53. 僕と、ボクの、恋愛問答
★視点★ 櫻小路愛雨
「ボクは、夜夕代のことが好きだ」
「はっきりと言い切ったね」
「もちろん、愛雨や和音も同じように好き。そういう意味で好き」
「春夏冬くん。それはズルいよ。ズルい答えだよ」
「ズルくないぞ。絶対にズルくない。だってこれがボクの紛うことなき本心だから」
「じゃあ、夜夕代に対する好きは、つまり友情ってことだね」
「違う。ボクが夜夕代に抱く感情は、ズバリ、愛さ」
「でも今さっき、僕や和音と同じように好きって言ったじゃないか」
「言ったぞ。だってボクが君や和音に抱く感情も、ズバリ、愛だから」
「さっきから何をトンチンカンなことを言っているの。友情と愛情は別ものだろう」
「別じゃない。友情は愛のニックネームだ。愛という言葉が大袈裟に感じられる場合に、親しみやからかいの気持ちを込めて呼ぶ愛称のようなものだ」
「言っていることがよく分からないなあ」
「友情も愛情も根っこの部分は同じ愛だ、と今ボクは述べている。更に言えば、異性愛も、同性愛も、親子愛も、兄弟愛も、動物愛も、根本は同じだとボクは思う」
「じゃあ、なぜさっき三つ子の兄妹が愛し合うことを否定したのさ」
「心外だな。ボクは近親愛を否定などしていない。社会には様々な偏見や障害と戦って勝ち取らねばならない愛があることはボクだって知っている。でも君と夜夕代の愛はそれ以前の問題ではないかと問うたのだ」
「どういうこと?」
「ボクの想像力が乏しいだけかもしれないが、君と夜夕代が恋愛をしている映像が頭に浮かばない。考えてもみろ。どうやってお話をするのだ? どうやってデートをするのだ? どうやって愛を確かめ合うのだ? ハグは? キスは?」
「じゃあ、春夏冬くんは、自分の中にいる別の人格を愛するということは、しょせんは自己愛の延長だというのかい」
「誰がそんなことを言った。勝手に悲観的な解釈をするな」
「もういい。もう結構。こうして君と話しをしていても埒が明かないということだけはよく分かった。とにかく、金輪際、春夏冬くんは夜夕代に近づかないでくれ」
「なんと」
「お願いだ。夜夕代から手を引いてくれ」
「断る。夜夕代は君の所有物じゃない。もちろんボクの所有物でもないが」
「ねえ。いったい春夏冬くんは、夜夕代をどうしたいの」
「分からない」
「はあ?」
「ゴメン。偉そうなことをたくさん言ったけれど、ぶっちゃけ自分の気持ちがよく分からない」
「何それ。でっかい声で堂々と言うことかよ」
「本当にゴメン。愛が何たるかなんて実際はサッパリ分からない。でもさも分かった感じで喋ってしまった。愛雨、誠に申し訳ない。――ちなみに、ボクは今たまらなくオシッコがしたい。膀胱がパンパンだ。すまないが、話はここまで。失敬する」
そう言い残して、春夏冬くんはトイレに向かった。何だかなあ。やっぱりアレかなあ。春夏冬くんに恋の話を相談するは間違いだったかなあ。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物
尾崎地図子 クラスメイト 優等生
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