39. 春夏冬くんの恋人、夜夕代様のお通りだーい!
★視点★ 櫻小路夜夕代
「ねえ、春夏冬くん。聞いていい?」
「なんだ、夜夕代」
「私と愛雨と和音みたいな人間を、あなたはどう思う?」
「ん? 漠然としていて質問の意味を掴みかねる。遠回しな言い方はやめてくれないか」
「じゃあ、ハッキリと聞くね。ひとつの体に複数の人格が共存している人間を、あなたはどう思いますか?」
「君たちはもともと三つ子で、現在は何らかの理由でたまたまひとつの体をシェアして生きているだけなのだろう? れっきとした別の人格なのだろう? 少なくともボクは、君たちのことをそう認識しているよ」
「じゃあ、私のような人間のことはどう思う?」
「本当にゴメン。婉曲的に問わないでくれ。うまく理解が出来ない」
「私のように身体的な性別と自認する性別が一致していない人間をどう思いますか?」
「な~んだ。神妙な顔つきで聞いてくるから何かと思えば」
「軽くあしらわないで。私にとっては重大な悩みなのよ」
「悩む必要はない。なぜなら、本当は誰もが性の不一致ぐらい感じているはずだから。みんな黙っているだけさ。あるいは世間体を気にしてその違和感を無かったことにしているだけ。人は妊娠7週ごろまでは男女とも女性の性器からスタートするのだそうだ。はじめは男も女も、みんな女の子なのだ。そう考えると、逆に身体的な性別と自認する性別に微塵のズレもない人間なんて、果たしてこの世に存在するのだろうか」
「……」
「少なくともボクの中には、女の子みたいな自分が常にいる。その女の子みたいな自分が、ボクの人生の邪魔をする時もあれば、ボクの人生の手助けをしてくれる時もある」
「春夏冬くんの心の中に、女の子が住んでいるの?」
「住んでいるよ。もちろん、女の子だけじゃないけどね」
「だけじゃない?」
「ボクの心の中には、たくさんの別人がいる。臆病な自分。好戦的な自分。女の子みたいな自分。優しい自分。意地悪な自分。飽きっぽい自分。エッチな自分。などなど。だからボクの心の中はいつもにぎやかさ」
「……」
「毎日の生活のなかで、大きな問題に直面した時、ボクはいつも心の中にいるたくさんの別人たちと自分会議をする。心の中の別人と激しい議論をしながら問題を解決している」
「……」
「ボクだけじゃない。きっとここにいる誰もが、自分の心の中にいる別人と自分会議をしているはずさ。だから夜夕代が悩み苦しむ必要はない。絶対にないんだ」
規格外れの世界観。恍惚として聴き入ってしまう声音。独特の調べに乗せて語られる真理。春夏冬くんと話していると、心の霞がスーッと晴れて行く。愛おしい。何もかもが素敵。今すぐこの巨大なモンスターの胸に飛び込みたい。粉々に壊れるぐらい強く抱きしめられたい。
「ねえ、春夏冬くん、一時間目は理科の実験だよ。科学室まで一緒に行こう」
「おう、いいぞ」
教科書とノートを準備して教室を出ると、別棟へ向かう途中の渡り廊下に、たまたま本校の一軍女子たちが集結をしていた。女子たちの視線が刺さる。私と春夏冬くんは、その真ん中を突っ切るように歩いて行く。おのずとモーゼの十戒の海割れのように道が開く。
頭が高い、ひかえおろう。こちらにおわすは校内一のイケメン、全女子生徒の憧れの的、春夏冬宙也様なるぞ、なんちって。
一軍女子が、いつものように私をどこか憐れむような目で見下してくる。これ見よがしにヒソヒソ噺をする者もいる。ふん、裏では足を引っ張り合うくせに、表面上はそうやって仲良くしちゃってさ。これだから女は嫌なのよ――って、私も女だけどね。さあて、せっかくだから、思いっきり見せつけてやりますかぁ。
「ねえ、春夏冬くん、腕組んでいい? て言うか、ダメって言われても、組んじゃうもんね~だ」
強引に腕に両手をまわし、彼に寄り添うように歩く。一軍女子たちがギョッとしている。
「おいお~い、まあ、べつにいいけど」
うふふ。どいつもこいつも妬むがよい。ひがむがよい。春夏冬くんの恋人、夜夕代様のお通りだーい。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物