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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
私は、夜夕代
33/117

33. 女子トイレに入っちゃダメですか?

★視点★ 櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ

「ねえ、夜夕代、おトイレついてきて~」

「うん、いいよ~。私もオシッコしたかったから~」

 更衣室へと向かう途中で、地図子ちゃんと女子トイレに立ち寄る。

 ペチャクチャと雑談をしながらトイレに入ると、室内には他のクラスの女子生徒が集団でたむろして通路を塞いでいた。彼女たちの中の一人が私を見るなり反射的に「キャッ」と短い悲鳴を上げる。

「あの~、通れません。通路をあけてもらっていいかな? 私と彼女はここで用を足したいの」

 地図子ちゃんが、他のクラスの女子生徒の悲鳴の意味を敏感に察し、私に対するこれ以上の侮辱をあらかじめ抑制するかのようなキツい態度でそう言った。

「いや、でも、この子……」「うん、この子は男子トイレに入るべきじゃない?」「確かに、平然と女子トイレって、あり得ないっしょ」「犯罪だよね」

 他のクラスの女子生徒たちが、はたして私に向けて言っているのか、それとも地図子ちゃんに向けて言っているのか、それとも内輪でただ囁き合っているのか判断をし兼ねるトーンで話し続けている。

 さっきの男子生徒の私に対する偏見なんてまだまし。なんだかんだ言って毎日同じ教室で集団生活をしているだけに、それなりに私への理解と配慮がある。でも他のクラスの生徒の中には、いまだに私を異形の者として見る人が多い。これが現実。

「あら、呆れた。時代遅れもはなはだしい。あなたたちの脳内ってウホウホ前夜ね。現代が多様性の時代だってことご存知? LGBTQって言葉知ってる?」

 短気な地図子ちゃんが、アクセルをふかし真っ向から抗弁をする。

「もういいよ、地図子ちゃん、やめて」

 私は、地図子ちゃんに、そっとブレーキをかける。

「いや、でもさ」

「いいのよ。慣れているから。こんなことは日常茶飯事。ねえ、そこでお喋りしてるみんな、驚かせちゃってゴメンね。本当にごめんなさい。私が男子トイレに入れば解決することだもんね。うん、だから、私、そうするね」

 引き留める地図子ちゃんを振り切り、女子トイレを飛び出す。

――意を決し、お隣の男子トイレへ。

 中をチラリと覗き、人の気配を確認する。誰かいる? いない? よし、誰もいない。今がチャンス。忍者のように男子トイレに忍び込み、サササと小走りで個室まで直行し、内側から速やかに鍵を掛ける。

 本当は、職員室の前にあるバリアフリートイレに入りたいところだけど、そこまで走っていたら、もう体育の授業に間に合わないもんね。

 洋風便器に腰を掛け、出来るだけ音をたてないように用を足す。――その時、乾いた機械音。

 パシャ。

……なに、今の音? スマホのシャッター音?……え、怖い。まさかね。個室の向こうの気配を察する。

 静寂。

 誰もいない……よね。

 気のせい……だよね。

 さあ、急がなきゃ。体育の事業に遅れちゃう。静かに用を足し、出来るだけ小さく流れるように慎重に洗浄レバーの下げ、ふたたび忍者のようにそ~っと個室のドアを開けたら蛇蛇野夢雄が立っていた。

「あれ~、夜夕代ちゃ~ん、こんにちは~」

 個室の前に不自然に立ち尽くしている。こ、声が出ない。ま、ま、ま、マジで心臓止まるかと思った

「奇遇だね。オシッコかい? 僕もオシッコさ」

 まじキモいんですけど〜。全身に鳥肌。身震い。

「まさか、あんた、撮った?」

 歯を食いしばって恐怖を振り払い、がんばって声を絞り出す。

「なんのこと~?」

 不敵な薄ら笑い。

「今日は珍しく正面に立つんだ。いつもなら背後から不意をつくのに」

「え?」

「……プール……張り紙」

「え? え? え? どういうこと? なにが?」

「あら、ごめんあそばせ。深い意味はナッティング。忘れて忘れて」

 蛇蛇野に背を向け、颯のように男子トイレから脱出する。かろうじて平然を装ったが、めちゃんこ怖かった。全身に冷汗。奥歯がガチガチ鳴っている。足が震えてマトモに走れない。ななななんて日だ。愛しの春夏冬くんは休みだし、男子どもにエロいこと言われるし、他のクラスの女子に差別をされるし、挙句の果てに男子便所で蛇蛇野と遭遇するし。んもおおおお、最悪の一日。 

 私の足は、自然と運動場ではなく保健室へ向かう。もう無理。体育の授業はキャンセル。保健室の扉を開けると大好きな林檎先生が机で書類と睨み合っている。

「あら、夜夕代。どうしたの?」

「林檎先生。お願い。少しだけベッドで横にならせて。頭が痛い。熱っぽい。気分が悪い。症状は、この中から先生が好きなのを選んでちょうだい」

「またかいっ。んも~、困った子だね。具合がよくなったら必ず授業に出るんだよ。担任の田中先生には、私からそれなりに報告をしておくね」

 林檎先生は、いつもこんな感じ。私が保健室にエスケープをすると、あえて細かな詮索はせず、かくまってくれる。

 結局、午後の授業を全て欠席し、保健室のベッドでずっと横になっていた。

 下校をする。夜まで一人でテレビを観る。お腹が減ったのでママが作り置きしたご飯を食べる。お風呂に入り、自室のベッドでまた横になる。うつ伏せになり「僕と俺と私のノート」を開く。愛雨と和音がメッセージを残している。

『夜夕代へ カーテン閉めろ てか 風呂入れ』『夜夕代へ 気が向いたら血の池公園にいる僧侶を散髪してやってくれ よろしく』二人に返事を書く。『愛雨へ うい~っす』『和音へ 僧侶? 誰よ? まあ いいけど そのうちね』

 仰向けになって天上を見詰め、私の今日一日を振り返る。世間は私みたいな人間に対する差別や偏見を無くすことを理想としているらしいけれど、現実はまだまだ。ああ、息苦しいったらありゃしない。

 閉め切った部屋のカーテンを全開にして、雨上がりのまばらな星空を眺める。こうして広大な夜空を眺め、その先にある無限の宇宙に想いを馳せると、鬱屈が和らぐ。なんだかなあ、宇宙はこんなに広いのに、世間の了見はなんでこうも狭いかなあ。

 その点、愛しのダーリン、春夏冬くんは、他の連中とは一味も二味も違うわ。彼の頭の中には差別や偏見という概念がまるでない。時にそれは彼の長所ではなく短所なのではないかと感じるほどに。 

 ああ、来週の火曜日がたまらなく待ち遠しい。彼とスタバのキャラメルフラペチーノが飲みたい。飲むもんね絶対にい。

「は~、春夏冬くんに逢いた~い」

 そう溜息をつき、やがて私は眠りに付いた。

【登場人物】


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている


蛇蛇野夢雄じゃじゃのゆめお クラスメイト 陰湿 ずる賢い


一里塚林檎いちりづかりんご 保健室の先生 イケジョ


ここまでお読みいただきありがとうございます。★やブクマなどで応援をしていただけると、今後の執筆の励みになります。


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