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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
愛雨、告られる
44/117

44. 私たち婚約したのですよ 手ぐらい繋いで下さいな

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 令和六年、九月十四日、土曜日。愛雨。


 マティルダちゃんと一緒にジャスオン長久手店のフードコートにいる。人生初のデート。相手は、なんと異世界から転生して来たという女の子。僕たちは、外の景色が観えるタウンター席に並んで座っている。僕はアイスコーヒーを飲む。彼女はチョコレートパフェを食べている。

「ねえ、マティルダちゃん。君は、いつこちらの世界にやって来たの?」

「あれは、今から半年ほど前。シンデレラと前世のあなたの結婚式の日。教会でシンデレラの肩にとまったハトに両目をつつかれ、目玉をくりぬかれた瞬間に、私はこの世界に転生をしました」

「可哀想に。なんという酷い目に」

「くりぬかれた目玉が床にボトリと落ちるところを、もう片方のくりぬかれた目玉が見ていました。おぞましい瞬間でしたわ」

「シンデレラって、実はとても残酷なお話なのだね」

「お掃除も出来ない、お勉強も出来ない、礼儀作法も知らない、何をやらせても駄目な義理の妹に、私は辟易していましたの。それでも母からシンデレラの教育係を命ぜられたのですから仕方がない。もう一人の姉と共に、誠意をもって指導をしましたわ」

「なるほど。あれは虐めていたのではなくて、妹の教育をしていたのか」

「もちろんですわ。それをあの灰かぶりときたら、最後に自分だけちゃっかり幸せを掴み、私たちへの恩を仇で返した」

「ちっくしょう。灰かぶりめ。話を聞いていたら、だんだん腹が立ってきた」

「目玉をくりぬかれ、意識を失った瞬間、私は暗黒の闇の中を飛んでいました。恐らく時空を超えていたのでしょう。そしてその時、神のお告げを聞いたのです」

「神のお告げ?」

「そうです。『マティルダよ。お前はこれから異世界に転生をする。その街には、現世でお前が添い遂げることの出来なかったチャーミング王子の生まれ変わりが生きている。お前は、その若者を見つけ出し、次こそは王子と結ばれるのだ』神は私にそう告げました」

「で、気が付いたら、この街にいたと……」

「はい。古戦場女子高校の生徒に転生をしていました」

「ちなみに、君は今、どこに住んでいるの?」

「この街で一番高いお城の最上階に住んでいます。そこには私の召使が沢山いて、召使たちは何から何まで私のお世話をしてくれます。私はいつも寝室で寝ているだけ」

「はあ? この街にお城なんて無いけど」

「お城の生活は退屈だし、私には現世でチャーミング王子と出逢うという目的があったので、私は召使いたちの目を盗んでは下界に下り、王子を捜しました」

「その王子が、僕?」

「はい。あなたです」

「んな、馬鹿な」

「前世の面影があります。間違いありませんわ」

「どうしてそんな確信が持てるの? 似ているだけで、人違いかもしれないよ」

「ビビッときた。だから間違いない。私は自分の直感を信じます」

「いや、でも――」

「私の言うことに文句がおあり?」

 マティルダちゃんが、射るような眼差しで微笑む。

「――ありません」

 首をすくめ、僕はアイスコーヒーのストローの先端を噛む。

「私と婚約して下さる?」

「はい」

「嬉しゅうございます」

 青い瞳を潤ませ、チョコレートパフェの底部のコーンフレークを長いスプーンでザクザクと潰すマティルダちゃん。どうしよう。婚約しちゃった。

 それにしても、世の中には、常識では測り知れないことがまだまだ沢山あるのだなあ。腑に落ちないところを指摘し始めればキリがないが、夜夕代がアドバイスしてくれた通り、婚約をしたからには僕が彼女に寄り添ってあげなくちゃ。空になったグラスの中で、溶けた氷が音を立てて崩れる。さあ、ぼちぼちどこかへ遊びに行こうかな。

「ねえ、マティルダちゃん。どこへ行きたい?」

「私、万博記念公園へ行ってみたいわ。行ったことがないのです。それは緑豊かな公園であるそうな。そんな素敵な公園を王子と散歩できたなら、ああ、夢見心地」

「いいね。万博記念公園なら、僕は、子供の頃から嫌というほど行っている。目をつぶってでも案内が出来るよ。ここからならリニアモーターカーに乗ってひとっ飛びさ」

 しばらく歩くと、マティルダちゃんが無言で右手を差し出してきた。

「え? なに?」

「んもう。私たち婚約したのですよ。手ぐらい繋いで下さいな」

 か、可愛い。たまらなく可愛いぞ。もう異世界とか転生とかそっちのけで可愛すぎる。勇気を振り絞って左手で彼女の白魚のような手を掴む。やわらか~い。手を繋いだ途端に彼女の匂いが。ああ、女子の匂い。

「あら、王子。この世界ではそのような歩き方が流行りなのですか」

「え?」

「右手と右足、左手と左足を同時に出している。あちらの世界ではそのような歩き方をする者はいなかった」

「いや、これは、緊張しちゃってつい……もお、マティルダちゃん、意地悪言わないでよ」

「おほほ」

 こうして僕は、マティルダちゃんと、徐々に親密な関係になって行った。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


マティルダ (自称)異世界からやって来た悪役令嬢 



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