27. 空中を、ぽわ~ん、ぽわわ~ん、と漂っていた私
★視点★ 櫻小路夜夕代
そんじゃあ、私が愛雨の体を訪れるまでのことを話すね。小難しい話だから、上手く話せるか分かんないけど、許してね。
私と、愛雨と和音は、三つ子なの。今から十七年前の、平成十九年の八月十五日に、私たちは、三人揃ってこの世に生を享ける筈だっだ。でも、ママのお腹から出て来たのは愛雨だけ。私と和音が現実世界の地を踏むことはなかった。
でね、昨日まで母親のお腹にいた三人の胎児のうち、二人が忽然と姿を消したという異常事態に、ドクターは、はじめのうちこそ懸命に原因を究明していたみたいなんだけど、何の手がかりも掴めない日々を過ごすうちに、三人の胎児がいたというのは誤診だったという苦しい言い訳をはじめた。挙句の果てには、そもそも三人の胎児がいたという記録すらはじめから無かったと断言した。はあ? 信じらんない。有り得ないんですけど。
でも、どれだけドクターが煙に巻こうとしても、実際に三つの命をお腹に宿したママは納得をしなかった。いなくなった二人の赤ちゃんは、何かしらの事情で一時的に姿を消しているだけで、いつか必ず自分の前に姿を現す、本能的にそう確信をしていた。
ママの信じた通り、私は消えて無くなったわけではなかった。肉体を持たぬ「意識」として、この十七年間生きていた。愛雨の体の側を付かず離れず、空中を、ぽわ~ん、ぽわわ~ん、と漂っていたのよ。
今でも非番の日の私は、宙を舞う意識となって愛雨の生活を観察している。でもどういうわけか、私より先にこの現実世界に舞い降りた和音の生活を見ることは出来ない。せいぜい日付や時間の経過を感じるぐらい。
和音が私の生活を観ているのかは知らない。私が見えないのだから、たぶんあいつも見えないと思う。そして、あいつも愛雨のことだけは見えているような気がする。
ぽわ~ん、ぽわわ~ん、と漂う「私の意識」と「和音の意識」が、空中でお互いを認識したり、会話をしたりしたことはない。私たちは、愛雨のことだけを一方通行で見ていると思う。
以前私が「僕と俺と私のノート」で、それとなく愛雨に探りをいれたら、彼は「自分の番が回って来るまでの二日間の記憶が何もない」と言っていた。つまり、愛雨は、非番の日に私や和音の生活を見ることが出来ないってこと。
こう考えると、私と和音って、愛雨のオマケみたいで嫌だな。……なんか悲しくなってきた。楽しい話しよっと。
えっと~、余談かもしんないけど、ついでに言っとくと、私ったら、肉体を持たぬ意識のくせして、すんごい早熟だったのん。私が人を好きになったのは、なんと五歳の時。初恋の相手? もち、愛雨の幼馴染の春夏冬宙也くんよ。
武蔵塚の広場で遊んでいる子供の集団から、一人だけ仲間外れにされてションボリしている愛雨に「いっしょに遊ぼ―」って陽気に声を掛けてくれた太陽のような笑顔の彼。惚れちまうやろー。それから私は、彼だけを一途に想い続けている。我ながら純情な乙女ね。
さてさて。そんな私が、愛雨の体を訪れたのは、今年の六月のこと。
その日、愛雨は、クラスメイトたちと一緒に、掃除の時間に、放置されたプールの周囲の草むしりをしていた。
「おーい、愛雨ー。こっちも草がいっぱいになったから、回収に来てくれー」
抜いた雑草を袋に詰めてまわる愛雨を、遠くから、クラスメイトが呼ぶ。
「りょうかーい。今行くー」
とっすん。
この時、何者かが背後から愛雨の背中を勢いよく押した。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている