29. おい、みんな見ろ、愛雨が巨乳になったあああ!
★視点★ 櫻小路夜夕代
騒然としていたプールサイドが徐々に落ち着きを取り戻し始める。
「あれ? 見てよホラ、愛雨の髪。濡れているから分からなかったけど、色が変わってない?」
すると、春夏冬くんに救出された私を取り囲む人だかりの中の一人が肉体の異変に気が付いた。
「本当だ。金髪になってる」
生徒たちが、また騒ぎ始める。
「和音に入れ替わったんじゃね?」
「違うでしょう。和音くんはいつも黒い長髪を後ろで縛っているわ」
「じゃあ、こいつ誰だよ。おいおい、また愛雨に別の人格が現れたんかい。もう勘弁してくれ。ややこしくて仕方がない」
「て言うか、アタシ、もっとすごいこと気付いちゃった。はだけたシャツの隙間から見えているの、あれって、オッパイじゃない?」
「マジ? うおおおお、本当だあああ。おい、みんな見ろ、愛雨が巨乳になったあああ」
「エロっ」
「こいつ、女?」
「オカマじゃね? 男のシンボルあるっぽいぜ」
「ぎゃははは。女の腐ったようなやつが、オカマになった」
「ヤバっ」
「キモっ」
「ヤバっ」
「ゲイっ」
「ヤバっ」
クラスメイトたちが、私を指差し、寄ってたかって罵声を浴びせてくる。え、なに、めちゃくちゃ言いたい放題言われてるんですけど。なんで。マジで意味分かんない。私、あんたらに何かしたあ?
「ちょっと、みんな、そんな言い方やめなよ。言われる側の気持ち少しは考えなよ」
黒縁の眼鏡をかけた女子生徒が、周囲を厳しく注意する。
「地図子ちゃん。お願い。保健室から林檎先生を呼んできて」
春夏冬くんが、その子に指示を出す。この女子生徒は、いつも愛雨を助けてくれる尾崎地図子ちゃん。
この時、私をお姫様抱っこする春夏冬くんとバッチリ目が合った。びしょ濡れの彼が、びしょ濡れの私を見て首を傾げている。いよいよ彼も異変に気が付いたみたい。
「君、愛雨じゃないね。かと言って和音でもない」
「……春夏冬くん、大好き」
「ねえ、君。君はいったい誰なんだ?」
しばらくして地図子ちゃんが保健室の先生を連れて来た。春夏冬くんが抱いていた私を労わるようにプールサイドに立たせる。
保健室の先生が私の前に立つ。白衣を着た背の高い女性。まだ愛雨の側を漂う意識だった時、何度か廊下ですれ違っている。ショートボブのボーイッシュな美人。イケジョ。あらためて近くで見ると、すごく若い。おいくつかしら。
てか、先生が到着するなり、私を奇異の目で見ていた野次馬どもが、蜘蛛の子を散らすように除草作業に戻った。この人、怖い先生なのかな。
先生は、手にしたバスタオルで、私の髪をワシャワシャ豪快に拭き、顔をポンポン優しく拭く。それから少しだけ目を細めて私を見詰め、聞いた瞬間ハッとトキメくハスキーボイスでこう言った。
「保健室まで歩ける?」
「…………」
「歩ける? イエスオアノー、どっち?」
「…………」
「私、聞いている。あなた、答える。保健室まで歩ける? それともタンカが必要? それとも救急車呼ぶ?」
「……自分で歩きます」
「オッケー。ついて来なさい」
先生が、私の肩にバスタオルを掛ける。私たちは歩き始める。十メートルほど歩いたところで、背後から男子生徒の歓声と女子生徒の悲鳴が聞こえた。振り返ると、春夏冬くんが濡れた制服をその場で脱いでいる。上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、しれっとパンツを脱ごうとしたところで「キャー、春夏冬くん、やめてー。公然わいせつ罪―」と地図子ちゃんに阻止されていた。半ケツ見えてた。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物
尾崎地図子 クラスメイト 優等生
一里塚林檎 保健室の先生 イケジョ