31. 林檎先生の言葉で、私の中の何かが弾けた
★視点★ 櫻小路夜夕代
それでは、今度は、あなたのことをいろいろ聞くね。先生の質問に答えてね。ただし、答えたくない質問には答えなくてよろしい」
「…………」
「あなたは、愛雨くん?」
「……違います」
「あたなは、和音くん?」
「……違います」
「では、あなたは誰?」
「……分かりません」
「名前は?」
「……知りません。現段階でお伝え出来ることは、私は、この十七年間、ほんのつい先程まで、櫻小路愛雨の側を付かず離れず漂う『意識』だった。その『意識の私』が、溺れて苦しむ『愛雨の意識』がいよいよ消えかかるタイミングで、彼と入れ替わった、ということだけです」
「なるほど、愛雨くんの体に、第三の人格が出現したってことね」
林檎先生がカルテらしき用紙に、なにやら細かくメモをしている。
「それでは、先生からあなたにお願いがあります。私は、あなたのような人には誰よりも理解があるつもりです。その上でお願いします。この手で、あなたの体に触れさせてほしい。体の変化を確認させてほしい。もちろん、駄目なら断ってくれて結構よ」
「……大丈夫だと思います」
「それは、触ってよいという答え?」
「はい」
「では、まず、胸を触るね。ちょっと掴むよ?」
先生の右手が、私のオッパイを優しく掴んだ。
「……本物だ。では、次に、股間に触れるよ。こちらも軽く掴むね?」
同じ手が、今度は私の性器に触れた。
「……ある。こっちも本物だ」
それから、林檎先生は、しばらく熱心にメモを取り続けた後――
「では、最後の質問です。あなたは男? それとも女?」
――と質問をした。
「女です」
これだけは食い気味で答えた。
「了解。これで質問はおしまい。今日はもう下校をしなさい。それでは、これから保護者に連絡を取り、あなたを迎えに来てもらいます。ここでもう少しだけ待っていてね」と言い残し、林檎先生が保健室を出て行く。そして、しばらくの後、戻ってくると、私に向かって開口一番こう叫んだ。
「夜夕代~。お母さんが今すぐ迎えに来てくるってさ~」
「夜夕代?」
「そう、櫻小路夜夕代。これがあなたの名前。あなたのお母さんが教えてくれた。お母さん、受話器の向こうで『この日をずっと待っていた。きっと現れてくれると信じていた』と泣いて喜んでいたわよ」
「……そうですか」
「ねえ、夜夕代。さっきから何をそんなに塞ぎ込んでいるの?」
「……だって、さっきプールサイドで、みんなが私のことをバケモノみたいに……こんなことなら意識の世界を飛び出して現実世界になんか来るんじゃなかった……」
「な~んだ。何を悩んでいるかと思えばそんなことか。あのね、夜夕代。私のような立場の者が生徒の容姿をとやかく言ってはいけないから、ここだけの内緒の話にしておいてほしいのだけどさ」
「……はい。なんですか?」
「言っておくけど、あなたは、すんげ~美人」
「……え?」
「世の中には、様々な美人がいる。個性的な美人。見方によっては美人。メディアが作り上げた美人。嫌味な美人。でも、あなたの美しさには、街ですれ違う者の十人中十人が振り返る。そうあなたは、完全無欠、非の打ちどころのない美人。嘘じゃない。先生が保証する」
「……でも」
「デモもヘッタクレもない。周りの目なんか気にするな。あなたは美人。さあ、胸を張れ。堂々と前を向いて生きてやれ」
この時、林檎先生のこの言葉で、私の中の何かが弾けた。
「どっひゃ~。ででですよね~。そう、私は美人。パーフェクト。完全無欠。いや~、そうじゃないかと思っていたの。うっひょ~。テンション爆上がりい。よっしゃ~、この美貌で愛しの春夏冬くんのハートをスッコーンと射抜いてやるわ~ん。待ってろよ~あきない~。ぐししししぃ」
「……夜夕代ちゃん。ま、まさか、それがあなたの地のキャラ?」
「そうどえ~す。いつも元気な夜夕代ちゃんどぅえ~す」
林檎先生が、頭をポリポリと掻きながら困惑している。いや~ん、そんな顔しないで~。私、すっごく嬉しかったんだからね、涙がチョチョ切れるほどに。ホントだよ、林檎先生。マジでアリガトね。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
一里塚林檎 保健室の先生 イケジョ