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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
エピソードゼロ 三つ首地蔵事件
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5. 険悪なムード

 おやおや、櫻小路社長。このクソ暑い時期にわざわざ現場まで足を運ばせて、いったい何の相談かと思えば、とんだ世迷い事をおっしゃる。では、私も率直に返答をさせて頂きます。答はノーです。事前に通告をした通り、この場所には巨大なショッピングセンターの建設が既に決定をしています」

「そこをなんとかなりませんかねえ。この地域を遥か昔から見守っている地蔵菩薩です。住民に愛されてきた地蔵様なのです。せめて撤去ではなく、どこかへ移設をするとか」

「ご冗談を。いったいどこに移設しろと言うのですか。こんな薄汚い地蔵の移設先など、どこにもない。森林の伐開除根工事の際は、地域住民の意見を汲んで、一旦はここに残置することに目をつぶりましたが、今回は許可をし兼ねます。速やかに取り壊して下さい」

 春夏冬が足元の小石を地蔵堂に向けて蹴り、フンと鼻で笑う。それを見た櫻小路の表情がにわかに険しくなる。

「お言葉ですが、議員。あなたには人情ってものがないのですか。そう簡単に取り壊せと言われても、我が社では現実的に無理な話ですよ。何故なら、うちの社員が誰もやりたがらない」

「それを強引にでもやらせるのが、社長であるあなたの役目でしょう」

「そいつも無理な話だ。何故なら、私もこの地蔵堂を破壊するのは気が引ける。きっと良くないことが起きる。そんな気がしてならない。ハッキリ言う。俺は、やりたくねえ」

「おい、櫻小路。誰に物を言っているのだ、誰に」

 櫻小路の立場をわきまえぬ物言いに対し、春夏冬が、いよいよ癇癪を起した。三つ首地蔵の地蔵堂を間に挟み、二人が激しい舌戦を開始する。

「誰って、あんたに決まっているでしょうが」

「日頃から割の良い公共工事を斡旋してやっている恩を忘れたか」

「忘れちゃいねえ。感謝しているさ。でも、それとこれとは話が別だ」

「別ではない。命令だ。今ここで、直ちにこの地蔵堂を撤去しろ」

「……おい、春夏冬。こちらが下手に出ているからって、あまり調子に乗るなよ。テメエこそ、さっきから誰に口を利いてんだ。あ?」

 櫻小路の口調が、春夏冬の部活の先輩だった二十年前に戻る。桜小路の豹変に一瞬ひるんだ春夏冬であったが、そこは夢の実現のためには犠牲を厭わない男。即座に気持ちを整え直し、毅然とした態度で櫻小路にこう告げる。

「黙れ。私の命令に従えないのであれば、櫻小路建設には、只今をもって本工事から撤退をしてもらう。市との契約も破棄してもらう。そして、貴様が二度とこの街で仕事が出来ないように、私があらゆる人脈を駆使して貴様に圧力をかけてやる。私にはその力がある。 櫻小路、私を舐めるな」

 櫻小路には、春夏冬の発言がただの脅しでないことは、その長きにわたる付き合いから、分かり過ぎるほどに分かっていた。こいつはやると言ったらやる男だ。

 彼の脳裏に、会社設立当時から自分を慕って付いて来てくれた多くの社員たちの顔が浮かんだ。それから、陰ながら自分を支え続けてくれた妻の顔が浮かんだ。そして、その妻のお腹から産まれてくる三人の我が子の姿が浮かんだ。みんなを路頭に迷わせるわけには行かない。

「誠に申し訳ありません。私が間違っていました。直ちにこの地蔵堂を取り壊します」

 意を決した櫻小路は、そう春夏冬に深謝をすると、近くで稼働していたショベルカーを止め、「おい、(ごう)()、代われ」と叫び、オペレーターと交代をして、自分が操縦席に乗り込み、操作レバーを握った。みずから地蔵堂を破壊するつもりなのだ。

「ふん。そうやってはじめから大人しく私の命令に従っていればよいのだ」

 春夏冬が、口角を吊り上げ、満足げに笑っている。櫻小路の乗ったショベルカーが、機械先端のバケットを象が鼻を振り回すように動かし、キャタピラーをきしませながら、地蔵堂に迫る。

「こらああ! 貴様らああ! そのお地蔵様に何をするつもりだああ!」

 すると、事の様子を遠くからうかがっていた一人のお坊様が、工事用バリケードをくぐり抜け、下駄を脱ぎ捨て裸足になると、大急ぎでこちらに駆けて来るではないか。


【登場人物】


一里塚林檎いちりづかりんご エピソードゼロの語り手 


櫻小路欽也さくらこうじきんや 櫻小路建設の社長 


春夏冬慶介あきないけいすけ 大久手市の市会議員

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― 新着の感想 ―
[良い点] くぅぅぅ…! なんて面白い小説なのでしょうか…!!!
[良い点] 絶対に壊さないで(>人<;)と願う。 お坊さん!頑張って!
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