38. 断るのが面倒なら、いっそのこと付き合っちゃえばいいじゃん
★視点★ 櫻小路夜夕代
令和六年、九月十日、火曜日。
ぬおおおお、今日こそは春夏冬くんに逢える。ぶおおお、待っててね、愛しのマイダーリン。昇降口で上履きに履き替えると、スカートの裾をたくし上げ、三階にある教室までの階段を一段飛ばしで駆け上がる。
かれこれ12日ぶり。いやマジで待ち焦がれたっつーの。どんだけ逢えないんだっつーの。これこそ三人が体を使う日を、愛雨→和音→夜夕代の順番で固定しているがゆえの弊害だわ。土日祝を挟んだり、春夏冬くんが学校を休んだりすると、時にこんな不公平な巡りあわせになるのよね。
三日に一度しか現実世界の地を踏めない自分の境遇を恨めしく思う。自分の好きなタイミングで自由に現れることが出来たら、毎日どれだけ楽しいだろうな。
とは言え、私たち三人は、今のところ睡眠中以外に人格を入れ替える方法を知らない。和音と私が無我夢中でこの世に出現した時を除いて、実は、寝ている間以外に人格が入れ替えた経験が無いの。
きっと何かしらの法則がある気はする。考えてみれば、和音が出現した時も、私が出現した時も、愛雨が溺死寸前の状況だった。てことは、水に溺れれば人格の入れ替わりが可能ってこと? いやいや、まさかね。だったら睡眠中にどうして入れ替わっているのよ。
やっぱりアレかも。私たち三人がひとつの体をシェアする生活を始める時にママが言った「自分が体を使う日は努めて意識を高め、自分の番ではない日は、努めて意識を低下させなさい」という言葉にヒントがあるかも。
誰かの意識が低下し、誰かの意識が高まるタイミング。「自我」と言い換えてみる? いずれにせよ、タイミングさえ掴んで訓練をすれば、そのうち自由気に人格を入れ替えることが可能になると思うんだけどな。
「は~」
教室に入ると、春夏冬くんが、机の上に置かれた一通の手紙を開いて、溜息をついている。キャー、逢いたかったよー。
「おはよー、春夏冬くーん。どうしたの、元気無いっぽいね。ひょっとして、またラブレターをもらったの?」
「おはよう、夜夕代。そうなんだ。性懲りもなくまたラブレター。もうウンザリだよ。お断りをするのが億劫で仕方がない」
春夏冬くんは校内一のイケメン。全女子生徒の憧れの的。血の池高校に入学した当初は、彼のハートを射止めようと、大勢の女子生徒が告白をしたらしい。
でも、そこには女同士の醜い争いがあって、例えばある女子が彼といい感じの雰囲気を漂わせた途端に、その他大勢の女子の妬み・ひがみが発動し、その女子を寄ってたかってイジメるという事件が多発したんだって。ひ~、怖い。
でもね、そうやってお互いの足を引っ張り合うだけ状況では、結局は誰も得しないということに流石にみんな気が付いたみたいで、現在は本校の俗に言う「一軍女子」たちによる入念な話し合いにより許可を得た者が順番に告白をするというシステムが成立をしているみたい。アホくさ。
だから春夏冬くんは、こうやって定期的に女子から告られているの。彼はスマホを持っていないので、メールで告られることは無いし、彼のようなタイプに直接告ってくる女の子も少ないから、告白のされ方は「机の中にラブレター」ってパターンが一番多いかな。
「断るのが面倒なら、いっそのこと付き合っちゃえばいいじゃん」
な~んてあえて言い、彼の真後ろの自分の机に座る。彼が私以外の誰かと付き合うなんて許さない。そんなことがあったら、それこそ命懸けで阻止してやる。でも、彼がうっかり本音を漏らすことを期待して、巧みにそんな誘いをかけてみる。
「それは無理。今は勉強と空手のことで頭がいっぱいだし、それにボクには……」
――なにか言いかけて、急に押し黙った。え、なに? その先が聞きたいよ。「それにボクには夜夕代がいるから」って言いかけたの? うふふ。もしそうなら、めちゃんこ嬉しい。
私は、彼を慕う女子たちから、妬み・ひがみを発動されたことは無い。女子たちは、私が春夏冬くんに近づくことに不思議と警戒をしないの。
それは、誰が見たって春夏冬宙也の彼女はこの櫻小路夜夕代であ~る、ってことを認めざるを得ない状況だから?
あるいは、私が女性として敵視しなくてよい存在だから?
う~ん、悔しいけど、冷静に判断をして、恐らく後の理由が色濃いかな。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物