52. 恋しちゃいました
★視点★ 櫻小路愛雨
令和六年、十月二日、水曜日。愛雨。
「春夏冬くん、ちょっといいかな。相談したいことがあるんだ」
十月に入り朝夕は涼しくなったものの、日中はまだまだ暑いなあ。いったいこの残暑はいつまで続くのだろう。昼休憩にお弁当を食べ終えた僕は、自席でまだお弁当を食べている春夏冬くんに話しかける。
「悪いが、あと1分30秒ほどでお弁当を食べ終わるから待ってくれないか。今はただ食事に集中をしたい」
背筋を伸ばし、お弁当箱を片手に規則正しい箸さばきで、春夏冬くんが食事をしている。食べ物を一口頬張ると、きっちり15回咀嚼をする。これも彼のいつものルーティーン。
「ごちそうさまでした。――で、相談ってなんだ、愛雨」
静かに箸を置き、合唱をすると、彼は食べ終えた弁当箱を鞄に片付けた。
「……あの……その……え~っとですねえ……」
僕は、彼の隣にちょこんと座り、指先をモジモジとこねくり回す。
「そのように奥歯に物が挟まった話し方をしないでくれないか。苦手だ」
「て言うか、春夏冬くん、僕の相談を聞いて笑わない?」「安心しろ。ボクは君の相談内容を聞いて笑ったりはしない」「本当に?」「うん」「とか言いつつ、絶対笑うもん」「笑わない」「絶対に笑う」「笑ってほしいのか」「違うよ」「ななな、何なのだ、さっきから。さっぱり訳が分からん。早く要件を話してくれ」
恥ずかしいなあ。言いにくいなあ。でも、他に相談が出来る者もいないし。春夏冬くんも深く関わる事でもあるし。
「実はね、僕ね、恋をしちゃったみたい」
顔面が熱い。恐らく今僕の顔は真っ赤かだ。
「いまだ心の傷が癒えていない君には同情する。しかし、悪いことは言わん、小山田マティルダのことは諦めろ」
「違うよ。小山田マティルダとの一件は、もう過去のことさ。今僕が恋をしているのは、彼女じゃない。僕の好きな人は、僕の中にいる」
「え?……夜夕代?」
「うん。実は、小山田マティルダとお付き合いをしている時から、夜夕代のことがだんだん特別な存在になっていた。だって、こんな僕のことをいつも応援してくれたからね。それから、マティルダに弄ばれて傷心する僕を『僕と俺と私のノート』を通じて、全力で勇気づけてくれた。あのメッセージを読んだ時、自分の本当の気持ちに気付いた。僕は夜夕代のことが好きなのだと」
「驚いたな」
「近いうちに告白をしようと思う。僕は夜夕代とお付き合いがしたい。ねえ、春夏冬くん、どう思う? 君の率直な意見を聞かせて欲しい」
「でも、君と夜夕代は」
「社会一般の倫理観念に反することだというのは分かっている。僕たちは三つ子の兄妹だからね」
「それ以前の話だよ。仮に君が夜夕代に告白をして、仮に彼女がオッケーをしてだね。実際問題ひとつの体をシェアする者同士がどうやってお付き合いをするのだ。それに、万にひとつ君たちの恋が実ったとして、結婚は? 出産は?」
「春夏冬くんの考えは、いささか古いよ。恋愛の目的は、戸籍に名を連ねることや、お互いの子孫を残すことだけじゃない」
「それはそうだけど」
「ショックだよ。なんだか、さっきから否定的な意見ばかりだね。もっと親身になって相談に乗ってくれると思っていたのに。要するにアレか。春夏冬くんは、僕に夜夕代を取られるのが嫌だってことか。て言うか、この際だから聞くけど、ぶっちゃけ、春夏冬くんは、夜夕代のことをどう思っているの」
「どうって……」
「夜夕代が君にぞっこんなのは、さすがの君でも気付いているよね」
「そりゃまあ……」
「答えてよ。春夏冬くんは、夜夕代のことが好きなの」
「うん。好きだよ」
「え?」
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物