49. 小山田マティルダの居場所
★視点★ 櫻小路和音
「聞き慣れない名前だが、どこか聞き覚えのある名前でもあったので、念の為確認をしたら、確かに小山田マティルダは本校の生徒だったようだね」
古戦場女子高校の職員室を訪ね、春夏冬が事細かに事情を説明すると、三年の学年主任と名乗る教員が、突然の訪問にもかかわらず、とても親切に対応をしてくれた。
「――だった? なぜ過去形なのですか?」
俺たちは、職員室の外の廊下にいる。A4サイズの資料を見ながら話す学年主任に向かい、春夏冬が疑問を呈する。俺は、春夏冬の後で二人の会話を聞いている。
「在学期間証明書のリストに名前があった。記録では、一年生の四月に自主退学をしているね。つまり本校には、ひと月も来ていないが、かつて本校の生徒であったことは間違いない」
な、なんだって? 小山田マティルダは、入学をしてすぐに人知れず退学をしていた? じゃあ、古戦場女子高校の制服を着て、愛雨の前に現れたあの女はいったい。
「ボクたちは小山田マティルダを捜しています。先生、お願いです。彼女と連絡が取れる情報を提供して下さい」
「いや~、住所や電話番号の記録はあるにはあるが、悪いけど、数年前に退学をした者とはいえ、生徒の個人情報を簡単に教える訳にはいかないねえ」
「小山田マティルダは、ボクの親友を詐欺的行為で錯誤に陥らせました。親友は今、心に深い傷を負っています。ボクは彼女を許さない。場合によっては、法的処置も辞さない覚悟です」
春夏冬が、愛雨のことを「ボクの親友だ」と公言しやがった。ふん、なんかおもしろくねえぜ。
「そんなこと言われてもねえ。血の池高校の生徒だということ以外素性の分からぬ者に、簡単に情報を提供出来る筈がない。悪いけど、諦めて帰ってくれないか」
「あの~、ちょっといいっすかあ」
重要な情報が目の前にある。ここまで来て引き下がる訳にはいかねえ。意を決した俺は、二人の会話に割って入る。
「先ほど先生は『素性の分からぬ者』とおっしゃいましたが、ちなみに、こちらにいる生徒は、何を隠そう、現大久手市長・春夏冬慶介のご子息なんすけどね」
「え、そうなの?」
学年主任の顔が一瞬こわばった。
「いや、別に、だからどうって話じゃないんすけどね。ただ俺は、市長のご子息にぞんざいな対応をしたことによって、今後のあなたの教員人生が暗いものにならなければよいな~なんつって、あなたの身を案じているだけであってね」
「う~む。忌々しい生徒め。で、私にいったいどうしろと?」
「いや、先生は何もなさらなくてよいのです。むしろ俺たちは、先生に些細な手間も取らせたくはない。だからほら、現在先生が手にしているそのA4のペラ紙、その不要な資料を、俺たちに処分させて頂きたい」
「そ、そうだな、私は大変忙しい。君たちに、この不要な資料の処分をお願いすることにしよう」
俺は、学年主任が手にしていたA4の資料を、ちゃっかり受け取った。
「はい、確かに引き受けました。ただ今より速やかにシュレッダーにかけて処分させて頂きます。え~っとシュレッダー、シュレッダー、シュレッダーはどこかな~」
わざとらしく物を探す仕草をしながら、俺は、駆け引きの内容を把握できずキョトンとする春夏冬の袖を引き、小走りで古戦場女子高校を後にした。
学年主任から貰った資料には、小山田マティルダの現住所と電話番号の記載があった。俺は自分の家の電話から、春夏冬に小山田マティルダの自宅へ電話を掛けてもらった。マティルダの父親が電話口に出た。春夏冬は、今回の件を父親に丁寧に説明した。父親は、一通り内容を聞き終えると、先ずは深く謝罪をし――
「本来であれば、こちらが娘を連れて謝罪に伺わなければなりませんが、実は現在娘は簡単に外出が出来る環境にいません。誠に申し訳ないのですが、今からお伝えする場所に来ていただけないでしょうか。娘はそこに居ます。今から私も娘のところへ向かいます」
――と言い、マティルダの居場所を俺たちに告げた。俺と春夏冬は教えられた場所に自転車で向かった。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物
古戦場女子高校の学年主任 物分かりの良い男
マティルダの父親 娘の悪行を謝罪する