「俺と愛雨と夜夕代は三人で一人の評価だからな。その日登校をした者がその日のテストを受ける決まりだ。愛雨が受けた現国と数学、それから夜夕代が受けた英語は、いつも通り高得点だったみたいだぜ」

「君が受けた理科と社会は?」

「解答用紙に名前だけ書いて、昼寝していたっつーの。0点さ。ぎゃはは」

「……なあ、和音。前々から言おうと思っていたのだが、どうして君はわざとそんな振る舞いをするのだ?」

「わざと?」

「わざと馬鹿のふりをする。わざと周囲に迷惑が掛かるような行動をする。わざと駄目な方へ駄目な方へと自分を追い込んで行く。ボクにはその気が知れない」

「悪かったな。俺は生まれつきお前や愛雨みたいに頭の出来が良くねえんだ」

「謙遜もそこまで来ると嫌味だぞ。君は本当に自分がボクや愛雨より頭が悪いと思っているのか? 本気でそう思っているのか? はたから見ていて痛々しいぞ。いい加減にその訳の分からない刹那的思考癖を直したらどうだ」

「やかましい! 俺に説教するな!」癇癪を起し、俺は春夏冬の胸ぐらを掴む。「この負け犬野郎!」続けざまに罵声を浴びせる。だが、春夏冬は澄んだ瞳で俺の目を見ているだけ。「ちっ」俺は舌打ちをひとつして、そっと春夏冬の乱れた襟元を正した。

 やべえ。話題を変えた途端に険悪なムードになっちまった。どうしたものか。

「そう言えば、和音。愛雨と夜夕代の件、聞いているかい」

 おや、珍しく場の空気を察した春夏冬が、いかにも苦し紛れって感じで、別の話題を振ってきた。

「ああ。だいたいの内容は把握している。それにしても愛雨の野郎、ひとつの体で共存する別の人格に恋をするとは前代未聞だぜ。ややこしい話だな、まったくよお」

「愛雨からは『その気がないのなら、もう夜夕代に近づかないでくれ』なんて言われるし、夜夕代は相変わらず子猫のようにボクにまとわりついてくるし――」

「お前も難しい立場だな」

「そうなんだ。あれ以来、愛雨や夜夕代と、いかに接するべきか迷っている」

「だろうな。そりゃギクシャクするわな。へへへ」

「おい、和音。笑い事じゃないぞ」

「くううう、色男。モテる男はつらい」

「茶化すなってば」

 午後の授業開始のチャイムが鳴ったので、春夏冬は慌てて教室に戻った。俺はそのまま武道場の畳の上に寝転がり、しばらく目をつぶっていた。

 周囲からは「怪物」と称される春夏冬。一見して完璧で無敵で孤高の春夏冬。そんな春夏冬だって、俺たちと同じように日々悩んで、日々学んでいるのだ。そう思ったら、俺は春夏冬宙也という存在に格別の趣を感じて、思わずニンマリと笑った。そして、あいつのことを、これまで以上に愛おしく思った。


【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 幼馴染 怪物

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