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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
愛雨、告られる
41/117

41. 今度こそ私と婚約して下さりませ

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 令和六年、九月十一日、水曜日。愛雨。


 テスト週間につき、半日で授業を終えた僕と春夏冬くんは、ジャスオン大久手店のフードコートでお昼ご飯を食べることにした。セルフ方式の讃岐うどんのチェーン店に二人で並ぶ。店頭に期間限定メニューのポスターが貼ってある。美味しそう。試しに食べてみようかな。

「キノコあんかけうどん、ひとつ」

 ポスターの商品を店員さんに注文する。

「きつねうどん、ひとつ」

 追って春夏冬くんが注文をする。それから天ぷら皿にかき揚げと稲荷寿司2個をトングで乗せ、注文したきつねうどんに、擦り下ろし生姜を山ほどトッピングしている。

 春夏冬くんと何度もこの店に来ているが、彼はいつも同じメニューだ。雨が降ろうが槍が降ろうが、かき揚げ1個、稲荷寿司2個、きつねうどんに生姜を山ほどトッピング。彼は昔から食に関して悲しいほど冒険心がない。て言うか、食に限らず何事も刺激より安心を求めるタイプである。

 空いている席に座り二人でチュルチュルとうどんをすする。すると、フードコートの通路の向こうから、一人の女子高生が満面の笑みを浮かべ、こちらに向かってしゃなりしゃなりと歩いてくる。血の池高校の制服ではない。

「君の知り合い? あれって、うちの学校の近くにある古戦場女子高校の制服だよね」

「いいや、知らない人物だ」

「でも、いかにも知り合いって感じで、こちらに近づいてくるよ」

 髪型は腰まで伸びたマロンブラウンの縦ロール。パーマをあてたようにカールしたまつ毛。透明感のある肌。どこかうつろな瞳は、よく見ると青みがかっている。

 そのJKは、やがて僕たちの前で背筋を伸ばし、スカートの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろに引くと、もう片方の足を軽く曲げて――

「ご無沙汰しております。チャーミング王子」

――と挨拶。続けて――

「捜しましたわ。こんなところにいらしたのですね。もう逃がしません。さあ今度こそ私と婚約をして下さりませ」

ポカーンという擬音が文字となって背後に浮かんで見えるほどに春夏冬くんがポカーンとしている。あらら、口に入れようとした稲荷寿司が右手からテーブルに落っこちた。

「あの~、お嬢さん。どこのどなたかは存じませんが、あらかじめお伝えしておくね。彼は現在空手と勉強に夢中で男女交際に興味は無いよ。僕は彼とは長い付き合いだから分かるんだ。時間の無駄だと思う。悪いことは言わない。一日も早く他の恋に出逢うことが君のためだ」

 いきなり春夏冬くんを王子呼ばわりし、貴族の女性がするカーテシーという挨拶で婚約を迫る。今日まで僕は、春夏冬くんに告白してはフラれる女子をたくさん見て来たが、この告白は斬新だなあ。

 遠まわしな言い方の出来ない春夏冬くんが、超ド直球なお断りをして相手を傷付けるところを見たくはないので、先手を打って柔らかに彼女にけん制をしたつもりだった。ところが、次に彼女が発した意外な言葉に我が耳を疑った。

「違います。チャーミング王子とは、あなたのことです」

「はい? ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕ううう?」

「はい。その貧弱な体、か細い声、常に何かに怯えたような瞳、間違いなくあなたはプリンス・チャーミング」

「あれ、ディスられてる? てか、僕はあなたのことなんか知らないし」

「お可愛そうに。前世の記憶を無くしてしまったのですね。でもそれは仕方のないこと。幸いにも私には前世の記憶が残っており、そして転生をした直後に生まれ変わったチャーミング王子がこの大久手市にいるという神のお告げを聞いたのです」

 彼女が、グイグイと接近してくる。圧が凄いんですけど。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。もう、なにがなんだか――」

「この街の隅から隅まで駆けずりまわって捜しましたわ。やっと出逢えた。さあ、王子、今度こそ私と婚約をして下さい。前世では実ることがなかった愛を、共に現世で実らせましょう」

 嘘でしょ。僕、告られてる? 物凄い変化球だけれど、でもこれって一応愛の告白ってやつだよね。いやいやいや、まさかね。生まれた時から陰キャでモブなこの僕が女子に告白をされるはずがない。平然を装う為どんぶりの中に残ったうどんを食べる。箸先で麺が上手く挟めない。動揺している。動揺している。動揺している。

「ちょっといいかな?」

 僕の狼狽っぷりを見かねた春夏冬くんが、颯爽と会話に割って入る。

「何よ、要件があるならさっさとおっしゃい。この醜い召使いめ」

 マジっすか。天下の春夏冬くんを、召使い呼ばわり。

「ボクは状況を掴みかねている。すまないが、頭の中を整理させてくれ。先ず、君はいったい何者なの?」

「私? 私は、悪役令嬢よ」

「悪役?」

 春夏冬くんが『悪役』という言葉に即座に喰いつき、首をひねる。

「そう、私は、泣く子も黙る悪役令嬢」

「自分にも悪いところがあると俯瞰視出来ている時点で、恐らく君は悪い人間ではないと思うが」

 やばい。春夏冬くんが、いつものようにいつものごとく面倒臭いことをいい始めた。

「何よ、文句ある?」

「いや、でも、悪役って……ねえ?」

「わーったわよ。どうしてもそこが引っ掛かるのであれば、いったん『悪役』は保留にしてあげる。お前のような頭の悪い召使いでもすぐに理解が出来るように、分かりやすい自己紹介をしてあげる」

 女子生徒は、周囲の目をはばからず、いや、むしろあえてフードコート内に響き渡るような大声で言った。

「聞いて驚くな。私は、こちらにおわすチャーミング王子の妻となるため異世界より転生した貴族の令嬢。シンデレラの義姉。名をマティルダと言う」

 そして、ぷっくりとした唇を僕の耳元に急接近させ、甘い囁き声でこう言ったのだ。

「さ~あチャーミング王子。今度こそ私と婚約をして下さりませ」

 ゾクッ。異世界? シンデレラの義姉? 愛の告白? 白昼夢?

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 愛雨の幼馴染 怪物


マティルダ (自称)異世界からやって来た悪役令嬢 



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