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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
愛雨、告られる
46/117

46. 悪役令嬢と陰キャの恋

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 え? な、なにごと? 

 瞼の向こうに現われたのは、眉間に深いシワをよせたマティルダちゃん。先ほどまでの柔らかな笑みをたたえたマティルダちゃんとは別人のようだ。

「あ~あ、止め、止め、止め~た。たかが陰キャ、されど陰キャなんつって、陰キャに期待した私が馬鹿だったわ。陰キャはどこまで行ってもただの陰キャってことね」

 そう言い放つと、肩から下げていた鞄の中から一冊の本を取り出し、それを僕に向かってポイと放り投げた。

『戯曲 悪役令嬢と陰キャの恋』

 表紙には、でかでかとそう記されている。そして、タイトルの下には『令和六年 古戦場女子演劇部 文化祭演目』という文字が続く。

「あらためて自己紹介をさせてもらうわ。私は、古戦場女子高校の三年、演劇部の部長、名前を、小山田マティルダ」

「演劇部の部長?」

 ハキハキと自己紹介をされたところで、僕の混乱は収まらない。

「実は、今年の文化祭で発表する演劇の台本を書いていて煮詰まっちゃってさ。異世界から転生をした悪役令嬢と、現代の何の取り柄もない陰キャが、苦難を乗り越え結ばれるってラブコメなんだけどね」

 マティルダは、捨てた台本を指差し、話を続ける。

「台本を書き上げたものの、作中の陰キャが今一つリアリティーに欠けるし、ラストのキスシーンも盛り上がりに欠けることに気が付いたのよ。でも如何せん良いアイデアは浮かばないし」

「……はあ」

「そこで私は名案を思い付いた。実際に街に出て、手ごろな陰キャに声を掛け、そいつの前で悪役令嬢を演じ、疑似恋愛へと持ち込む。そして、リアルな陰キャがどのような反応をするかよく観察し、それを台本に反映する。――でも、失敗だった。だって、お前、なんの面白味もない人間なのだもの」

「……そんなこと言われても」

「しばらく我慢して付き合っていたけど、お前からは、なんのインスピレーションも得られなかった。もっと意外な展開を期待したんだけどね。キスの寸前にオシッコちびるとか。興奮して頭がおかしくなって『ちょ~ちょ、ちょ~ちょ』なんつって歌い踊るとか。いやマジで、お前、生きてて楽しいかあ? お前のようなつまらない人間がこの世に生息しているのは罪なことだぞ。一日もはやく死ぬことをお勧めする」

 遅ればせながら脳ミソが活動をはじめているようだ。僕は、現実を全否定したい自分を抑え、状況を理解し始めた。

「ひどいよ。僕は君と本気で結婚をするつもりで」

「やめてよ、気持ち悪い」

「あんまりだよ、マティっち」

「ヘドが出る。おい、陰キャ。もう二度と私の名前を気安く呼ぶな」

 ぺっ。彼女は地面に唾を吐いた。さすがは演劇部の部長だなあ。迫真の演技だなあ。彼女は今、悪役令嬢そのものだ。

「あ~あ、この台本はボツだわ。早く家に帰って、また新しい台本を一から練り直さなくちゃ。じゃあね陰キャ。サンプルになってくれたお礼に、その台本はお前にくれてやる。好きに使っていいわよ。――それでは、チャーミング王子、ごきげんよう、さようなら」

 マティルダが、嫌みったらしく出逢った時と同じカーテシーという挨拶をし、僕に背を向け歩き始める。

 なんてこった。騙されているとも知らないで、僕は彼女を本気で好きになっていた。情けない。恥ずかしい。頭の中が真っ白。もう何も考えられない。消えたい。今すぐここから消えて無くなりたい。ああ、僕は……僕は……僕は――

「ちょっと、あんた、待ちなさいよ」

――僕は、私になった。

 気が付くと私は、立ち去ろうとするマティルダに向かい叫んでいた。

あれ? び、びっくり! 現れるはずのない日に、夜夕代ちゃんが現れちゃったんですけどお。うっひょおおお。愛雨がプールに突き落とされて、私がこの世に現れたあの日以来、眠っている間以外ではじめて私たちの人格が入れ替わったあ。――な~んて呑気に喜んでいる場合じゃないわ。こんちきしょー、このアマ、絶対に許さない。

「おい、待て。あんただよ、あんた。聞こえないの。待ちなさいって言っているでしょう」

 マティルダの背中に、非難の声を浴びせる。するとマティルダが怪訝そうにこちらを振り向く。

「……おい、陰キャ。今、誰かが、私を呼び止めなかった? 明らかに女の声だった」

 あれ、少し前の記憶がないぞ。ショックで意識が一瞬飛んだのかなあ。

「なんのこと? ここには君と僕しかいないけど」

 絶望に暮れながらも、僕は、マティルダの問いに答える。

「ふん、気のせいか」と言い捨て、またマティルダが歩き出す。

「ひどいじゃない。あんまりじゃない。人の心をもてあそびやがって。同じ女として、私はあなたを許さない。絶対に許さないんだからね」

 再度、恐る恐る振り返ったマティルダが――

「また、女の声がした……おい、まさか、今しゃべったの、お前か?」

――再度、僕に問い掛ける。

「空耳じゃない? あ、ひょっとして君、霊感ある? この古戦場を漂う怨霊の声が聞こえるとか?」

 僕がそう脅かすと「ひいいい。気味が悪いいいい」と叫び、マティルダは古戦場公園から一目散に走り去った。

 またほんの一瞬、意識が飛んだようだ。女の声って何だ? え、ひょっとして夜夕代が体を無断で乗っ取った? 

「夜夕代、聞こえるかい? ごめんね。君にはたくさん応援してもらったけれど、マティルダちゃんとの関係は、恋とか、愛とか、そんな次元の話ではなかったみたい。僕は今、失恋すら一人前に出来ていない。自分が情けない。恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたい。おかしいなあ。泣きたいのに、泣けないんだ。僕には、泣く権利もないってことかな。えへへ。こうなるともう、笑うしかありません。ああ、また頭の中が真っ白になってしまった。もう何も考えられない。消えたい。今すぐここから消えて無くなりたい。僕は……僕は……僕は――やれやれ、もっともらしい理由がないと、素直に泣くことも出来ないか。なんだかなあ、男の子って、なんて不憫な生き物なのかしら」

――僕は、私になった。

「愛雨。あんたは、しばらく引っ込んでいなさい。心配しなさんな。泣いてあげるから。あんたの代わりに私が泣いてあげるから。あんたの辛さを。悔しさを。悲しさを。ぜ~んぶ私が引き受けて、泣いてあげるから」

 そう言って私は、深呼吸をした後――

「うわああああん。可哀想な愛雨う。そっか~、騙されちゃったかあ。辛かったねえ。悔しかったねえ。マティルダの馬鹿あ。変な髪型あ。うわあああああん」

――夕暮れの誰もいない公園で、愛雨の代わりに、涙が枯れるまで泣いた。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


小山田おやまだマティルダ  (自称)古戦場女子高校・演劇部の部長

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