3. 工事現場
ここは、愛知県・大久手市・血の池町。二年前に華々しく開催された万国博覧会は、記録的な大成功を収め、市政はこの勢いに乗って、万博跡地や、手付かずだった湿地帯の、更なる開発工事に邁進していた。
かつて四季折々の彩りを魅せた豊かな自然は次々に伐採され、見渡す限り殺風景な土地区画整理地になっている。広大な土地の至る所でダンプカーやショベルカーが騒がしく稼働し、そのまわりでスコップを持った現場作業員たちが忙しく働いている。
そんな工事現場のど真ん中に、小さな地蔵堂が、場違いに、不自然に、ポツリと建っている。八月の炎天下、この今にも朽ち果てそうなお堂の中で、寒々しく佇んでおられるのが、いにしえより地域の人々から信仰を集める「三つ首地蔵」である。
なんとも奇妙なお地蔵様だ。ひとつの体に三つのお顔が乗っかっている。
その三面の顔も、表情がそれぞれ違う。右の顔は、激しい怒りの表情。左の顔は、優しく微笑む表情。そして真ん中の顔は、深い悲しみの表情。
三つ首地蔵には、とても悲しい伝説がある。しかし、その言い伝えを詳しく知る者は、地域のお年寄りの中にもあまりいない。
そこに、二人の中年男性が、和気あいあいと話しながら近づいて来る。
「さあさあ、春夏冬議員、こちらです。いや~、本日は猛暑の中、わざわざ現場に来ていただき、誠にありがとうございます。どうしても実際に現場を見て頂いた上で相談したい事がありまして。おおっと、そこ、足元に気を付けて下さい。ほら、そこ、大きな石が転がっていますから」
「いや~、それにしても暑いですな~。昨日も一昨日も暑かったが、今日なんて日は、殺人的な暑さだ。それはさておき、櫻小路社長、どうですか? 工事のほうは順調に進んでいますか?」
一人は、真っ黒に日焼けした肌に作業服。編み上げの安全靴を履いている。もう一人は、色白の肌に、ワイシャツとネクタイ。足元は先の尖ったフォーマルな革靴。
日焼けしたほうの人物は、櫻小路欽也。
ここ数年で急成長を遂げた櫻小路建設の社長。若い頃は地元では有名な不良だったらしい。高校を卒業後、建設会社の寮に住み込み、建設現場で働き始める。負けん気の強い性格のため、若くして業界で頭角をあらわし、十年の実務を経て独立。櫻小路建設を設立した。年は三十七歳。
色白のほうの人物は、春夏冬慶介。
珍しい苗字だ。春夏秋冬の秋がないから「あきない」と読む。二年前の万国博覧会には、計画の段階からかかわっていたという、将来を有望視される市会議員。万博終了後は、地域の再開発を裏で仕切っている。年は三十六歳。
「おかげさまで、地元からの反対運動なし、クレームなし。トラブルなし。ないない尽くしで、工事はすこぶる順調に進んでいます。それもこれも、春夏冬議員が工事着手前に地元住民に入念な根回しをしてくださったから。どれだけ感謝をしてもしきれません」
「わはははは。そうですか。それは何よりです。確かに、工事前に再開発に反対する声は、盛んにありました。でも、私がことごとくねじ伏せてやりましたよ。多少手荒な真似もしましたが、すべては夢のためです。櫻小路社長。私はね、かつて沼と池だらけの湿地帯だったこの大久手市を、誰もが一度は住んでみたいと憧れる日本一の街にするのが夢なのです。その夢の実現のためには、ある程度の犠牲は致し方ないと考えている」
「なんて素敵な夢だ。春夏冬議員、その夢の実現に、ぜひ私も協力をさせて下さい」
春夏冬の浮世離れした絵空事に、櫻小路が、めいっぱい両手を広げて、これでもかと分かりやすく感動してみせる。彼は、会社を大きくしたい一心で今日まで時には汚い事もやり、飲みたくないお酒を飲み、下げたくない頭を幾度となく下げて来た苦労人なのだ。
【登場人物】
一里塚林檎 エピソードゼロの語り手
櫻小路欽也 櫻小路建設の社長
春夏冬慶介 大久手市の市会議員