47. 泣いてあげる
★視点★ 櫻小路愛雨 櫻小路夜夕代
あれ? び、びっくり! 現れるはずのない日に、夜夕代ちゃんがしれっと現れちゃったんですけどおおお!
うっひょおおお! 愛雨がプールに突き落とされ、私がこの世に現れたあの日以来、眠っている間以外で、はじめて私らの人格が入れ替わったあああ!
――な~んて呑気に驚いている場合じゃないのだわ。こんちきしょー、あの女、絶対に許さない。
「おい、待て! あんただよ、あんた! 聞こえないの? 待ちなさいって言っているでしょうが!」
私は、マティルダの背中に、非難の声を浴びせる。するとマティルダが怪訝そうにこちらを振り向く。
この瞬間、私は、僕に戻った。あれ、少し前の記憶がないぞ。ショックで意識が一瞬飛んだのかなあ。
「……ねえ、陰キャ。今、誰かが、私を呼び止めなかった? 明らかに女の声だった……」
「……なんのことだろう? ごらんの通り、ここには君と僕しかいないけど……」
絶望に暮れながらも、僕は、マティルダの問いに答えた。
「ふん、気のせいか」と言い捨て、またマティルダが歩き出す。
「ひどいじゃない! あんまりじゃない! 人の心をもてあそびやがって! 同じ女として、私はあなたを許さない! 絶対に許さないんだからね!」
再度、恐る恐る振り返ったマティルダが――
「また、女の声がした……おい、まさか、今しゃべったの、お前か?」
――再度、僕に問い掛ける。
「……空耳じゃない? あ、ひょっとして君、霊感ある? この古戦場を漂う怨霊の声が聞こえるとか?」
僕がそう脅かすと「ひいいい。気味が悪いいいい」と叫び、マティルダは古戦場公園から一目散に走り去った。
またほんの一瞬、意識が飛んだようだ……女の声って何だ?……そうか、わかったぞ、夜夕代が体を無断で乗っ取ったな。まったくもう、夜夕代ったら、困った娘だ。
――それから僕は誰もいなくなった古戦場公園で、ぶつぶつと独り言を呟く。
夜夕代、聞こえるかい? ごめんね。君にはたくさん応援してもらったけれど、この恋は、まるでお話にならない結末を迎えてしまった。マティルダちゃんとの関係は、恋とか、愛とか、そんな次元の話ではなかったみたい。僕は今、失恋すら一人前に出来ていない。なんとも宙ぶらりんな、変な気持ちだよ。自分が情けない。恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
ねえ、夜夕代。おかしいなあ。泣きたいのに、泣けないんだ。要するに、悔し涙を流す以前の出来事ってことかなあ。確かに、陰キャが女子高生にもてあそばれただけだからね。僕には、泣く権利もないってことだね。えへへ。こうなるともう、自分を笑うしかありません。
ああ、また頭の中が真っ白になってしまった。もう何も考えられない。消えたい。今すぐここから消えて無くなりたい。僕は……僕は……僕は――
――僕は、私になった。
は~、やれやれ、もっともらしい理由がないと、素直に泣くことも出来ないか。なんだかなあ、男の子って、なんて不憫な生き物なのかしら。
愛雨。あんたは、しばらく引っ込んでいなさい。泣いてあげるから。あんたの代わりに私が泣いてあげるから。あんたの辛さを。悔しさを。悲しさを。ぜ~んぶ私が引き受けて、泣いてあげるから。
そう虚空に呟き、深呼吸を数回繰り返した後――
「うわああああああん。可哀想な愛雨ううう。そっか~、騙されちゃったかあああ。辛かったねえええ。悔しかったねえええ。悲しかったねえええ。マティルダの馬鹿ああああ。変な髪型あああ。うわああああああん」
――私は、夕暮れの誰もいない公園で、愛雨の代わりに、涙が枯れるまで大声で泣き続けた。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
小山田マティルダ (自称)古戦場女子高校・演劇部の部長