43. 夜夕代ちゃんは、ふたりの恋愛を応援しているからね
★視点★ 櫻小路夜夕代
令和六年、九月十三日、金曜日。夜夕代。
「そのJKが自分を悪役令嬢だと名乗ることの何がそんなにおかしいの? 春夏冬くんのほうこそおかしいよ」
ジャスオン長久手店のフードコートで、おろしぶっかけうどんにカボスを絞りつつ、珍しく私は春夏冬くんに苦言を呈した。
「だってさあ、夜夕代、ちゅるちゅる、おかしくないか、ちゅるちゅる、みずからを悪役だなんて、ちゅるちゅる、人は皆人生の主役であるべきだ、ちゅるちゅる」
かき揚げ1個、稲荷寿司2個、きつねうどんに生姜を山ほどトッピング。いつものメニューをテーブルに並べ、春夏冬くんがうどんを食しながらそう答える。
「マティルダちゃんだっけ? 謙遜しているのかも。平民の前で自分を貴族の令嬢であると名乗ることにためらいがあるから、あえて自分を悪役と卑下したとか」
「そんなタイプには見えなかった。ボクのことを醜い召使いだと平然と罵ったし。とてもプライドの高い人物という印象だった」
確かに、意識の私があの日の騒動を虚空から見ていた時も、お世辞にもおしとやかな令嬢という感じではなかったけどさ。
「だけどさ。本人が悪役令嬢だって言うのだから、もうそれでいいじゃん。それともなに? 悪役令嬢は人を好きになっちゃいけないの? 恋をしちゃいけないの? 愛しのマイダーリン・春夏冬宙也は、そんな偏見で人を見る男だったの? マジでガッカリなんですけど」
「ちゅるちゅる、そんな偏見は、ちゅるちゅる、天地神妙に誓って、ちゅるちゅる、無い、ちゅるちゅる」
「こら、真面目な話をしているのだから、一旦お箸を置きなさい。それで、和音はこの一件をどう判断したの?」
「あのマティルダなる人物は完全なる妄想狂だと。彼女と愛雨をこれ以上接触させるのは危険だとも言った」
「はあ? な~それ。信じられない。なんなのよ、あの三白眼のチンピラ野郎。私に春夏冬くん、愛雨にマティルダちゃん、自分だけ恋人がいないからヤキモチを焼いているのかしら」
「夜夕代、そんな言い方をするものではないよ。和音は、愛雨のことを誰よりも心配しているのだ」
「それが余計なお世話だっちゅーの。恋愛ぐらい愛雨の自由にさせてやれっちゅーの。もう決めた、こうなったら私は、徹底して二人の恋愛を応援しますからね」
食事を終え、私たちは食べ終わった食器を返却口に運ぶ。
「さあ、今日は図書館で勉強をする? それとも春夏冬くんのお家で勉強をする?」
手鏡を覗いてリップを塗り、私は彼にそう尋ねた。
「ごめん。今日は二時から林檎先生と保健室でミーティングがある」
「そっか。ふ~ん。そうなんだ~。て言うか、時々林檎先生と保健室で密会をしているようだけど、いったい二人でコソコソと何をしているの?」
「それは言えない」
「どうして? やましいことがあるから?」
「やましいことなど何もない」
「だったら、隠すことないでしょう? 教えて」
「言えない。いつか言える時が来るかもしれない。でも今は言えない。自分としても言うべき時期ではないと判断をしている。要するに、言いたくない。じゃあな、夜夕代。元気でな。次に逢えるのは三日後の月曜日だ」
そう言って微笑むと、春夏冬くんは私にくるりと背を向けてエスカレーターに乗って行ってしまった。う~ん、釈然としないわ~。
お家に帰り、少しだけ勉強をした後「僕と俺と私のノート」を開き、愛雨にメッセージを残す。
『愛雨へ ちょっとあんた、彼女が出来たらしいじゃん。おめでとー。パチパチパチ。陰キャのあんたに彼女だなんて、いまだに信じられない。からかっているわけじゃないの。ただ無邪気に嬉しいだけ』
しばらく考え、もう少し書き足す。
『まわりの意見に振り回されないで、自分の気持ちに正直になること。マティルダちゃんを守ってあげること。いい? 約束だよ? マティルダちゃん、異世界から転生をして来たんだってね。きっと孤独を抱えていると思う。愛雨が寄り添ってあげて。お願い』
わっ、気が付いたら長文になってる。
『どんな些細な事でも相談をしてね。他でもない愛雨のことだもの、夜夕代ちゃんは、真剣に相談に乗るからね。エッヘン』
いや、マジで、あの弱虫で泣き虫の愛雨に彼女が出来る日が来るだなんて……わ、ヤバい、感慨にふけっていたら、思わず泣けてきた。ティッシュ、ティッシュ、ティッシュはどこ~? カーテンを開き、窓を全開にする。秋風が涙を拭いたばかりの頬を乾かす。おめでとう、愛雨。本当におめでとうね。夜夕代ちゃんは、ふたりの恋愛を応援しているからね。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物