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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
愛雨、告られる
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45. チュはきませり

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 令和六年、九月十七日、火曜日。愛雨。


 授業後に、いつものようにマティルダちゃんとジャスオンのフードコートで落ち合う。お茶をした後、近くにある古戦場公園を、手を繋いで散歩する。歩きながら彼女は、前世の中世ヨーロッパでの思い出をたくさん話してくれた。辛い思い出がたくさんあるみたいで、話している途中で泣き出すこともあった。僕は、心を尽くして彼女を慰めた。



 令和六年、九月二十日、金曜日。愛雨。


 日暮れまで、彼女と手を繋いで、古戦場公園を散歩する。

「ねえ、マティルダちゃん。次の二十三日。秋分の日の振替休日だけどさ。一緒に隣町の水族館に行かない?」

 勇気を出して彼女を休日のデートに誘ってみる。返事は即オッケー。すごく喜んでくれた。断られるのではないかと思っていたので、僕もたまらなく嬉しかった。

 家に帰り「僕と俺と私のノート」を開くと、夜夕代からのメッセージがあった。

『ラブラブかい? ひゅーひゅー、熱いよ、お二人さん』



 令和六年、九月二十三日、月曜日。愛雨。


 マティルダちゃんと、隣町にある水族館でデートをした。珍しい魚たちを観て目を丸くしているマティルダちゃんが、とろけるように可愛かった。楽しいイルカショー。迫力満点のシャチのショー。僕たちは、時が経つのを忘れて楽しんだ。永遠ってこういう時間のことをいうのかな。

 家に帰ると、また夜夕代からのメッセージ。

『愛雨よ、Xデーは近いぞ。 ぼちぼちマティルダちゃんからキスして欲しいと言われる可能性有り。よいか、キスの瞬間は「もろびとこぞりて」のメロディーにのせて「チュはきませり~ チュはきませり~」と心の中で歌うのだ。いくらか緊張がほぐれるだろう。健闘を祈る。レッツ・キス』

 ふざけちゃってさ。でも、夜夕代は、僕たちのことをずっと応援をしてくれている。有難い。



 令和六年、九月二十六日、木曜日。愛雨。


 マティルダちゃんとお付き合いをはじめて二週間が過ぎようとしていた。いや、正確には「マティルダちゃんと婚約をして――」と言うべきか? 

 平日は、いつものように授業後にジャスオンのフードコートで落ち合い、お茶をして、それから、古戦場公園を散歩する。

 大久手市にある古戦場公園は、天正12年に羽柴秀吉と徳川家康が激烈な戦いを繰り広げた主戦場跡地で、国の史跡に指定されている。園内には武将の塚や郷土資料室なんかもある。

 園内の緑の中を、彼女と手を繋いで散歩する。

「ほら、マティルダちゃん、見て。樹々がだんだんと赤く色づきはじめている。綺麗だね」

「はい、とても美しゅうございますわ、チャーミング王子」

 僕たちは勝入塚という史跡の近くで立ち止まる。西の空に滲む太陽が、彼女を赤く染める。

「――あの日、城の使いの者が屋敷にガラスの靴を持って現れ、この靴を履けた者が王子妃であると告げたあの時――」

 マティルダちゃんが夕空を眺め、ぽつりぽつりと話し始めた。美術室にある石膏の彫刻像のような横顔が美しい。

「私は、どうしても王子と結婚がしたくて、サイズの合わないガラスの靴に自分の足を収めるため、かかとをナイフで切り落とした」

「…………」

「血まみれの足をガラスの靴に捻じ込み、我こそはプリンス・チャーミングの王子妃であると、毅然とした態度で城に向かいました。でもやはり嘘は簡単に暴かれてしまった。それからは、愛する王子をシンデレラに奪われ、鳩に両目をえぐられ、人生は散々でした」

「…………」

「でも、神は私を見捨てはしなかった。こうして転生し、こうして王子と出逢えるチャンスを与えて下さった。――ねえ、王子。私たち婚約しているのですよね?」

「うん」

「今度こそ、王子は私と結婚をしてくれるのですよね? 偽りではありませんよね?」

「もちろんだよ、マティっち。嘘なんかじゃない」

「マティっち?」

「これからは君のことをマティルダではなく、マティっちという愛称で呼ぶよ。だってそのほうがより親密な感じがするから」

「まあ、嬉しい。でも王子、私とより親密な関係になりたいのであれば、私は、今ここで、愛の口づけを交わして欲しゅうございます」

 きっ、きたー。チュはきませり。

「この国は、口づけの文化に疎いと聞きます。私がリード致しますわ。さあ、王子、瞳を閉じて――」

 チュはきませり~。チュはきませり~。言われるがまま、無言でゆっくりと瞼を下げる。

 チュはきませり~。チュはきませり~。チュは~、チュはき・ま・せ・り~。

…………。

……………………。

………………………………。

……あれ? チュは? チュ、きませんけど……。僕はうっすらと瞼を上げる。

 次の刹那――

「糞つまらねえリアクションだな、まったくよお。この陰キャ、ちょーイラつくわあ」

 やって来たのはチュではなく、マティルダちゃんの怒号だった。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


マティルダ (自称)異世界からやって来た悪役令嬢 



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