37. なんでそこまで取り扱い説明書にこだわるかなあ!
★視点★ 櫻小路和音
「そのエアガンを購入した時に添付されていた取り扱い説明書だ。それをボクに読ませて欲しい。ボクの予想では、エアガンは人や動物を撃って遊ぶものではないと思われる。しかし、これはボクの主観・思い込み・決めつけなのかもしれない。だから、ボクに取り扱い説明書を読ませて欲しい。メーカーが定めた正しい使用法を確認させて欲しい」
「は?」「……や、やっちまうぞ、てめ……」「……こここ、殺すぞ……」三人の少年が、春夏冬の発言にどう反応をしてよいやら戸惑っている。
「取り扱い説明書に『人や動物を撃ってよい』と書いてあるなら、ボクは君たちの遊びの邪魔をしたことに対し謝罪をせねばならない。反対に『人や動物を撃ってはいけません』と書いてあった場合は、君たちが、こちらのご老人と猫に謝罪をせねばならない。いいね?」
「取り扱い説明書だあ? そんなもんねーよ」
「嘘を付くな。身体検査をするぞ」
「家にあんだよ。でも読んだことはねえ」
「ダメじゃないか。使用上の注意をじゅうぶんに熟知してから使用をしないと大事故に繋がるよ。さあ、今すぐ家に帰って熟読をしなさい」
「こんのヤロ~、完全にオレを舐めてやがるうううう」「業多くん、こいつヤバいよ。頭がおかしいよ」「業多くん、やっちゃってよ。ボコボコにしちゃってよ」取り巻き二人がリーダー格の少年の名前を呼んだ。業多? 聞き覚えのある名前だ。春夏冬の的を外したお説教にクソガキどもがざわつきはじめる。
「死ね」
焚き付けられたリーダーが、エアガンの銃口を春夏冬に向けた。リーダーの殺気に反応して俺の拳が本能的に動く。俺がリーダーの顔面を殴りかけたその時――
「生きる」
血迷ったか? 春夏冬が、自分に向けられているエアガンの銃口を右手の人差し指で塞ぎ、そう宣言をした。
「ボクには夢がある。そのためにやらなければならないことがたくさんある。だからこんなところでのんびり死んでいる暇はない。そういうわけでボクは生きる」
「おい、春夏冬。てめえ、なに考えてんだ。さすがにそれは危険だぜ」
春夏冬の大胆過ぎる行動に、たぎっていた俺の血の気が一瞬で引く。
「かっこつけてんじゃねえぞ。そんなコケ脅しで俺が撃つのをやめると思ったか。マジで撃つぞ」
リーダーが激しく威嚇をする。でもよく見ると、目が泳ぎ、膝がガタガタと震えている。
「いや、君はボクを撃たない」
「撃つ」
「撃たない」
「撃つって言ってんだろうが」
「撃たない。と言うより、撃てない」
「なぜ言い切れる」
「取り扱い説明書をマトモに読まないようなヤツの銃弾はボクには当たらない。きっと外れる。君はこの距離で的を外して大恥をかく。だから撃たない。恥をかくのが怖くて撃てない」
「この距離だぞ。百パー当たるっつーの。てめえ本当に頭がイカレているのか。撃ったら、確実に指が吹っ飛ぶぞ」
「安心をしたまえ。取り扱い説明書をマトモに読まないようなヤツの撃った銃弾は、たとえ当たったとしても、ボクの指を吹き飛ばすことは出来ない」
「なんでそこまで取り扱い説明書にこだわるかなあ。ああああ、もう頭がおかしくなりそうだ」
やけになったリーダーが、エアガンを思い切り地面に叩きつける。
「てめえら、血の池高の生徒だろ。覚えてろ。兄貴に頼んでてめえらなんかボコボコにしてもらうからな。聞いて驚くな、俺の兄貴は血の池中学の元総長だぞ」
リーダーが、みずから地面に叩きつけたエアガンをみずから拾い、捨て台詞を吐く。
「血の池中の業多? 元総長? おい、春夏冬、お前知ってるか?」
「知らん」
俺たちは、顔を見合わせ、首を傾げる。
「知らねーのかよ。中学を卒業してからは地元の鉄工所で働いているけど、今でもオラオラで、そっち方面では有名な男だぞ」
「だから、知らんっちゅ~の。誰それ?」
「誠に申し訳ない。そのような人物は、まったくもって存じ上げない」
「え~い、くそ。吠え面かくなよ。おい、てめえら、なにをボサっと突っ立てんだ。行くぞ」リーダーが取り巻き二人を連れて退散をする。――と思ったら春夏冬が、なにを思ったか「あ、ちょっと、きみきみ、すぐに済むから、もう一度だけこちらに戻ってくれるかな」と公園を出かかったリーダーを再度こちらに呼び寄せ「あのね、君は先ほど『吠え面かくな』と言ったね。将来的にボクに吠え面をかかせてやろうと企む者が、ボクたちに『吠え面かくな』と助言をするのは、いささかナンセンスではないかな?」「んもおおおおお、何なんだてめーはああああ! わざわざ呼び戻して言うことかああああ!」ぷぷぷ。頭を掻きむしっている。そりゃ、そうなるわな。
「時間を取らせて済まなかったね。さあ、早く家に帰って、存分にエアガンの取り扱い説明書を読むといい」
「だからああああ、取り扱い説明書の話はもういいんだよおおおお」
吠え面をかくなとほざいたやつが、吠え面をかいて逃げて行く。
「やれやれ、助かったわい。ありがとう、色男」
静けさを取り戻した公園。安堵のため息をついて、三休和尚がベンチに腰を掛ける。
「いえいえ、お構いなく。それよりも、ご老人、ご無事で何よりです」
「え~っと、春夏冬くん、とか言ったな。おぬし、以前どこかでわしと逢っておらぬか? その顔、その声、その話し方。なんとなく記憶の片隅に残っておるのだが……」
「いいえ。はじめてお目にかかります」
「あ、そうそう、和音も、助けてくれてありがとうな」
「げげっ。なぜ俺の名前を」
「さっきから春夏冬くんが連呼しとったがな。何も隠すことなない。とても良い名ではないか」
三休和尚は、それからしばらく春夏冬と俺の顔を交互に眺めては昔の記憶を思い出そうとしている様子だった。
「ああああ、しまった、ボク、遅刻しちゃったああああ」
すると、腕時計を確認した春夏冬が突然そう叫ぶ。
「おい、どうした、春夏冬。確かに、もう一時間目の授業が始まっている時間だが……」
マジっすか。その場に頭を抱えてうずくまってしまった。
「どうしよおおおお、ボクとしたことが、遅刻をしちゃったああああ」
いつも冷静沈着な男が、ひどく取り乱している。
「いや、遅刻ぐらいで、んな、この世の終わりみたいに」
いたたまれなくなった俺は、春夏冬の背中を優しくさする。やれやれ、さっきまでの勇猛果敢な態度との落差が半端ねえ。相変わらず計り知れん野郎だ。この怪物め。
「みゃ~ん」
クイーンエリザベスさんが、たかが遅刻で絶望する怪物を、心配そうに見詰めている。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物
三休和尚 口の悪いお坊さん
ヤンキー三人組 血の池中学校の生徒